第25話 僕と遊園地②


 その日、相変わらず集合時間よりも早い時間に僕は待ち合わせ場所に到着した。


 さくらパークの開園時間は午前十時。そして現在九時半。集合時間は九時四十五分だ。

 開園と同時に駆け込んでやろうという五十嵐さんの強い意志が感じられる。もちろん集合時間を決めたのは五十嵐さんだ。


 楽しみすぎて早起きしてしまったとか、そういうことではなく万が一到着が最後だったときに申し訳無さに押し潰されるかもしれないからだ。

 そもそも先に行かれる可能性さえある。一人で遊園地に入場するのは僕的にハードルが高い。


 というわけでこの時間なのだ。さすがに三十分前ならば誰も来ていないだろう。


 そう思っていたのだが。


「あれ、丸井?」


 どこからか声をかけられる。僕は改札を出てすぐのところで待とうとしていたのだが、声は改札ではないところから聞こえてきた。


「……宮村さん?」


 コンビニから出てきたのか、彼女は片手におにぎりを持っていた。

 黒のスキニーに上はしっかりと着込んでいる。マフラーまで巻いて完全防寒状態だ。


 まあ、この寒さなら無理もない。

 しっかり冬の気温になっているので、かくいう僕も中々の防寒をしている。


「早いね?」


「こっちのセリフですけど。集合時間間違えました?」


「なんかバカにされてる気がする」


「いえいえ」


 恨めしそうに睨まれたので僕は早々に訂正することにした。


「なんか早起きしちゃったから」


 あははー、と笑いながら言う。そういうところは実に可愛らしいと思う。


「丸井も楽しみすぎて早起きしちゃった?」


「あ、いや、そういうわけでは。待たせるのは良くないかなと思って、余裕を持って家を出たんです」


「なるほどねー」


「……」


「……」


 うーん。

 これはどうしたものか。


 この状況は想定していなかったな。

 まさか僕よりも早い時間に到着している人がいるとは。


 宮村さんも同じようなことを思っているのか、きょろきょろと空を眺めながらどうしたもんかと考えているように見える。


 ちらと彼女の方を見ると、ちょうどこっちを見ていたのか目が合うし。慌ててお互いに逸らす。


 変な時間だ。


 何か話そうにもいい話題が思い浮かばない。宮村さんや五十嵐さんと会話をする機会は増えたけれど、基本的にはあっちが話しかけてくれるから、僕が発信することってそうそうないんだよなあ。


 困ったな。


 でもこのまま無言なのもどうかと思うし。もういっそのことスマホとか触ってくれたらこっちも開き直れるけど、僕に気を遣ってかスマホ触ってないし。


 そう思っていると宮村さんはカバンからスマホを取り出した。


「これ丸井もやってるんだよね?」


「これ?」


 言いながら宮村さんがスマホを見せてくる。画面にはナナシスのゲームが表示されていた。


「ナナシスですか?」


「うん。萌がうるさいから絵梨花と一緒にインストールしたんだ。絵梨花はすぐ消してたけど」


 綾瀬さんはこういうの興味ないだろうし、友達だからといって興味ないことに付き合ったりもしなさそう。


 今日は遊園地だから来てくれたのかな。


「宮村さんは消さないんですか?」


「んー、せっかくだしちょっとだけやってみようかなと思って」


 それでやってるわけか。

 進められた画面を見てみると確かにちょっとだけ進めたようだけど、まだまだ序盤だ。


「これだけじゃ今日のイベント? は難しいかな」


「キャラクター展示やスタンプラリーみたいなのが基本らしいので問題ないと思いますよ。知っていれば知っているほど楽しめるってだけで、知らないから楽しめないわけじゃないはずです」


 五十嵐さんに誘われたあと、僕もホームページなんかを見てそれなりにイベントについて調べておいたが、そんな感じだった。

 あとは限定グッズとか。転売ヤーに先を越されてなければいいんだけど。


「あれ、二人ともはやいねー」


 そんな話をしているとようやく五十嵐さんが到着した。僕らを見て驚いたような感心したような声を漏らした。


「まるっちはともかく、さなちがそこまでやる気に満ちているとは思わなかったよー」


 間違いではないけど。

 ご機嫌な様子で五十嵐さんは宮村さんの肩をぽんぽんと叩く。


 集合時間まであと少し。綾瀬さんが到着するのは次の電車だろうか。


「絵梨花はまだ?」


「トイレ行ってたよー?」


「見たの?」


「見たというか、一緒の電車だった」


 なのにトイレから出てくるのを待ってあげたりはしないのか。五十嵐さんは本当に人との距離感に対してはドライなところがあるか。


 それは置き去りにされた綾瀬さんも思ったことのようで、慌てて改札から出てきて五十嵐さんを睨む。


「なんで先行ってんのさ!?」


「私は別に尿意に襲われてはいなかったから?」


「普通待つでしょ。友達がトイレ行くっつってんだから!」


 自分は間違ってないよね!? という顔を僕と宮村さんの方に向ける。もちろん間違ってはいない。


 ただ五十嵐さんも悪気とかはない。つまりこちらの常識が通じる相手ではない可能性があるということだ。


「ま、いーじゃん。行こーぜ? 開園時間になっちゃうよ」


 まだ余裕はあるので開園することはないだろうけれど。五十嵐さんがレッツゴーと進みだしたので僕らはそれについて行く。


 

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