第十四話 罪なき殺人

 どのくらいそうしていたかわからない。

 ワイトの身体から力が抜けたことを感じ、ウィズリーも抱きしめる手をほどいた。

「結人、全部思い出したのね」

「うん…あの事件も、女神様に会ったことも…ママも転生してたんだね」

「そうね。ふふ、不思議ね、感覚的には親子なのに、今、私はあなたと同い年なんですもの」

「うん、僕も変な感じだよ…でも、なんで急に記憶が」

 言いながら、ワイトはウィズリーを見て、そうか、とつぶやいた。

「ママのスキルのお陰だったんだね」

「あぁ、そうだったわね。あなたは相手のスキルが見えるんだったわね」

 言い終わると、少し沈黙が落ちる。

 ウィズリーは小さく息を吐き出し、意を決してワイトに言った。

「いい結人、ジュナインのことなんだけど、彼があの事件の犯人だったの」

「えっ…」

 ワイトは目を見開いた。

「ジュナイン自身は優しい少年だったみたいだけど、本当は前世であんな…っ…私とあなたを殺した、いえ、もっと多くの人を殺した残忍な男なの」

「待ってママ、違う、ジュナインは違うよ」

 オキシオと同じことを言う。きっとワイトも混乱しているのだ。

「あなた混乱してるのよ、少し時間が経って、落ち着けばわかるわ。あの男が犯人だったって」

 ワイトは激しく首を左右に振る。

「違うよママ!ジュナインは違うよ!」

「違わない、証拠もあった。マティス様のスキルは覚えているでしょう?あの方が言っていたのよ「ジュナインは7人殺した」って、その場にユーリィ様もいたけど否定しなかった。間違いない!あいつが犯人だったのよ」

「違う違う!ジュナインは殺してない!」

「落ち着いて結人」

「ママ!陛下のスキルは、確かに【人殺しの年表が見える】だけど、前世は関係ない!見えるのは【今】だけなんだよ!」

 ウィズリーは、一気に熱が冷めていくのを感じた。

「どういう、ことなの…」

「陛下のスキル、正確には【“今生の”人殺しの年表が見える】なんだよ。つまり生まれ変わった僕らの年表なんだ。ジュナインは…確かに7人。僕たちの知らないところで人を殺したのかもしれない。でも、前世は数に入らない」

「嘘…」

 膝から力が抜け、ウィズリーはその場にペタリと座り込んだ。

「嘘よ…信じられない。陛下は冷たい人だけど、私を助けてくれた…犯人探しを手伝ってくれるって…」

「…信じられないなら、エリシアさんに会いに行こう」

「どういうこと?」

「祝賀会でエリシアさんは、自分のスキルは【守護霊が見える】って言ってたけど、本当は【前世の姿が見える】なんだ。エリシアさんの勘違いで、嘘じゃないから、女王陛下は何も言わなかったんだと思う。僕、あのバスジャック事件の時、誰がいたか覚えてないけど、ママとエリシアさんの記憶を擦り合わせて、犯人の顔とか容貌とか思い出して、そうしたらきっと、エリシアさんは誰が犯人だったのかわかるはずだ」

 ワイトは立ち上がり、座り込むウィズリーに手を伸ばした。


「行こうママ、このままで終わらせちゃいけない気がする」









 エリシアの家族が営むリンゴ園についた頃には、夕日が沈みかけていた。

「エリシアのお見舞いに来てくださったんですね。ありがとうございます。でもあの子……もう知ってると思うけど、友人が亡くなって、ふさぎ込んでしまって、昨日連れて帰ってきてから、ずっとベッドに潜り込んでるの。食事も水も飲まなくて、返事すらなくて…。申し訳ないけど、あの子何もしゃべれないかも」

