第十三話 暇

 ウィズリーには産まれた時から前世の記憶があった。

 物心着く前から、バス事件の犯人を恨んでいた。


 前世の旦那は、アル中のDV男だった。子供が生まれて間もなく離婚した。

 息子のためなら何でもした。いっぱい話したし、遊んだし、欲しい物も出来る限り買ってあげた。でも我儘に育つことはなく、母親の言うことを聞ける良い子で、運動も勉強も出来た。自慢だった。

 息子だけが宝物だった。自分の人生であり、幸せの形そのものだった。



『傷の戦士』の逸話を聞いた時。すぐにわかった。産まれた7人の中に犯人が必ずいると。いつか絶対に突き止めて復習してやると。そして、同じく生まれ変わった息子を見つけ出すと…。


『傷の戦士』として公表されていたのは、当時王子であったマティスのみだった。ウィズリーはマティスと接触すべく、家出をして、女中として働いた。その働きが認められ、16歳になるころ、ようやくマティスの世話役を申し付かった。

 マティスに忠誠を誓うため、左手の傷に触れた時、マティスが前世の記憶を思い出した。

 マティス自身も事件の関係者であることは、掌の傷を見せてもらって確認した。もちろん嘘を付いている可能性も考慮したが、マティスが前世の話を仄めかす時、必ずユーリィが傍にいるため、嘘を付いていないことを確認できた。「犯人ではない」と、確かに事実を言っていた。


 マティスは犯人探しに協力すると言った。そうして2年が経過した。

「来年の私の誕生祭、祝賀会で『傷の戦士』を集めよう。私とユーリィのスキルを使えば、犯人が分かるかもしれない」

 ウィズリーはその提案に乗り、一年待つことにした。

 祝賀会までの一年間。女中になったお陰で『傷の戦士』についての情報を多く得られた。マティスとユーリィのことはもちろん、オキシオとラティス。エリシア、ジュナイン、ワイト。

「人数が一人多いような…」

「数え間違えたんじゃない?その事件で君は怪我を負っていでしょ?正確に被害者を数えるなんてできなかったでしょうし。きっと被害者は7人いたのよ」

「それも、そうですね…」

 女中として働くようになって数年、マティスの世話役として二年。彼に仕える中で、彼の恐ろしさにウィズリーは気が付いた。

 自分の意見が通るまで、聞く耳を全くもたない。進言すらしない。自分の思い通りになったときだけ「いいよ」と軽く答えた。

 正妃であるユーリィ、彼女に自覚はないがマティスに操られている。彼女が好き放題出来る環境は、マティスにとっても同様である。彼女の我儘を聞いているふりをして、税を上げ、私腹を肥やしている。

 負け戦も、死んだ兵士の数を聞いても、瞬き一つしない。マティスから、感情と言うものを感じない。


 ひどく怖いと思った。けど、ウィズリーにはどうでもよかった。この国の国王がどんな人であろうと、それに国民がどれだけ苦しめられようと。




 そして祝賀会の日が訪れる。マティスの世話役として、女中でウィズリーだけがその場に同席することを許された。

『傷の戦士』達の会話に鳥肌が立った。何を楽しそうに話しているのか、この中に、あの殺人犯がいると言うのに…誰も何も知らず、思い出さず、子供みたいにスキル自慢に花を咲かせている。

 あの殺人犯は今、平然とここに座り、同士と食事をしていると思うと、吐き気がした。


 そして、祝賀会の後、部屋を移動しながらウィズリーに言ったのだ。

「ジュナインは7人殺している」

 と…ユーリィはそれを嘘とは言わなかった。

 一見、ユーリィに向けた言葉であったが、ウィズリーにはわかった。それが自分に向けられた言葉だと言うことを…。

 その日のジュナインのことを思い返す。似合わないタキシードを身にまとい、適当なことしか言わず、時折エリシアと楽しそうに微笑み合っていた。この人生を幸せに生きていることはすぐにわかった。


