第32話 僕と準備②
「その日の予定ってどうなってるの?」
五十嵐さんが小腹が空いたと言うので、僕らはドーナツ屋さんに入ることにした。
それぞれ注文の品を受け取り席に座る。
「予定、ですか? えっと、昼頃に集合してスイーツパラダイスに行くんですけど」
「その後だよ」
「その後?」
「スイパラ行って終わりなの?」
「……特に何も考えてなかったです。でも宮村さん何も言ってこないし、解散ってことなのでは?」
普通に考えればそうだよな?
しかし、僕のそんな発言に対して二人は何度目か分からない盛大な溜息を見せた。
「クリスマスに会ってランチして解散は寂しいよ、まるっち」
「いつまでも待ちの姿勢だと、いくらあの沙苗でも愛想尽かされるぞ」
それは困る。
宮村さんの優しさには何度も助けられている。僕としてはこれからも仲良くしてほしい。
「まるっちはどうしたい? せっかくクリスマスに女の子とお出掛けするんだよ? そのまま解散でいいの?」
「それは……」
せっかくのクリスマスか。
それはまるで漫画のようなイベントだ。クラスメイトの女の子とクリスマスに会う。しかも二人で。
僕がずっと夢見ていたような青春の一ページがそこにあるのではないだろうか。
「ま、どうしても考え纏まんないなら、日頃の感謝とかお礼とか、そういう理由付けでもいんじゃない?」
「そうだよまるっち! さなちにはお世話になってるわけだし、ここはクリスマスにおもてなしをするといいよ! それが上手くいけばさなちも惚れ直してくれるかも!」
「お礼、ですか。そうですね、確かにそれは大事かもしれないです……けど」
「けど?」
僕の言葉に綾瀬さんが眉をぴくりと反応させた。怖い。
「正直、経験が乏しすぎるのでどうおもてなしすればいいのか検討もつきません」
普通の日に遊びに行く計画を立てたことすらない僕が、クリスマスという特別な日に女の子を楽しませるプランを練れるはずがない。
そんな僕に、五十嵐さんはふふんと自慢げな顔を向けた。
「そのために私達がいるんだよー?」
「これがあーしらから沙苗へのクリスマスプレゼントってことでいいよな?」
「何なら最高のプレゼントっしょ」
くすくすと笑いながら盛り上がる二人。これがクリスマスプレゼントとは一体どういうことなのか。
いや、というか。
ちょっと待って。
「クリスマスプレゼント……」
何も考えてなかった。
「は?」
「ん?」
* * *
クリスマスにプレゼントを貰うことはあったけど、誰かに渡すことはこれまでなかったので完全に頭の中から抜けていた。
「五十嵐さんは何貰うと嬉しいですか?」
女の子が喜びそうなプレゼントを少し考えてみたが当然何も思いつかなかった。
漫画的なものでいくと手袋とかマフラーとか渡してるのを見かけるけど、あんなの好きな人から貰うから嬉しいだけだ。
センスの欠片もないマフラーをただのクラスメイトに貰っても嬉しくはない。
しかも捨てづらいし、使ってないと悪いかなとか気を遣うことになるからある種最悪のプレゼントと言える。
やっぱり消耗品か?
ハンドクリームとか? それも好みとかあると思うんだよなあ。
「アマゾンギフトカード」
「真面目に答えてやりなよ」
五十嵐さんの答えに、綾瀬さんは肩をガックリ落としながらツッコんだ。
「でも喜ぶは喜ぶよね。金券は」
「クリスマスプレゼントに金券渡されたらそいつのセンス疑うわ」
恋人になって何年目にもなるとそういうのも一周回ってあるのかもしれないけど。
金券はさすがになあ。
「綾瀬さんは?」
「……考えてみるとパッと思いつかないんだよね」
そんなものか。
クリスマスプレゼントと言っているのだから、クリスマスにちなんだものの方がいいのかな。
誕生日とかなら実用性を優先してもいいんだろうけど、クリスマスなのだから雰囲気を重視した方がいいのかもしれない。
「プレゼントコーナーに行ってみよう。そしたら何か思いつくかも」
五十嵐さんの提案で僕らは場所を移動した。時期が時期なだけあって、特設コーナーには様々なものが並べられていた。
「そういえば、さなちマフラー失くなったって言ってなかった?」
「あー、言ってた気がする。しかも結局買ってないよね?」
「今日の朝つけてた?」
「……いや、多分つけてない」
曖昧な記憶を振り返りながら綾瀬さんが自信なさげに言う。
「マフラーでいいんじゃない? クリスマスっぽいし」
「でも、捨てづらくないですか?」
「……なんで捨てることを第一に考えてんだ」
「センスが問われるし」
「そこは私らも意見出すし。きっと喜んでくれるよ」
「そうですかね」
想像してみた。
確かに宮村さんは喜んでくれそうだ。でも他に幾つかシミュレーションしてみると、何渡しても嬉しそうに受け取ってくれるんだよなあ。
「せっかくだし手袋とセットで渡すとしよう」
「お、いいね。その辺も考えたトータルコーディネートをしないとね」
盛り上がりながらマフラーが売っているところへ向かう二人を追いかける僕。
何とかクリスマスプレゼントの購入を済ますことができた僕は、その後も二人に相談に乗ってもらいながら当日のことを考えた。
いろいろと考えれば考えるほど、僕の思考を緊張が支配する。
それでもその日はやってくる。
「今日はありがとうございました。おかげで何とかなりそうです」
そうは言うけど不安はある。
「ちゃんとさなちをエスコートするんだよー」
「楽しんできなよ。それが一番大事なんだからさ」
「は、はい」
僕なりにできることを精一杯しよう。これまでの感謝の気持ちを込めて、おもてなしをするんだ。
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