スポーツキャップの小生意気①

「どこに行くって、協力者を迎えに行くんだよ」


 相変わらず目も合わせない忌奴は、修治の質問にもはぐらかすような返答しか寄越さない。


「協力者って、聞き込みですか?」


「いや、新しい仲間だ。お前の同期だよ」


「同期……」


 先ほどの部屋だけで3人だった。そこに修治とは別にひとり加わるということか。


「しかし、さっきは初仕事と……」


 仲間ならば、それは同僚だ。直接何かしらの捜査に関わる協力者とは違う。

 忌奴はイラだたしげなため息をつき、髪を掻きむしる。背中が丸くなりがちなのは、背丈タッパがありすぎるせいだ。


「いきなり任務は与えられないだろ。OJTには軽いのがちょうどいい」


 どうやら考えはあるようだ。修治は黙って付いていくことにした。


 忌奴は駅へ向かうらしかった。従いながら、修治は気になっていたことを確認することにした。


「さっきの拠点は、あのメンバーで全員ですか?」


「ああ。基本は出払ってることが多いが、あれが俺たちの事務所代わりだ」


「あのアパート、ほかの住人もいるんですね?」


「入居してるのはたいていワケあり連中だからな。ステータス・レッドが出入りして怪しまれないとなると、ああいうところがちょうどいい」


 ステータス・レッドは修治のように「一発アウト」になるケースがほとんどだ。ゆえに青天の霹靂へきれきであり、右も左もわからないまま社会的に孤立することを意味する。結果としてステータス・レッドの人間は、互いに寄り合い、人目を避けながら社会の片隅でひっそりと助け合うことが多いのだ。

 その寄り合いに温情が伴うこともしばしと話に聞くが、あのむさくるしいアパートの一室がそうとも思えない。


「あのメンバーはどうして……」


 口にしかけた質問を、修治は瞬間、ためらう。


「タグを読み込めばいいだろう。書いてあることがすべてだ」


 忌奴は相も変わらずぶっきらぼうに答える。確かにそれはそうだ。しかし、目も合わせてくれないので、忌奴その人のタグは読み取れない。そのために目を合わせようとしないのだとも思える。


「そんなことより、これから会う人間の情報くらい見ておけ」


 そう言うと、血に飢えた狼のような鋭い視線をちらと寄越す。

 むろん、修治がタグを読み取るには短すぎる合間だ。

 修治のアイ・フィルターに、ひとりの女性のバストアップ写真がポップアップする。アイ・フィルターにはこんな芸当も可能なのだ。パノプティコン・ネットワークは莫大な個人情報の集積なので、「私的利用の範疇ならば」との名目で、他人のタグ情報を受け渡すこともできるのである。


「田沼、鉋奈かんな……」


 目線を動かし、受け渡された女性の情報を読み込む。アイ・フィルターは眼球の動きを光学的に捕捉している。ゆえに視界に映るUIを目で追い、凝視さえすれば、視線の先にあるメニューアイコンを「タップ」したり、表示されたリストを「スクロール」できる。

 女性の写真は登録時に必要な証明写真だから、さほどの個性を感じ取ることはできない。しかし、最新の経歴まで読み込むと、「ゲーム実況者」との一文が現れた。


 そして、その経歴だけが真っ赤にハイライトされている。身を置いていた当時、決定的な過ちを認定され、ステータス・レッドになったという意味だ。


「もともとはマイナー分野のゲーム実況で活躍していたらしい。過激な発言が目立ったが、遂にそれが炎上騒動となって、契約先の事務所、スポンサーと破局。一発ステータス・レッドだ」


 ステータス・レッドは、何も前科持ちだけが適用されるわけではない。懲戒解雇や民事訴訟レベルの不祥事など、それが記録されることでステータス・バーを赤くするトリガーは、実のところ多岐に渡る。

 だからこそ、日々の一挙手一投足に気を付けよう、というのが、巷によく言われる戒めなのだ。それだけ罠が多いというのは、神経質になりすぎなのでは、という発想はなかなか出てこない。


「そいつを今回、俺がスカウトした」と忌奴は説明を続ける。「ネット文化に詳しい人材は、貴重だからな」


「しかし、この人はまだ若い。それに、元は普通の民間人です」


「お前だって若いし、今は普通の民間人だろ?」


「とはいえ、訓練は受けています。自分の身は、守れます」


「なら、お前がそいつを護ってやれ」


 そう言われて、修治はドキッとする。無愛想なこの男が、わずかにほほ笑んでいるのだ。


「……それが、僕の任務ですか?」と、ためらいがちに修治はたずねる。


「荒っぽいことは俺らに任せていればいい。お前は、そっちのほうが向いてそうに見えるがな?」と、忌奴はあくまでぶっきらぼうに答える。


 修治は何も答えられない。これまで、紫乃を失った償いと、その果てにこの社会への復讐を遂げることだけ考えてきた。昔の自分は失われ、憎しみに染め抜かれてしまったものと考えていた。しかし、人の目に映る己は、その限りではないというのだろうか?


 修治はなんとなく取りつく島がなくなって、黙って忌奴の少し後ろから従った。


 駅前の広場までやって来ると、忌奴は辺りをきょろきょろと見回した。むろん、図体のデカいステータス・レッドの男がふたりも並んでいるのだから、周囲の目にも厳しいものがある。とはいえ、それは軽蔑というよりは、恐怖といった様子。修治は不覚にも、清々しい想いすらしていた。失うものがないというのは、なんとも心強い。


 忌奴の視線が、ある一点で止まる。


 それは、広場中央の時計台。待ち合わせの人もちらほらな中、スポーツキャップを目深にかぶった小柄な少女がいる。

 髪は明るいブラウンで、肩にやや掛かるほどのセミロング。なぜその少女に気づいたかというと、彼女から読み取れるタグの情報が存在しなかったからだ。

 すなわち、冴木と同様にアイ・フィルターを外している、ノン・ステータスだ。


「行くぞ」と忌奴は言い、その少女へまっすぐに歩み寄っていく。修治もそれに続くと、時計台の付近に集まっていた人々が、さあっと波のように退いていく。その少女だけは、まっすぐにこちらを見つめていた。


「田沼鉋奈か?」


 忌奴がたずねると、少女はコクリとうなずく。


「お兄さんたち、ステータス・レッドなの?」


 印象とは反対に、大人びた落ち着いた声が言う。若くはあるが、どうやら少女ではない。


「つけてないのか?」


 忌奴は自身の瞳を指差しながら、たずねる。少女と見紛うたその人は、再びうなずく。


「アタシを嫌いな連中と、同じにはなりたくないもの」


 強気な声音と視線だった。苦手な子だ、と本能的に修治は思う。

 その相手と任務を共にするとのこと、どうなるものやらと、早速不安が鎌首をもたげているのであった。

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