第31話 僕と準備①
期末テストも終わり、あとは冬休みを待つのみだ。授業も短縮され午前のみとなり、終業式を明日に控えたある日のこと。
「あの」
帰宅しようとしたところ綾瀬さんに呼び出しをくらった。放課後にパシられることはなかったので不思議に思いながら教室に戻る。
そこには綾瀬さんの他に五十嵐さんもいた。しかし、そのメンツなのに宮村さんはいない。
「お、来たね。まるっち」
「何かありました?」
「大事な話があるから呼び出したんだよ」
綾瀬さんは何だか機嫌が悪いように見えるが、いつもこんな感じかと思えば違和感はない。
「あんた、明後日のこと覚えてるよね?」
「明後日?」
明日が終業式で、その次の日。冬休み初日のことか。綾瀬さんと約束なんてしていないので、恐らく宮村さんとのことかな。
「さなちの」
「ええ。スイパラをご馳走するという」
宮村さんがテストで赤点を取らなければスイーツパラダイスをご馳走するという約束をしていた。
そして見事に赤点ゼロを成し遂げたので約束を果たすことになったのだが、宮村さんのリクエストでその日程が冬休み初日。
つまり十二月二十五日になったのだ。
「準備は進んでるわけ?」
「準備、というと……もしかして予約とかいるんですか? だとしたらしてないです!」
知らなかった。
そういうことなら急いでやらなければ!
「そうじゃないよ、まるっち」
「この感じだとやっぱ考えてなかったか」
呆れたように言う二人の視線はどこか冷たかった。なんかこういう扱いを受けるのは久しぶりな気がする。
「えっと」
「沙苗と出掛けるのは何日?」
「十二月の二十五日ですね」
「そうだな。その日が何なのか知らないことはないよな?」
「クリスマス、ということですか?」
「そう」
もちろん知っている。
これまでリア充的イベントとは無縁だったけど、子供の頃にはサンタさんからのプレゼントを待ち望んでいたし、家ではクリスマスにはチキンとピザを食べていた。
なので、クリスマスというイベントは認知している。夕食も豪華だし、クリスマスプレゼントもあるし、何なら楽しみにしているくらいだ。
「……えっと、それが何か?」
「クリスマスに沙苗とデートするんだぞ?」
「デートだなんてそんな、ただスイパラをご馳走するだけですよ?」
僕が言うと二人はめちゃくちゃ大きい溜息をつきながらこめかみを抑えた。
え、そんなリアクションされるの?
「あのね、まるっち。クリスマスに二人で出かけるんだよ? 普通の休みの日に遊ぶのとは全然違うんだよ?」
「クリスマスに二人でどっか行くのはもうデートなの」
「でもデートというのはお互いが好意を持っていて、恋人同士かそれに発展する二人が出掛けることを言うのでは?」
「だからデートだって言ってんの」
「え」
綾瀬さんの迷いない一言に僕は声を漏らすだけだった。そんな僕の肩に手をぽんと置いたのは五十嵐さんだ。
「女の子にとってクリスマスは特別なんだよ。もちろん、好きでもない人と過ごそうとは思わないよ」
「好き、ですか?」
宮村さんが僕のことを?
「勘違いすんなよ。少なくともって話であって、沙苗があんたと付き合いたいと思ってるかは別だよ」
「あ、ですよね」
「……」
「……」
危うく勘違いするところだった。綾瀬さんの鋭いツッコミに救われてしまった。
「沙苗はあんたのことを対等に見てるってこと」
「まるっちがもし、さなちともっと仲良くなりたいって思ってるなら、今回のデートはチャンスなのだよ」
「そりゃ、仲良くなれるならなりたいですよ。僕にとって宮村さんは、もちろんお二人も特別ですから」
「んなこと面と向かって言われてもリアクションに困るな」
「えりぴは褒められ慣れてないからねー」
調子が狂ったようにぐしぐしと頭を掻いた綾瀬さんが立ち上がる。
「あんたにその気があるんなら協力してあげるよ」
「協力ですか?」
「まるっちプロデュース大作戦ってこと。君にそれを受ける覚悟はあるかい?」
* * *
そのまま僕は大きなショッピングモールに連れて行かれた。ここに来ればおおよそのことは済ませることができるらしい。
「とりあえず服だな」
「服ですか?」
「せっかくのクリスマスデートなんだから、おしゃれしてかなきゃでしょ」
そんなことは全く考えていなかった。
クリスマスということは街に出ればおしゃれをした若者がひしめいていることだろう。
そうなると、確かに僕のようなおしゃれ初心者が適当に準備したような服装だと一緒に歩く宮村さんが可哀想だ。
「よろしくお願いします」
ということで適当に店に入って何度か試着させられる。
これまで僕が着る服といえばパーカーばかりだった。無難に黒とかばかりを選んでいたが、綾瀬さん達はしっかりと服を見繕ってくれた。
しかし。
「……なんかこう、違うわ」
「着せられてるというかね、オブラートに包まずに言うなら似合わない」
「自分で選んだわけではないので傷つきはしないですけど」
じゃあどうしろと言うのか。
「おしゃれさせようって思うのがよくないのかもね。マルオは変に尖ってない普通の服が似合うんじゃない?」
「そっちの方向で攻めてみますかねー」
そんなこんなで結局無難なところに落ち着いたのだけれど、それでも僕が選ぶよりはずっといい感じになった。
感謝である。
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