第二章

第11話 僕とテスト勉強①


 何度も言うようだけれど、僕の学校での生活において人との会話というのは実に数回程度、片手で数えれるくらいにしかない。


 最近は暇なときに一言二言、宮村さんが話しかけてくれることが増えたので会話数も少しずつだけど増加している。


 が、それでもやはり少ない。

 高校一年生における平均校内会話数と比べると圧倒的に少ない。


 なので、基本的には授業中ではない空いた時間はラノベを読むかスマホをいじるかで暇を潰しているのだが、テスト前になると教科書やノートを机の上に広げることがある。


 周りから見れば、あいつ昼休みに何勉強してんだよキモ、みたいな感じに思われているかもしれない。


 しかしこれには理由があるのだ。

 テストで悪い点数を取れば母に怒られる。怒られるといろいろと趣味に支障が出る。だから、赤点なんてもってのほかである。


 そのわりに勉強をしろと強要はしてこないのだ。僕がリビングでダラダラしていようと何も言ってこない。結果がでたとき、全てひっくるめて怒られる。


 だから勉強をする。

 そして赤点を取らない。

 そうすると怒られることはないのだ。


 家でアニメを観たり漫画を読んだりしたいので、その分の勉強を学校でしてしまおうという効率的行動なのだ。


 テスト一週間前どころか、二週間前から復習を始める。こうすると一週間前の勉強が随分楽になる。


「うげ、昼休みにまで勉強してる」


 そんな僕を見た宮村さんが、カラスの死骸でも見たような声を出す。


「まあ、することがないので」


 そんな宮村さんの後ろから綾瀬さんと五十嵐さんもやってくる。どうやらどこかに行っていたらしい。

 昼休み、教室にはいなかったから学食にでも行っていたのかな。


「あ、何か買いに行きます?」


 三人が僕の元へやってくるときはだいたいがパシリの始まりなので、ついつい立ち上がろうとする。


 が。


「勉強中の奴を走らせるのはさすがに気が引けるわ」


 だそうだ。

 別にめちゃくちゃ勉強が好きというわけではないので、それくらいなら何の問題もないのだけれど。


 パシられること自体に問題を感じなくなっている自分の感覚も相当狂ってきたな。


「えらいねー、昼休みにまで勉強なんて。さなちも見習えば?」


「ええー、いいよあたしは。勉強なんて楽しくないし」


「あはは、それは言えてる」


 五十嵐さんは自分の席に戻っていった綾瀬さんのところへ行ってしまう。

 しかし、宮村さんは二人のあとを追うことはせずに、僕の隣の席に座った。


「丸井って頭いいの?」


「別にいいってほどじゃないですよ。赤点は取らないように気をつけてるだけです。赤点取ると母がうるさいので」


「うちも一緒だよ。ママってば毎度毎度チクチクチクチクうるさいんだ」


 毎度毎度怒られるような点数を取っている宮村さん側にも少なからず問題があるように思えるけど、言わないでおこう。


「勉強しないんですか?」


「んんー、だって何も楽しくないじゃん? そんなことしてる暇があるなら他にもっとやることあるかなーみたいな?」


「はあ」


 人が何を思ってどう行動するのかなんてその人の自由だ。宮村さんがそう考えているのなら、僕が何か言うことはない。


 そんな気楽な様子の宮村さんの表情が一変したのは、それから一週間ほど後のこと。


 つまり、テスト一週間前に突入した頃のことだった。



 * * *



「勉強教えて!」


 テスト一週間前になると部活動も休みになり、朝も放課後も活気溢れる声が聞こえなくなる。


 そうなると、ついにテストがやってくるのかと改めて気持ちが引き締まる。


 そんなときのこと。

 昼休み早々に、お弁当を机の上に広げた僕の前にやってきた宮村さんが手を合わせて頭を下げる。


「……えっと、どうかしたんですか?」


 先週は勉強なんてやってられるかよみたいなこと言ってたような気がするけど、どういう心境の変化が起こったのか。


「このままだとお小遣いがなくなる!」


「それはつまり?」


「昨日ママに言われちゃった。今回のテストの点数が悪いようならお小遣いをナシにするって!」


「それは、大変ですね」


「そうだよ。お小遣いがカットされたらみんながプリクラ撮ってる中、スマホで盛らなきゃいけなくなる!」


 一緒に入れてもらえばよくない?


「それだけじゃないよ。みんながタピオカ飲んでる横で、あたしだけ無料の水をすすらなければならない!」


 まあ、ぎりぎり許容できなくもないけど。


「挙句の果てに、みんながクレープ食べてる横で、あたしは地面に落ちたクリームを舐めるしかない!」


「さすがにそれは言い過ぎなのでは」


「これらの問題は、決してありえないわけではないの! それくらいに、由々しき事態なんだよ!」


 言っていることはだいぶおかしいが、宮村さんが本気で困っているというのはひしひしと伝わってきた。


「でもなんで僕なんですか?」


 ぶっちゃけ人に教えるほど頭脳に優れているつもりはない。クラスには他にもっと秀才な生徒はいる。


「絵梨花も萌も頭悪いもん!」


 堂々と、ハキハキとそんな失礼極まりないことを口にする宮村さん。少し遠くから「お前よりマシだわ!」というツッコミが二つ聞こえた。


「丸井しかいないんだよぅ」


 お願い! と改めて頭を下げてくる。こんなことはこれまでになかったので、切羽詰まっているのは確かなのだろう。


 勉強を教えるというのは、自分の勉強にも繋がるし、無駄なことにはならないはずだ。


「分かりました。どれだけ力になれるかは分かりませんが、僕にできることは協力しますよ」


「ほんとに? ありがとー! もしお小遣いなくならなかったらタピオカ奢るから!」


 それつまりお小遣いなくなったら無償ってことですよね。いや別にいいんだけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る