第十二話 あなたは誰だ

 ジュナインの訃報を聞き、オキシオは一人、絶望に打ちひしがれた。

「なぜ…なぜジュナインが殺されたんだ!」

 オキシオは壁を何度も叩いた。何度も何度も。

 ジュナインは背後から刺されて死んでいたらしい。そして、左手の傷をなぞるような傷跡があったと…。

「またあの事件を彷彿とさせるような…誰だ、誰が…誰が殺した!」

 今度は額を壁に打ち付けた。


 そして、オキシオは転生前のことを思い出す。





 オキシオとして生を受ける前、前世で死んだ直後、悪魔と出会った。

「あなたは6人もの命を奪いました。そしてその裁きを受ける前に命を絶ちました。あなたは私の元で裁きを受けることとなります。あなたはこの後、別の世界で、あなたが殺した被害者たちと共に転生いたします。そこで罪を償いなさい。どう償うかは自分で考えなさい。同時に、あなたにスキルを与えます。【死後、同じ世界に6度、再生する】どのような結末を迎えても、あなたは6度、再生します。これがあなたに課せられた罰です」


 オキシオとして一度目の生涯を終え、悪魔の元に帰った時、深く、重い苦しみを実感する。

 自分が死んだ後の『傷の戦士』達の行く末も見た。なんということだ…ジュナインと言う驚異をそのままに、自分は死んだというのか。

 その脅威をあの世界に送り込んだのも、あの日事件を起こした自分である。

「帰ったのですね、では、再生を開始します」

 打ちひしがれるオキシオを他所眼に、悪魔は言い放つ。

「待ってくれ!俺はどうしたらいい!俺が殺した人々を救えばいいのか!そしたら許されるのか!」

「許しなどありません。これが二度目となります。さぁ、もう行きなさい」




 オキシオとして目を覚まし、前世、そして前回のことを思い出した。5歳の頃だ。

 前世の行いは覆せない。自分のスキルは生きているうちに発動はしない。この身一つで、先のない償いをしなくてはならない…。後悔も懺悔も、今は時間の無駄だ。前世の記憶がなくても、生まれ変わった被害者たちを幸せに…。自分に出来ることはこれしかないと、オキシオは考え至った。


 まず、ジュナインをどうするかを考えた。ジュナインが赤子の時に記憶を取り戻し、落石事故に遭う運命は変えられない。まだ幼い自分には無理だ。だが、起こってしまった後の事実は変えられるはずだ。

 答えが出ないうちに、落石事件でジュナインだけが生き残ったことを父親から聞かされる。ジュナインはこのまま両親の仕事を継ぐことで殺人を繰り返す。なら、その環境を変えれば、先の未来は前と違うものになるのではないか…?

 そう考え至ったオキシオは、ジュナインを助けたいと進言する。最初は渋ったものの同じ『傷の戦士』を受け入れることで、オキシオの成長という相乗効果を期待し、両親はジュナインを受け入れた。

 はじめは表情のない気味の悪い子供だったが、一緒に過ごすうちにだんだんと心を開くようになり、笑顔を見せるようになった。オキシオは安心した。これならジュナインが殺人鬼になることもないだろう。収入がある程度安定し、子供のいない靴屋の夫婦に引き渡したのも良かった。偶然だが、エリシアに出会い、同じ境遇の者どうし、手を取り合っているようだった。



 うまくいっていた…祝賀会で見たエリシアとジュナインは幸せそうだったし、ワイトは相変わらずだが、少し楽しそう会話を聞いているように見えた。

 前回、ジュナインも多くの人を殺した、ワイトを殺し、ユーリィも殺そうとした。しかしその事実はオキシオが生まれ変わったことで全てリセットされた。今のジュナインにはなんの罪もない。もちろんこの先、前世の記憶があるジュナインが、またあの狂気に陥る可能性はあるものの、それは監視を続ければいい。

 少しの変化で人生が変わる。身をもって経験したことだ。

 このまま、皆が幸せに生きてくれればいいと、思っていたのに…。





 ジュナインを殺した人物…左手に傷を残したことを考えると、前世の記憶があり、あの事件を彷彿とさせていることは嫌と言うほどわかった。前回のジュナインと同じ手口だ。

 しかしそのジュナインは死んだ。『傷の戦士』の誰かがジュナインを殺したんだ。いったい誰が…。


 オキシオの脳裏には、はっきりと、マティスの顔が浮かんでいた。



 最初から違和感は会った。前回のマティスと何もかもが違う。前は厳格だが優しい人だったが、今のマティスは何も聞かず、何も言わず、何もしない唐変木だ。

 エリシア、ワイトは前と同じ印象である。変わってない。

 ラティスは、今はあんな風になっているが、兵になった当時は、以前の彼のようにマティスに心酔していた。何があって、ああなってしまったのかオキシオにはわからないが、楽観的で人当たりの良い性格は変わっていないと思う。傍にいたからこそわかる。