 ウィズリーの身体は、燃え上がる憎しみの炎で熱くなっていた。





 ウィズリーは帰路に就くエリシア達の後を、ひっそりと付けた。

 ジュナインが帰宅し、兵士たちとエリシアが家から離れていく。

 ウィズリーはそっとジュナインの家に近づき、壁に耳を押し当てる。会話が聞こえる。おそらく両親と話しているのだろう。

 その声がなくなる。しばらくそのまま待っていると、作業部屋に火がともされた。窓からこっそり部屋を覗くと、ジュナインが一人で立っていた。

 ウィズリーは音を出来るだけ立てず、裏口からゆっくりと作業部屋に入った。ジュナインは何か思いに耽っているのか、全くこちらには気が付かない。



 ジュナインの背後に立ち、ウィズリーは、持っていたナイフでジュナインの背中を刺した。



 ジュナインはその場に声もなく倒れ、背中の痛みに苦しみながら、ウィズリーを見上げた。

「き、みは…」

「思い出させてやるよ…私が誰かを!」

 ウィズリーは跪き、ジュナインの顔を殴りつけた。

 ジュナインは血を吐き出し、しばらく頭痛に苦しんだのち、ゆっくりと目を開けた。

「俺、は…」

「お前なんだろ!あの事件の犯人は!」

「あの事件?バスで殺された、ことか?」

「お前が殺したんだ!たくさんの人を!私と息子を!」

 ちがう、と言おうとしたジュナインの胸倉を掴み上げた。

「何幸せそうな顔して生きているんだ!私がどれほど苦しんできたかわかるか!生まれてからずっと憎しみを抱えて生きてきた!楽しいことも嬉しいことも一つもなかった!前世も今も!だからこそ、あの子だけだったのに…お前が全て奪った!お前が幸せに生きていい道理なんてなにもない!」

 ウィズリーは握りっぱなしだったナイフを振り上げ、ジュナインの心臓をさした。

「ぐあ」

「今ここであんたが死んでも償えないんだよ!もう前の人生は取り戻せない!だからせめてここで死ね!私に殺されろ!」


 ジュナインはもう、何も言わない。動かない。

 流れる血を見て、彼が絶命したのをウィズリーは感じ取った。胸倉から手を離すと、ジュナインは力なくその場に倒れた。

「ふふ、あはは…復讐は何も生まないなんて言ったの誰かしら…私は今、こんなにも、達成感に満ち溢れているのに」

 ウィズリーはジュナインの死体を見下ろしながら、笑った。

「最期にいいものをくれてやるよ、左手が繋がってるとかどうだったっけ?だからこの傷跡付けたんでしょ」

 ウィズリーは自分の左手の甲を撫でた。

「冥途の土産に持っていきな。そしてこの傷を見て思い出せ。罪を」

 言って、ジュナインの左手に、傷を残した。











 翌日の昼過ぎ、マティスは間食を取っていた。いつもならユーリィも一緒だが、貴婦人の茶会だとかで、今日は席を外している。

 ウィズリーは、ジュナインを殺したその足で、何事もなかったかのようにマティスの世話をしていた。しかし、マティスはジュナイン殺しに関して何も言わなかった。

「あの…」

「なんだい?」

 この場の沈黙に耐えられず、ウィズリーは尋ねた。

「ジュナインの件、何もおっしゃらないのですね」

「あぁ、そうだったね。オキシオの件で忘れてた。良かったね、復讐出来て」

 オキシオ…マティスがしばらく二人で話したいと言ったので、ウィズリーは隣の部屋に待機していた。何を話していたかは全く知らないが、オキシオは叫びんだ後、酷く憔悴した様子で兵士に引きずられていった。

「オキシオはジュナインのことを気にかけていたからね。死んだと聞いてショックだったんだろう」

「そんな…殺人犯は死んで当然の男です」

「殺人犯じゃないでしょ?ジュナインでしょ?」

「それは…」

 なんだその言い方、まるで罪もない人間を殺したみたいに…。

「まぁ、君が納得するならなんでもいいけど。そういえば、バスジャック事件が解決したことだし、君が僕に仕える理由もなくなったね。どうする?女中辞める?」

「いえ…」

 復讐のためにここまで来た。もう帰る場所なんてない。

「あ、そういえば息子も探してるんだっけ?もういいんじゃない?犯人死んだし。誰が犯人かわからないし、息子も誰かわからないから密やかにしていたんでしょ?犯人が死んだ今、もうこそこそする必要ないじゃない。残りの同士たちの記憶も戻せば?そうすれば自ずと息子がわかるでしょう。いいよ、暇をあげる。息子探し頑張ったらいいよ」

 暇…それはつまり、城からの追放だろうか?

 マティスはひらりと手を翻した。早く行けと言わんばかりに…。ウィズリーは一礼して、踵を返した。





 マティスは冷たい人間だとは思うが、あの事件の犯人探しに助力してもらえたことは、ウィズリーにとって彼を信頼できる事柄であった。しかし、ずっと傍にいて仕えたいとも思わない。今のままでは、国民の不満が爆発し、もっと内乱が起こるに違いない。彼の傍は危険だ。行く当てなどないが、ここにいるよりかはマシだと思う。

 息子が誰に転生したか、目星はついている。これから会いに行くのも悪くない。出ていく支度をしようとウィズリーは思うが…その前に、ウィズリーは会っておきたい人物がいた。



 ウィズリーは兵士に「陛下よりオキシオの様子を見るように承っている」と嘘を付き、オキシオに会いに行った。牢の中で座り項垂れている様は、双璧と呼ばれる巨漢とは程遠い雰囲気になっていた。

