第16話 僕と休日①
好きなアニメの続編が制作決定した発表を見たとき、言葉にできない喜びが込み上げてくる。
中でも、僕の場合は劇場版であればもっとテンションが上がるのだ。それはどうしてかというと何となくとしか言いようがないが、映画化という特別感がそうさせるのかもしれない。
何が言いたいのかというと、僕が大好きな作品である『君色景色』というアニメの映画化が決定したのだ。
朝、トイレの中でツイッターを巡回しているとその情報が回っていた。どうやら昨日、ユーチューブの生配信で発表されていたらしい。
アニメを観ながら寝落ちしていたので観損ねたのだ。生配信を見て喜びたかったという後悔はあったが、それ以上の喜びがある。
ということで僕は朝から上機嫌なのだ。今日ならばいくらでもパシられてあげるぜ。
なんなら、この体の中のエネルギーを発散したいので走りたいとさえ思えている。こんな感覚は滅多にないことだ。
「なんか機嫌いいね」
登校した僕はテンションそのままに『君色』の漫画を読み返していた。この漫画は単行本はもちろん電子書籍でも購入しているので、どこででも読めてしまうのだ。
「ええ、まあ」
「なにかいいことでもあったの?」
僕のもとにやってきた宮村さんが訊いてくるが、これは中々に考えものだ。
ペラペラと喋るとオタクの悪いところが全面的に出てしまう。相手は全く興味ないのだから、軽く言うのが正解か。
「好きなアニメが映画化したんですよ」
「そうなんだ。なんてやつ? あたし知ってるかな」
絶対知らないだろ。
とは言えないが、普通に知らないだろうなあ。
最近話題になっていた『鬼滅の剣』や『魔術廻戦』といった少年誌系の作品ではないし。
「知らないと思いますよ」
「一応言ってよ」
「君色景色ってアニメなんですけど」
「知らないなあ」
ほらみろ。
そんなに興味もないくせにどうして訊いてくるんだ。こうなることは予想できるだろうに。
「何の話してるのー?」
そんな話をしていると五十嵐さんがやってきた。綾瀬さんはいないようだが、まだ登校していないのか。
ていうか、一緒に登校しないんだ。
「なんか丸井の好きなアニメが映画するんだって」
僕よりも早く宮村さんが説明してくれた。
「へー、なんてアニメ?」
「君色景色という」
「なんで言うの?」
「え」
五十嵐さんに説明したところ、宮村さんが何故かムッとした声で言ってきたので僕は驚いた。
「あたしには言わなかったじゃん」
タイトルのことを言っているのかな。
「宮村さんにも言いましたけど?」
「あたしのときはちょっとためらったのに」
「別にそういうわけじゃ……」
深い意味はない。
ただ単純に今の五十嵐さんは若干とはいえオタク文化に精通している。だから何も躊躇わずに言っただけだ。
僕が言い淀んでいると、五十嵐さんが宮村さんの肩を叩く。
「私とまるっちはアニメという共通の知識があるだけだよ。ただそれだけ」
「……そう、だけど」
「さなちは仲間外れにされたみたいで嫌だったんだよね。大丈夫だよ、えりぴもそっち側だから」
「……登校してきて早々わけわからんことに巻き込むのやめて」
いつの間にかやって来ていた綾瀬さんが低いテンションで言った。あんまり朝は得意じゃないのだろうか。
「萌はそのなんとかってアニメ知ってるの?」
「んー? 君色景色? もちろん知ってるよ。名作だからね」
あの面白さを理解しているとは。五十嵐さんはやはり見込みのあるオタクだ。
「オタクの話か」
状況を理解したのか、それとも興味がないのか、綾瀬さんは自分の席に行ってしまう。
「さなちも読む?」
「え? 萌、持ってるの?」
「私は持ってないけどまるっちが持ってるでしょ」
「あ、僕なんですね」
君色景色はもともと僕が五十嵐さんにおすすめしたアニメだ。そのあとしっかりハマった彼女に僕は原作を貸した。
その後、自分でも買ったのかと思ったよ。
「別にいいよね?」
「もちろんですけど」
でも興味ないだろ。
宮村さん、あんまり漫画とか読まなさそうだし。
そう思って宮村さんの方を見ると彼女はきらきらした笑顔を浮かべていた。
「読む!」
女の子というのは仲間外れを嫌う生き物なのか。そんなに話に入れなかったのが嫌だったのかな。
「そういうことなら、今度持ってきます」
もちろん、貸すことは拒まない。
自分の作品を布教するためならば何だってしようじゃないか。でもいきなり全巻持ってきたりしたら引かれるのは分かっている。
面白くなかったときのことを考えて序盤だけにしておこう。そうだな、最初の山場は三巻だからそこまでは読んでほしいところだ。
「ありがと」
「漫画読んで面白いと思ったら映画一緒に観に行こうよ。私、一人映画とか行けない人だから」
「そうなんですか?」
なんか意外だ。
この人はふらっと気まぐれでどこにでも行ってしまいそうだと思っていた。
「んー。きっと入れないことはないんだろうけど、一人ならもういっかーってなるんだよねー」
分からないでもないが。
そう思えるのはある意味一人で出歩く特権でもあるからな。
「というわけで、どう?」
「うん。それじゃあ、とりあえず読んでみるね」
「面白いからハマると思うよー」
布教する側が二人なので心強い。
僕のような圧倒的オタクではなく、普通の女子である五十嵐さんの言葉だからなおのことだ。
いや、もはや彼女を普通の女子と呼ぶべきかは考え直す必要があるかもしれないが。
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