「構いません」

 ワイトは答えた。ウィズリーは力なく、ワイトの少し後ろを歩いている。

 エリシアの部屋の前には、妹が座り込んでいた。

「お客様よ、少し部屋から離れていましょう」

「はぁい」

 妹はだるそうに返事をしながら立ち上がった。相当姉を心配しているのか、彼女も憔悴している。エリシアは、とても愛されていることがわかった。


 エリシアの母親が部屋をノックするが、返事はない。

「エリシア、お友達のワイトさんと、城の使いでウィズリーさんがいらっしゃったわ。部屋に入ってもらうわね」

 やはり返事はない。エリシアの母親は、ゆっくりと戸をあけ、どうぞ、とウィズリーとワイトに言う。二人は静かにエリシアの部屋に入った。


 エリシアは、布団を頭までかぶり、微塵も動かない。

「私はキッチンにいます。何かあればお呼びください」

「わかりました」

 ワイトが返事をすると、母親は静かに部屋を出て行った。




 ワイトは、近くにあった椅子を持ち、ベッドの横に置く。そこに座って、エリシアに優しく声を掛ける。

「エリシアさん。ワイトです」

 布団が少し揺れる。しばらくして、エリシアがゆっくり顔を出した。髪はボサボサで、顔は真っ青だ。起き上がったが、何も言わない。

「こんな時にごめん…エリシアさんにどうしても確かめたいことがあったんだ」

「なによ」

 エリシアがぼそりと言う。彼女の声が聴けて、ワイトは少し安堵した。

「ママ」

 ワイトがウィズリーに声をかけると、ウィズリーは小刻みに震え出した。震える手をギュッと握りしめ、エリシアのベッドに腰かけた。

「ごめんなさい」

 言って、ウィズリーはエリシアの頬に触れた。


 エリシアがカッと目を見開く。

「うぅぅぅ!」

「エリシア!」

 エリシアは布団に頭をこすりつけた。しばらくそうしていたが、次第に落ち着いたのか、力なくベッドに横たわった。

「何よ…これ…」

「前世の記憶が戻ったんだよ」

「前世?私…女子高生だったの?」

「うん、たぶん、きっとそうだよ。僕も、いや、『傷の戦士』はあの時の事件にかかわった人たちの生まれ変わりなんだ」

「そっか、なんかすごく納得した。『傷の戦士』って呼ばれるより、しっくりくる」

 エリシアの瞼が落ちかける。相当疲れているのだろう。

「エリシア!あと少し、話をさせて」

「何?」

「あの事件の犯人の顔を覚えてる?」

「そこまで、覚えてないけど、小太りのおっさんだったことは覚えてる」

 ワイトがウィズリーを見る。私もそう覚えている、とウィズリーは頷いた。

「この前の祝賀会で、エリシア見た『傷の戦士』の中に、そういう人いた?」

 エリシアはそれを聞かれて、少し瞼を開いた。

「そっか、あいつ、私を殺した奴だったんだ。私が見えてたの、守護霊じゃなくて、前世の姿だったんだね」

「そう、それが本当の君のスキルだ。教えてくれ、誰が犯人だった?」

「えっと、名前…わかんない、思い出せない…陛下の双璧って呼ばれてる、でかい方」

 言って、エリシアの瞼が落ち、眠ってしまった。




 ウィズリーは口元を抑えた。犯人はきっと、オキシオだ。


「そんな…」

 マティスは自分をだましたのか?なぜそんなことを…マティスも自分と同じ、被害者じゃなかったのか?

「そんな、私は…同じ被害者を…」

 ウィズリーの身体がガタガタと震える。

「ママ」

「大丈夫よ…少し動揺しているだけよ…」


 オキシオは叫んでいた。自分が犯人だと。あれが正しかったのだ。

 不思議と憎しみも怒りも沸き上がらない。この胸の内にあるのは、後悔の渦だ。

 ウィズリーは顔を覆った。

「ごめんなさい…ごめんなさいジュナイン…ごめんなさいエリシア…ごめんなさいワイト…ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい」

 ワイトは何も言わず、母親を抱きしめた。

「大丈夫だよママ、ママは騙されていただけだよ。ママは悪くない。ごめんなさい。僕がもっと早くに、スキルのことを誰かに伝えていれば…」

「ワイト…。しばらく見ない間に、大人になったのね」

「今はママ…ううん、ウィズリーと同い年だからね」

「そうだったわね」

 ウィズリーはワイトの手をほどき、目を合わせた。

「私はこれから、マティス様に会おうと思う。なぜこんなことをしたのか聞いてくる」

「一緒に行くよ」

「ダメよ。あなたには別のことを頼みたいの」

「…何?」

「エリシアが目覚めたら、真相を話してほしいの。何があったか、私が何をしたのか。彼女に恨まれても構わない。それで私に死ねと言うならこの命を絶つ」

「わかった」

 ワイトはあっさり承諾する。

「だからママ、死なないで、絶対に帰ってきてね」

 ワイトには、ウィズリーが死ぬ覚悟でマティスに会いに行くこと、ちゃんとわかっている。でも死んではいけない。エリシアのために死ぬと言うのなら。

「そうね、ありがとう。ワイト」

「うん、いってらっしゃい、ウィズリー」

 ウィズリーはゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。









 その頃、オキシオがいる牢に、よっと軽い挨拶をしながらラティスが現れた。

「大丈夫か?気が狂ったんだって?ジュナインのことがそんなにショックだったか?お前は本当に優しいな」

 オキシオは答えず、力なく項垂れている。

「お前ってさ、出会った頃からそうだよな。まだ俺が陛下に心酔していた頃から…懐かしいな、お前もガキだったのに、信じられないほど堅物で、常に何か考えてて、常に鍛えててさ。子供ながらにすごい奴だと思ったよ。ライバルとか、お前を超えたいとか、不思議と思ったことがなくてさ。なんというか、憧れでもなくて、とにかくすごいと思ってたんだよ」

 ラティスが少し照れくさそうに話す。

「父親は前陛下の護衛。その父親の遺伝を譲り受けたお前は、最強の兵士になるべくして産まれてっ来たってみんな言ってたけど、そこいらの兵士より剣を握る時間が長かったことも、勉強しまくって、この国をどうすれば良いか考えてたことも、俺は全部知ってる。