「オキシオ」

 声を掛けると、オキシオがゆっくりと顔をあげた。そして、その目が見開いた。

「ウィズリー…」

「あなた、ジュナインのことでショックを受けていると聞いたわ。けどその必要はない。今からそれを思い出させて…」

 ウィズリーがオキシオに伸ばそうとした手が、逆にオキシオに掴まれる。

「っ!」

 骨がきしむのではないかと思うほど強く握られる。

「何をするのですオキシオ!」

「俺なんだ!あの事件の犯人は俺なんだよ!」

 …こいつは、何を言っているのか。

「そうか…記憶が戻って混乱しているのね。あなたは犯人じゃないわ」

「違う!俺は最初から前世の記憶があった…前世も、前回も!」

「何を言っているの、前回って何よ」

「なぁ、殺してくれ!あなたが!殺してくれ!頼む!あんたが殺したいのは俺なんだ!」

「だから何を言っているのよ!離して!」

 ウィズリーはオキシオの手を振り払う。その手は意外とあっさり離された。ウィズリーは痛む腕をさすった。その間、オキシオはふらりと格子に近づき。その額を強く打ち付けた。なんども、何度も。

「なんなのよ…本当に頭がおかしくなったの?死ぬわよ」

「…そうだ…死にたいんだ…だけど死ねないんだ。さっきから痛みが全くない、こんなに額を打ち付けてるのに、血も出ないし頭蓋も割れない…俺は、自殺できないんだ…それも罰なのか…」

 オキシオは膝をつき、蹲った。

「頼む…殺してくれぇ…もうこんな世界いやだ。殺してくれ」

「…勝手にもがいていればいいわ」

 ウィズリーはその場を早足に去っていった。





 少しばかりの私物を自室から持ち出し、ウィズリーは静かに城を跡にした。もう戻ることはないだろう。ユーリィとラティスはこのまま、何も思い出さなくていいと思った。オキシオを見れば、思い出すだけが良いのではないとわかった。

 最後に悪態をついたが…余計なことをしてしまったとウィズリーは後悔する。彼はきっと、前世の記憶とジュナインの死が混ざり合い、混乱してしまったのだ。しかし、記憶を取り戻す前の彼には、もう戻せない。慎重にやらなくては…。


 さて、とウィズリーはメモを取り出した。息子と思われる、彼のところに行くためだ。







 宿屋で一泊し、翌日早朝、ウィズリーはワイトの家族が営む酒場に向かった。店に入るが誰も居らず、しんと静まり返っている。

 店の奥、キッチンの方に人の気配がする。ウィズリーはカウンターを通り越し、キッチンを覗き込むと、ワイトが背を丸くしながら何か作業をしていた。

「こんにちは」

 ワイトに声を掛けると、ゆっくりと顔を上げた。薄暗いこの場所でもわかる。顔色が悪い、寝ていない、たぶん昨日から何も食べていない。

「あなたは?」

 とても弱弱しく、か細い声だった。

「私はウィズリーと言います。マティス様の世話役を仰せつかった女中です」

「そう、です、か」

 言って、ワイトは再び手元に目線を戻した。どうやらずっと野菜の皮をむいているらしい。彼の足元には、野菜の皮が大量に落ちている。

「あなたと少し話がしたいんです」

「どう、してですか?」

「確認したことがあるんです。少し外に出ませんか?」

「…わかりました」

 断れない雰囲気を読み取ったのか、反論する余裕すらないのか。ワイトはすんなりと従った。




 二人は酒場を出て、近くの河原まで歩いた。いつもは賑わっているが、今日は人がいない。

 ジュナインがいた家は、ここからあまり離れていない。町中の人がジュナインの死を知り、悲しみから塞ぎこんでいるのかもしれない。

 事前の調査でも、ジュナインは心優しい靴職人であることがわかっていた。集中すると周りの音が聞こえなくなるほどの職人気質で、ジュナインの両親も、大層喜んだらしい。

 …前世のことを知らない国民から見れば、私は心優しい少年を殺した、殺人犯なのだろうか?嫌気がさす。あの犯人と同じ立ち位置になってしまった。


 ウィズリーは雑念を振り払い、うつむくワイトと向き直る。

「ワイト、私の手を握ってほしい」

 言って、ウィズリーは手を差し出した。ワイトは何も言わず、その手に手を重ねた。


 突如、ワイトの顔がゆがんだ。

「ワイト!」

「ああぁぁ!」

 ワイトはしゃがみ込み、頭を抱え、嘔吐した。ウィズリーは駆け寄り、彼の背を撫でた。

「大丈夫ワイト!?」

「はぁ、はぁ。なに…痛い…体中が、痛い…痛いよ、助けて、ママ」

 ウィズリーの手が止まる。

「あなた…結人?」

 そう呼ばれ、ワイトは口元をぬぐいながら顔を上げた。

「ママ?」

「そう!私は海!あなたのママよ!」

 予想通り、ワイトは結人だった。彼が祝賀会に来た時、その幼い姿を見て、結人の面影が見えた。もしかしたらこの子が、とずっと思っていた。


 ワイトの目に涙が浮かび、大粒の涙が落ちる。

「ママ!ママ!」

「結人!」

 二人は、強く抱きしめ合った。

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