 ユーリィも前回と違ったが、おそらくまだマティスに触れず、記憶が戻ってないのだ。前回のユーリィの幼少期と、今のユーリィはイメージが近い。記憶が戻っていない故に、あのまま成長したと推測される。

 マティスだけが、理由も推測もなく、人格もスキルも変わってしまったのだ。

 自分が知らない間に、マティスに何かあったのかもしれない…それを知るすべはない。自分が死んだあと、彼らの生涯について悪魔から知らされるか、彼に直接聞くかしかない。


 オキシオは自分の身体を打ち付けるのを止めた。

「どうせこの人生もなかったことになるんだ」

 だったら直接聞いてやろう。琴線に触れることになり、首を跳ねられようと、この世界は自分の再生によりなかったことになる。

 ジュナインが死んだ今、この世界がどう続こうと、もうどうでもいい。それよりも、次回皆が幸せになれるように、事実を知ることが優先される。


 オキシオは、マティスと話すべく、彼の私室へと向かった。







 マティスは快くオキシオの訪問を受け入れた。警護の兵士に席を外すように伝えると、マティスとオキシオは二人きりとなった。

「ジュナインの件は聞いたかい?驚いたよ。まさか同士が殺害されるなんて…」

 マティスは無表情で外を眺めた。

 言葉に何の感情も伴っていないことはすぐにわかった。マティスは、ジュナインの死に関して、驚いてもいないし、悲しんでもいない。


 オキシオは息を吸った。

「単刀直入に言います。私は前世でバスジャック事件を起こしました」

 マティスが、ゆっくりとオキシオを見る。その目は、カッと開ききっていた。

「君…前世の記憶があるのかい?」

 この質問、前回同様、マティスには元々前世の記憶ことがわかった。

「はい、私は、前世で6人もの人を殺しました。私はその償いとして、悪魔に6度の再生を言い渡されました。オキシオとして…」

 マティスが大股でオキシオに近づく、そして、両手で頬を鷲掴みにした。

「あなたなの?」

「…。はい、私があの事件の犯人です」

「そうじゃなくて、厚彦さんなの?」


 前世の名前を呼ばれて、気が付いた。このマティスは、あの事件に巻き込まれた、母親ではない。


「お前…香澄なのか?」

「そうよあなた!私は香澄!あなたの妻よ!」


 マティスは後ろにふらりと傾く。それを何とか支え、態勢を整える。

「ちょっと待ってくれ…」

「まさかオキシオが厚彦さんだったなんて!あなたがこの世界に転生しているとずっと信じていた…嬉しい、やっとあなたに会えた」

「待ってくれ、違う…おかしいだろ」

 悪魔は言っていた。自分が殺した被害者6人と転生すると…。妻は、殺していない!

「なぜ君が転生している…君があの母親ではないというなら、あの母親はどうなったんだ?」

「あなた何を言っているの?前世の記憶と混乱しているのね、落ち着いて、さぁ、ソファに座って」

 マティスに促され、オキシオは力なく近くのソファに座った。


 オキシオが頭を抱える姿を、マティスは愛おしそうに見ている。

「けど、これで納得がいったわ。あなたが妊婦を気にかけてるわけ。痛みを和らげるために薬草を仕入れようとしたこと。男のくせになんでだろうってずっと思ってたの。せっかく妊娠出来ても、痛みで体が動かせなくなったり、最悪死んじゃったら可哀そうだもんね。あなたが助けたくなる気持ちがわかったわ」

 オキシオは呼吸を整える。間違いない。彼女は、香澄だ。

「…君は、いつから記憶があったんだい?」

「最近よ。三年前くらいになるかしら?」

「どうやって記憶が戻った?」

「とある人と会ったのよ。その人に触れて思い出した」

 オキシオが顔を上げる。それは、前回のマティス、あの母親のスキルである【触れた人の前世の記憶を蘇らせる】だ。つまり、あの母親はマティスではなく、違う人物に転生しているのだ。