 おぼえてるか?何年前だったかの戦で、こっちの軍が劣勢だった時。お前はその攻略案を3つも4つも出してさ、本当にすごいと思ったよ。無理に戦って兵士を消耗するんじゃなくて、どれだけ被害を少なくして勝つか…お前は考え続けた。で、俺が単身、おとりで夜襲を掛けて、背後から攻める作戦。あれは良かった。お前は「これは最後の手段だから使いたくない。お前一人は危険すぎる」って言ってたっけな。まぁ結局「俺を信じろ」「次期陛下のために命を賭して戦う」って俺が押し切ったけど。さすがにあの時は死ぬかと思ったね。【ロックオン】は確実に敵を殺す手段ではあるが、複数の人間同時に発動はしない。一対一だったら最強だが、一対複数で戦うリスクは、他の兵士と同じだ。で、俺が何とか生きて帰ったら、お前泣いて喜んでやんの。驚いたよ。なんでも出来るお前が、俺なんかが生きて帰ってきたことを喜んでくれるなんて。

 なんかさ、あの日から生きるのが楽になった。マティス様のためだけじゃなくて、お前とか、自分自身のために生きるのも良いんだと気が付いた」


 長々と続いたラティスの話を、オキシオは、そうか、と小さく返した。

「お前が変わったのはあの時だったんだな」

「お、やっと返事したな。こっちの声が枯れちまうかと思った」

 はは、とラティスは笑った。


「…でも、それと同時にマティス様の異常性にも気が付いた。こいつが次期国王になったらやばいなって心はどんどん離れて行った。それでも双璧としてやり続けたのは、お前がいたからなんだよな。お前を見てると飽きないんだよ。すごいやつを見てるといいなって思うんだよ。でも、お前も壊れちまった」

 いいながら、ラティスは身に着けていた武装を外していく。

「実はさ、俺、兵士辞めてきたんだ」

「え」

 オキシオは目を見開いた。

「お前をそこまで追い込んだ要因が、ジュナインだけとは思えない。お前がそうなったのは陛下と二人きりで話した後だと聞いた。陛下と何を話したかまでは聞くつもりはない。けど、お前をここまで追い詰めた陛下に、少しだけ残ってた愛想も底をついた。もう俺は、あの人のために戦いたくない」

「…そうか、わかった、お前の自由に生きればいい。今までありがとう」

 オキシオが目を伏せる。

「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。じゃあな」

「待ってくれ。一つだけ、頼みたいことがある」

「なんだ?」

「お前に、この首を切り落としてほしい」

 ラティスは目を細め、少し考えを巡らせた。

「俺で、いいんだな」

「お前がいい」

「わかった、出来るだけ痛みのないよう、送り届けてやる」

 ラティスは【ロックオン】を起動させる。あとは持っている短剣を牢の中に投げれば、オキシオは確実に死ぬ。


「本当にありがとう、ラティス」


 オキシオの首が落ちる。


「…俺もお前と勉強すればよかった。そうしたら、お前を救えたのだろうか」


 返事は、ない。











 武装をその場に全て置き、ラティスはその身一つで城を出ようとしていた。しかし、門には多くの兵とマティスが立っていた。マティスはラティスを睨む。

「こんなに大勢で見送っていただけるとは、光栄ですな」

 ラティスはニヤリと笑う。

「どこに行くんだいラティス?君が兵士を辞めること、承諾しないと言っただろ?」

「それでも俺は出ていきますと、俺は言いましたけど」

「生きて出られると思ったの?」

「…あんた、本当は俺のことなんてどうでもいいだろ?」

「そうだけど、君は強いから役には立つんだよ。出ていかれると困るんだ」

「オキシオを殺したと言っても?」

 マティスが目を見開いた。

「今なんて…」

「今、オキシオは死んで、冷たい床に転がってるよ。あいつは…あんな最期を迎えるような男じゃなかった。あんな死を望むような生涯ではなかった!」

 ラティスはカッと目を開け、マティスに怒鳴りつける。


「おまえのようなクソガキに!良いように弄ばれて良い男でもなかった!」


「この、ゴミ屑が!」

 マティスが激昂する。

「ラティスを殺せ!」

 兵たちが、一斉にラティスにとびかかる。


 ラティスは一番槍の兵士から、槍を鮮やかに取り上げ、その胸を貫いた。その武器を持ち、一人、また一人と確実に倒していく。

「どうした!武装してない俺に勝てないほどお前らは弱いのか!そりゃそうだな!陛下が「時間の無駄だ」と言った所為で、兵士の訓練もまともに受けられず、剣を持って突っ立ってることしか教えてもらえなかったお前らの剣が、俺に届くわけもない!これが兵士か?これが国を守る剣の姿か!脆すぎて笑っちまうよ!」

 しかし、一人の戦士がラティスの腕を切った。それに続き、他の兵士たちの槍がラティスを貫いた。


「はは、なぜかな、こんな、無様な死に方なのに…悪くねぇと思う」


 あぁ、そうか、オキシオ、お前なら「無様ではない。国のために正しいことを言った。誇っていい」と言ってくれるからだ。


 叶うなら、あの世で、オキシオとまた話をしたいと、ラティスは目を閉じた。

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