第30話 僕と期末テスト②


 それから。

 テストまでの一週間、宮村さんは気持ちを入れ替えたように頑張った。


 勉強を始めた一日目、


『中間テスト以来は予習復習とかどんな感じですか?』


 と訊いたところ、彼女はあわあわと凄まじい動揺を見せた。


『えっと、まあ、それなりに、やってる感じはあるというか、ないというか、頑張る気持ちはあるというか、そんな感じ?』


 やってなかった。

 継続は力なりという偉大な言葉があるように、例え些細なことでも続けることには大きな意味がある。


 それを改めて伝えるところから僕らの勉強会は始まった。


 期末テストは中間テストに比べて範囲が広い。本当に今回は時間が足りないかもしれない。


 しかも、それの一つも落としてはいけないというのだから無理ゲーに等しい。


 僕はできるだけのことはした。

 あとは宮村さんの努力次第だ。集中力の都合で家では息抜きを、という甘えさえ許されないほどに追い込まれた彼女がどれだけ頑張ったか。


 それは敢えて聞かないことにした。

 勉強は捗っているか、という質問はプレッシャーを与えることに繋がる恐れがある。

 だから、僕はただ勉強を教えることだけを考えた。いかに効率的に、いかに分かりやすく、勉強を進めるか。


 そこに関しては僕にかかっているのだから。


 そして、テストの日がやってくる。


「……おはようございます」


 僕はわりと早い目に登校するので教室に入った時点で生徒は少ない。でもその日は半分くらいが既に登校していた。


 綾瀬さん、五十嵐さん、宮村さんの三人が既に登校していたことに僕は驚きを隠せなかった。


 三人ともノートと睨み合っている。時間ギリギリまでできることをしようという意志がひしひしと伝わってくる。


 テストは四日間かけて行われた。

 テストが終わった日も、その後には翌日の科目を勉強した。それを繰り返し、僕らは期末テストを乗り越えたのだ。


「終わったー!」


 宮村さんがこれまでにない喜びを見せる。いつもはそれを笑っている二人も同意している様子だ。


「あー、よく頑張ったわ、あーし」


「さすがに今回は疲れたねー」


「お疲れさまでした。これ、よかったらどうぞ」


 僕は買ってきたレモンティー、ミルクティー、オレンジジュースをそれぞれに渡す。


「お、さんきゅーマルオ。気が利くじゃん」


「いえ、皆さん頑張っていたようなので」


「まるっちは余裕な感じだねー」


 ズズズとミルクティーを飲みながら五十嵐さんは言う。


「いや、まあ、はは」


「誤魔化し方下手くそか」


 綾瀬さんがご機嫌にツッコんできた。今日はとにかく機嫌がいいな。ある程度の無礼講は許されそう。


 怖いからやらないけど。


「あとはテストの返却を待つのみ!」


 その日、三人はパーッとカラオケで打ち上げをしたらしい。僕も一応誘っていただいたが、バイトを入れていたので参加できなかった。


 期末テストが終わればあとは答案返却のみだ。皆の気持ちは冬休みに向くはずなのにどこかそわそわしているのは、補習という罰ゲームがちらつくからだろう。


 クリスマスパーティーだ! と騒いでもいいだろうに、今回は教室内でクリスマスというワードは一切出なかった。


 そして、答案返却日。

 その日、全ての答案が一斉に返ってくることになっている。デッドオアアライブ、天国か地獄か、全てが分かる日。


 一部の人間にとっては死刑宣告の日でもあることを、僕らは答案返却一教科目早々に思い知らされる。


「嘘だァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 出席番号一番、安達君が悲痛な叫びを上げた。彼は膝から崩れ落ち、その場に手をついてうなだれた。


「邪魔だ、どけ」


 教師は非情だった。


 今回のテスト、きっと頑張っていない生徒はいない。皆それぞれが赤点回避を目指して努力したに違いない。

 それは安達君だってそうだろう。


 それでも、結果というものは残酷だ。血の滲むような努力をしても、報われないものもある。


 安達君はその身を呈して、そのことを教えてくれたのだ。


「次、綾瀬」


「へーい」


 やる気無さげに返事をした綾瀬さんが教卓に向かう。テストなんかどうでもいいんだろうな、とか思われるような仕草だが違う。


 今回の綾瀬さんは本気だ。

 表情が微妙に固い。


「……ふ」


 答案を受け取り、点数を確認した綾瀬さんの口元が微かに綻んだ。どうやらセーフだったようだ。


「五十嵐」


「はーい」


 五十嵐さんは自信があるのか、いつもと変わらない様子だ。点数を確認したあともその表情は変わらないが、席に戻ってから綾瀬さんと何か嬉しそうに話していたので多分セーフなんだろう。


「……」


 なので、より一層宮村さんが緊張している。


「丸井」


「はい」


 僕は大丈夫だった。点数も前回に比べると少しだけ上回っている。これは来年のお年玉に影響するだろうな。


「宮村」


「は、はい!」


 呼ばれ、教卓に向かう宮村さんの表情は強張っている。もし一発目で赤点があればその時点で終わりだ。

 頼むぞ、神様。


「ほら」


「ど、どうも」


 なぜか先生と睨み合ってから席に戻った宮村さん。まだ点数は見ておらず、紙は閉じたままだ。

 席に座ってから、ゆっくりと答案を開く。


「……」


 こっちまで緊張する。


「……っ」


 小さなガッツポーズが見えた。

 どうやら赤点は免れたようだ。


 その後、次々と返される答案を受け取り、悲痛なる叫びが上がる中、宮村さんはギリギリのところで赤点を回避した。


 全ての教科において、突出した点数はなかったが、全て赤点を回避することに成功したようだ。


「やったああああああああああああ!!!!!!」


「おめでと、さなち」


「すげー喜びようだな」


「お二人も赤点なかったんですね。おめでとうございます」


 裏で頑張っていたようで、綾瀬さんも五十嵐さんも赤点回避に成功し、冬休みを獲得したようだ。


「その余裕の言い方はムカつくな、おい」


 笑いながら綾瀬さんが言う。声色が柔らかく、ムカついていないことは伝わってくる。


「丸井!」


 喜び終えた宮村さんが思い出したように僕の方を向いた。


「や、約束……覚えてるよね?」


「はい。もちろんです」


 お金はちゃんと用意してある。

 バイトもしたし、こちらも準備万端だ。


「じゃあ、終業式の次の日……よろしくね」


 スイパラを手に入れた宮村さんは凄く嬉しそうだった。ここまで楽しみにしてくれると、こちらとしてもご馳走し甲斐があるというものだ。

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