第10話 僕と中学時代の⑤


「ごめん丸井、お待たせー」

 

 宮村さんがきょろきょろと僕を探し、てててと駆け寄ってくる。


 宮村さんを見たときの岡田の表情は多分この先当分忘れることはないだろう。まさに、苦虫を噛み潰したような顔だった。


「知り合い?」


 岡田と長谷川を見た宮村さんが僕に尋ねてくる。


「ええ。中学のときの友達と、その彼女さんです」


「へー」


 宮村さんは適当な返事をして、軽くぺこりと会釈をした。岡田はというと、まだ呆然としている。


「……」


 僕を一人だと思い込み、ブサイクな彼女を自慢していたところ、可愛い女の子が現れたらそりゃ驚くだろう。


 残念ながら友達どころかただのパシリなのだが、ここは言わなければバレない。


「なんでお前みたいな奴が女子といるんだよ。ていうかさっき一人だっつってたろ」


「いや、一人だって思い込んでたのはそっちだよ。別に僕は肯定してない」


「友達?」


「違う」


 僕が答えると、岡田はハッと乾いた笑いを見せる。


「そりゃそうか。丸井みたいなキモいオタクに女友達なんかできるはずないもんな。メイドのお店でお金払わないと女子と会話もできないんだ」


 マウントを取るのに必死になっている。どれだけ可愛い女の子といようと、恋人でないのなら彼女のいる自分の方が上だと言い張っている。


 いや、あるいは自分に言い聞かせているのかも。


 宮村さんの登場でパワーバランスが変化し、もはや僕には一のダメージもないので彼にどう言われても何とも思わない。


 が。


 どうやら心優しい宮村さんはそうではなかったらしい。


「何勘違いしてんのか知らないけど、丸井はあたしの彼氏だよ」


「は?」


 宮村さんの発言に僕は驚くが、それ以上に岡田が驚いていた。声が漏れていた。


「いやいや、だってさっき彼女いないって」


「うちの彼はシャイなのかな。それか、そんなに可愛い彼女がいる人を前に、あたしみたいな程度の知れた女を彼女とか恥ずかしくて言えなかったんじゃない?」


「……」


 言われて、岡田は自分の彼女を見る。


 身長が低く、しかし体型は丸い、化粧と長髪で素顔を誤魔化す彼女を。


 そして次に宮村さんを見る。


 胸は大きくないがスリムで女の子らしい体型で、ミドルヘアと最低限のナチュラルメイクで素材の良さが伝わってくる女子を。


「……」


 ついに言葉を失う。

 それは彼の敗北宣言でもあったが、僕は何も言わなかった。


 その空気に耐え兼ねて口を開いたのは長谷川だ。


「ねえ、もう行こ!」


 呆然とする岡田を引っ張って行ってしまう。マウントを取って気持ちよくなるつもりが、何ともストレスの溜まる結果となり、さぞ残念だろう。


 逆に僕はスッキリした。

 宮村さんありがとう。そう思い、彼女の方を見ると恨めしそうな半眼をこちらに向けていた。


 これは宮村さんがお怒りになっているときにする顔だ。多分だけど。

 なにか気に触ること言ったっけ?


「えっと、なにかありました?」


「なんでさっき、あたしは友達かっていう質問に違うって即答したのかなって」


 半眼だった瞳は徐々に開いていき、これでもかというくらいに目を見開く。

 眼力が凄い。


「えっと……」


「あたし達って友達じゃないの?」


 友達。


 友達ってなんだろう。

 人は他人から知人になって、さらに親交を深めた結果、初めて友達になれる。それを超えると親友というかけがえのない存在となる。


 それが僕の思う人間関係というものだ。


 でも、ならばどこからが知人で、どこからは友達なのか、そこまでを深く考えたことはなかった。


 クラスメイトは、きっと知人。仲良くはないけど知っている。その程度の関係だから。


 そうなると、他愛ない話で盛り上がったり放課後に寄り道をしたり休日にどこかに遊びに行けば友達だ。


「……友達、なんですか?」


 考えたけど、答えは出ない。

 だから訊くしかなかった。


「と、友達だよ」


「でも僕は皆さんのパシリですよ?」


 パシリという行為がなければ友達になるのかもしれない。でもパシリという関係がなければそもそも繋がることはなかった。


 僕らの関係を一言で言い表すなら何になるのか。


「そう、だけど……。でもあたしは、友達でもない人と放課後にこうして遊んだりしないよ」


 落ち込んだような声色で言った宮村さんは、俯いたままこちらを見る。


 僕は綾瀬さんに五十嵐さんの秘密を探れと頼まれた。宮村さんはそれについてきたが、彼女は綾瀬さんに頼まれてはいないと言っていた。


 楽しそうだと言って、ついてきてくれたのだ。僕と一緒にいるのが嫌だと思っているのなら、来なくてよかったんだ。


 それでも彼女は来てくれた。


 僕と二人になるのに、嫌な顔一つしなかった。


 僕は……。


 宮村さんとの時間を楽しいと思っていた。それこそ、まるで友達のようだと錯覚していたのだ。


 あれは錯覚ではなかったということだろうか。


「友達だと、思ってもいいんでしょうか」


「丸井がそうだと思うんならそうだよ。あたしは誰になんて言われても、友達だって言うよ?」


 僕が何と思うか、か。

 友達というのは両者の気持ちが一致して初めて成り立つものだと思っていた。


 でも違うのか。

 どう思うかは僕の勝手なんだ。


「それじゃあ、僕もそう思うことにします」


「そうってなに?」


 あえてそう訊く意味はあるのか。話の流れ的に明らかなはずなのに。それでも宮村さんは僕に不安そうな顔を向けてくる。


「と、友達です」


 だから僕はちゃんと答える。宮村さんが僕を友達だと言ってくれたから。

 だから向き合うんだ。

 気持ちを伝えないと。


「……うん。それでよし! じゃあ、帰ろうか」


「はい」


 そうして、僕らは駅に向かう。

 そういえば五十嵐さんとは何の話をしていたのだろう。ちょっと気になったけど、訊くタイミングを失ってしまった。


 まあいいんだけど。


「ていうか、丸井は友達相手に敬語使うわけ?」


「いや、これはもう慣れたので中々抜けないというか」


「敬語やめなよ」


「……勘弁してください」


 僕らの関係が少しずつ変わっているのだとしても、この話し方はまだ当分は変えれそうにない。

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