第9話 僕と中学時代の④


『あたし、ちょっと萌に呼ばれてるんだ』


 と、いうことで僕は一足お先にメイド喫茶を出る。中で宮村さんと五十嵐さんが何かを話しているようなので、一人でスマホをいじりひたすら待つ。


 僕という生き物がそうなのか、あるいはオタクという人種がそうなるのか、待つのは苦手ではない。


 これまで何度もゲームの発売日なんかに何時間も待つことがあったから、待つことには慣れている。それに比べると十分やそこらなんて何でもない。


 いろいろあったので見れていなかったツイッターを巡回していると、目の前で人が立ち止まったような気がして顔を上げた。


「あれ、やっぱり丸井じゃん」


 宮村さんなら何か声をかけてくるだろうから、そうではない何かだろうとは思っていた。


 けれど、僕の前で立ち止まったその人物は意外な人物だった。


「……えっと、岡田?」


 岡田翔太。

 中学のときの友達……というかクラスメイトだ。仲が悪かったわけではないが、僕のことを見下して笑うような奴だ。


 事あるごとに僕を引き合いに出しては、自分の印象を上げようと企んでいた。

 腹立つけど頭良くて偏差値の高い高校に行ったんだっけか。


 でもオタクだ。


「なんだよ、久しぶりじゃん。こんなとこで一人で何してんの?」


 言いながら、ちらと上にある看板に視線を向ける。こんなところで一人でいるやつのだいたいはメイド喫茶から出てきた奴だ。


 そもそも一人ではないが、わざわざ言うことでもないしな。


「おいおい、女子と喋りたいからってこんなとこ来たら終わりだぞ」


 ぷーくすくすとバカにするような笑いを見せながら岡田は言う。

 すると、岡田の隣にいた人物がようやく口を開く。


「なにこいつ、翔太の知り合い?」


 初対面の相手に対してこいつ呼ばわりとは常識のなってない奴だな。


「あー、そうそう。中学のときの友達」


「えー、めっちゃオタクじゃん。キモ」


 お前の隣にいる奴もオタクだからな。今どういうキャラで通してんのか知らんけど、中学のときはアニメのキャラを嫁と豪語する痛い野郎だったんだぞ。


 僕がそいつを見ていると、岡田は気づいたように紹介を始める。いらん。だいたい予想つくし。


「こっちは丸井。そんで、こっちは長谷川真理子。俺の彼女」


 彼女、というワードを若干強調して言うが、不思議と羨ましいという感情は湧いてこないな。


 岡田のことをよく思っていないからではないな。それなら、なんでこんな奴に彼女なんかできるんだって思うだろうし。


 多分。

 おそらく。

 答えはシンプルなものだ。


 僕は岡田の隣の長谷川という彼女を見る。


 ばちばちに決められた化粧。顔を覆い隠すような長い髪。低い身長、丸い体。


 良く言うならふくよかで小柄な女の子。悪く言えばチビデブブサイク。


 つまり、僕が羨ましく思わない理由はそれだ。


 不思議とバカにされても苛つきもしない。なんかほざいてるな、くらいにしか思わないのだ。


「丸井は高校行ってもオタクなんだな。見た目とか何も変わってないからすぐお前だって分かったわ。彼女とかいないの?」


 確かに岡田は少し変わった。

 メガネだったのがコンタクトになっているし、おかっぱみたいな髪は随分長くなっている。

 ロン毛がカッコいいと思う時期なのだろうか。僕的には前の方がいいと思うのだが。

 

「いないね」


 ここで嘘をついても虚しくなるだけだし、別にそれで劣等感を抱くこともないので僕は即答した。

 

「彼女はいいぞ。毎日が楽しくなる」


「へー、それは本当に羨ましいよ」


 僕が言うと、岡田はふふんと自慢げな顔をする。彼は僕より優位に立ったと感じたときによくこの顔をしていた。


 よくあったのはテストの点数だな。彼はテスト前に決まって「今回全然勉強してねえわ」と口にする。そして毎回高得点を叩き出す。


 実際勉強していたかどうかは知らないが、後半にもなると「あいつまた言ってんな」くらいにしか思わなかったし、クラスの空気もそんな感じだった。


 中学のときはそういうこともあり女子からあまり好かれていなかった彼だが、高校では反省しキャラチェンジしたのだろうか。


 話してみた限り、変わった様子は微塵もないが。


 宮村さん、早く戻ってきてくれないかな。じゃないと僕もここから移動できない。


 逃げてから連絡しようかなと思ったけどよくよく考えると宮村さんの連絡先は知らないのだ。


「丸井は女子と全然喋れなかったもんな。コミュ障だったし。話すときキョドってるし、そういや女子も陰ではキモいって言ってたわ」


「それわかる。今ちょっと見てるだけでも思うもん」


 別に間違いではないのだが。

 コミュ障なのは事実だし、現に高校に入っても友達はいない。でもそんなにキョドってたかー。自分では分からないことだから、そういうことなら気をつけようかな。


「ホント、丸井は―─」


 岡田がさらなる追い打ち口撃を仕掛けようとしてきた、まさにそのときのことである。


 救世主が現れた。

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