第33話 僕と前夜


 終業式。

 ラインのやり取りでイルミネーションとか映画とか。

 自問自答?


 十二月二十四日。

 その日は終業式だった。

 授業はなく、長い校長先生の話を聞き流し、通知表を貰えば帰ることができる。


 クリスマスイブでもあり、だいたいの生徒はテンションが高い。恋人がいなくても友達同士で楽しむのだろう。


 しかし中にはお通夜かなというようなテンションの生徒もいるが、これは聞くまでもなく補習確定組だろう。


 漫画なんかではクラスでクリスマスパーティを開くイベントをよく見掛けるけど、うちのクラスはああいうのなかったな。


 別に仲良くない人と集まるくらいなら身内で少人数で集まった方が楽しいという結論に至ったのだろう。


 クラスのあの子と親密になるチャンスなのに。


「絵梨花は今日彼氏?」


「んー、いや、明日だよ。まあもしかしたら今日の夜から会うかもだけど」


「じゃあちょっと付き合ってよ」


「なに?」


「買い物」


「まあいいけど」


「萌は?」


「アルバイトですがなにか?」


「クリスマスって明日だよ?」


「当然のようにイブもシフトに組み込まれただけですがなにか????」


「……あ、へー」


 もうちょい他にかける言葉あっただろ。あれじゃ五十嵐さんが可哀想だ。


 そんなやり取りを僕は少し離れた自分の席で聞いていた。しかしやっていることの悲しさに気づいたので帰り支度を始める。


「お先に失礼します」


 教室から出るときに三人の横を通ったので一応挨拶だけしておく。


「バイトか」


「今はバイトの話をしないで!」


 ツッコんできた綾瀬さんの言葉に五十嵐さんが嫌そうに言う。本当に嫌なんだなあ。

 でも行くんだろうから、真面目な人だと思う。


「あ、丸井」


 出ようとすると宮村さんが慌てた様子で声をかけてくる。なので立ち止まって振り返った。


「えっと、明日……覚えてるよね?」


 おずおずと聞いてくるが、さすがに忘れていたら僕は酷すぎないだろうか。


「もちろんです。楽しみにしてます」


「あたしも! ……楽しみにしてるから。じゃあね、呼び止めてごめん」


「いえ、それではまた明日」


「うん。また明日ね」


 胸の前で小さく手を振ってくれたが、僕みたいな人間が手を振り返すとキモいだろうからぺこりと頭を下げておく。


 しかし、慌てて呼び止めて確認されるくらい僕は信用されていないのかな。

 もしかして僕が思っている以上に、宮村さんの中の僕の評価は良くないのかもしれない。


 これはマズイな。

 明日一日で名誉挽回できればいいんだけど。



 * * *



『明日十一時に駅前でいいんだよね?』


 その日の夜、風呂にも入りあとは眠たくなるまでアニメを観るかと部屋でダラダラしていたときのこと。


 スマホがピコンと音を鳴らす。

 これまではこの突然鳴る音が嫌いでマナーモードだった。特に連絡も来なかったので何の問題もなかったのが辛いことだ。


 でも最近はこの音も嫌いではなくなった。だから音を鳴らすようにしたのだ。

 何の通知かと思い確認すると宮村さんからで、僕はさらに嬉しくなる。クラスメイトからの連絡一つにテンション上がる。

 不思議なことだ。


 だから、これが業者とかだとめちゃくちゃガッカリする。これまではそれが当たり前だったのに、いつの間にか僕の中の当たり前は変わってしまったようだ。


『はい。先日お伝えしたようにスイパラの前に映画に行こうと思うんですけど』


『大丈夫だよ。丸井からそんな提案してくるのは珍しいね。なにか観たいのあるの?』


『まあ、そんな感じです』


 僕の中の当たり前を変えてくれたのは綾瀬さんを始めとした三人だ。

 最初はあくまでもただのパシリでしかなかったけれど、少しずつ僕のことを受け入れてくれた。


 それは宮村さんがいち早く僕に心を開いてくれたことが大きいと、僕は思っている。


 だから五十嵐さんも綾瀬さんも、僕のことを知ろうとしてくれたのだ。


 僕は彼女に恩がある。

 それをちゃんと返したい。


 ありがとうと伝えたいのだ。


 ようやくできた大切な友達。僕の日常を変えてくれたかけがえのない存在。


 できることなら、僕はこの先もずっと仲良くしていきたいと思っている。

 もしかしたらそれは僕のわがままかもしれないけれど。


 クリスマス。

 ちょうどいい機会かもしれない。

 これまでのこともこれからのことも、全部ひっくるめて伝えることができればいいな。


『楽しみだね』


 明日は寝過ごすわけにはいかない。なので、ちょっと早いけど今日はもう寝るとするか。


『はい』


 そう送ると可愛らしいキャラクターのスタンプが送られてきた。

 楽しそうな顔をした女の子がハートを出している。女の子はすぐにハートを使うけど、これ下手したら勘違いの対象だからな。


 気をつけてほしいものだ。



 * * *



「……返事がない。ハートはちょっとチャレンジしすぎたかな」


 ベッドに寝転がりながらあたしはスマホを睨みつけていた。

 テンションが上がりすぎてハートのスタンプを送ってしまったことを少しだけ後悔したけれど、そんなものはすぐに振り払った。


 これくらいしておかないと、この先あたしは何もできない。恥ずかしがってはいられない、怖がってもいられない。


 丸井は想像以上に臆病で鈍感だ。

 だから、変わるのを待っているだけじゃずっと変わらないままだろうから。


 だから。

 あたしが変えるんだ。

 明日は、その第一歩。


「……寝るかな」


 返事も来ないし、もしかしたらもう寝たのかも。丸井は真面目だからなあ。


 遅刻はしたくないし、ベストコンディションで臨みたい。あたしも丸井を見習って少し早めに寝るとしよう。


 というわけで、とりあえずお風呂に入ろうかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る