「誰だ!その人は!一体今どこにいる!」

「どこって、たぶん隣の部屋に控えてるんじゃないかな?」

「隣の部屋?」

「そう、彼女は、私付の女中。ウィズリーよ」

 ウィズリー…確か幼いころから入城し、女中としての長きにわたる働きを称され、数年前からマティス付の女中となった。昨日も祝賀会でマティスの傍にいた。まさか彼女があの母親だったというのか。


「彼女はね、記憶を戻した私に言ったのよ『私達親子を殺した犯人を絶対にゆるさない』って。焦ったわ。それがあなたのことだとすぐにわかったし『傷の戦士』として転生した同士の中にあなたがいることもわかった」

「彼女の左手にも傷があるのかい?」

「あるわよ。まぁ、ここに勤める女中はみんな手袋をつけているから、気が付かなくて当然でしょうけど」

「たしか、君自身も『傷の戦士』として産まれてきたはずだ。君にも傷があるのかい?」

「いいえ、ないわ」

「なんだと…」

「前陛下、今の私の父親がね、無理やり付けたのよ。「お前も傷の戦士と同じ日に産まれたんだから、傷の戦士になれ」って。産れてすぐにつけられたから、私も自分が『傷の戦士』って思い込んでたけど。前陛下が亡くなる少し前に教えてくれたのよ。その日は酔っててね…ショックだったわ。自分の左手の傷は偽物だって気が付いて…。でもね!前世の記憶を思い出して私は救われた!傷じゃないのよ!」

 香澄は目を輝かせながら言う。

「私は前世で、確かに『子供とは、左手から命に繋がっている』って言ったけど、それは単に左手に傷をつければいいってものじゃなかったのよ」

 いいながら、マティスは手袋を外し、左手の甲を見せた。そこには、縦線に絡む荊と、その先に小さな黄色いバラが描かれていた。

「描いてもらったの。素敵なマークでしょ?黄色いバラ。花言葉は『家族の絆』。このマークを左手に描くことで、私達の絆は繋がりを得ることが出来るの」


 オキシオは全身が冷えていくのを感じた。

 マティスは、香澄は、狂ったままだ…。

「香澄、どうして…」

 転生出来たと言うのに、新しい人生を歩めたかもしれないのに…どうして記憶を取り戻してしまったんだ。どうして自分に様に狂う前に戻れなかったんだ!


 でも、とマティスは続ける。

「さっきも話したけど、ウィズリーがあなたを殺すっていうからずっと困ってたの。でもね、昨日の祝賀会で、良いことが分かったの。ジュナインよ」

 オキシオがハッと顔を上げる。

「ジュナインが、どうしたんだ」

「私【人殺しの年表が見える】スキルがあるでしょ?実はね、このスキル、いまの人生だけの年表で、前世で殺した人の数はわからないのよ」

 あ、これはあなたと私だけの秘密ね、とマティスはウィンクする。

「そして、その年表は、人殺しの事実にかかわらず、“本人が殺したと思った”殺人が表記されるの。つまり、例え事故であっても、それが自分の所為だと思ったら、私の眼には“殺したこと”として映し出される。ジュナインにはね、今生で7人を殺したと表示されていた」

 違う…ジュナインが殺したのは母親一人だけだ。しかし、落石事故は自分が引き起こしたと思い込み、母親だけではなく、事故で亡くなった商人や父親も含まれてしまったのだ。


「だから私、祝賀会の直後にウィズリーに言ったのよ。「ジュナインは7人殺してる」って。ユーリィの前で。ほらあの子のスキル【嘘を見破る】だけど、嘘は見抜いても真実がわかるわけじゃないでしょ?嘘を付きさえしなければ反応しないのよ。ユーリィは私に「事実ですわね、恐ろしい男」と言ったわ。ジュナインが7人殺した事実、そして『傷の戦士』であることを考えれば…ね?ウィズリーはジュナインがあなただと思い込むと思わない?そしたら案の定。あの子、ジュナインを殺しに行ったわ。あの子はもうあなたを殺したと思ってる。だから安心して。あなたがウィズリーに狙われることはもうないわ」



 オキシオは膠着し、直後、その場に膝をつき、頭を抱え地に伏せ、叫んだ。

「ああああぁぁぁぁぁ!」

「ちょっと、どうしたのよ厚彦さん!」

 耳鳴りがうるさい。何も考えられない。頭が痛い。苦しい。眩暈がする。

「あ、あ、あぁぁ、ああああ!」

「しっかりして厚彦さん!ちょっと待ってて、兵士に頼んで医者を連れてきてもらうから!」

 マティスは一人、部屋を飛び出し兵を呼びに行った。







 



 医師は、しばらくオキシオを監禁した方が良いかもしれないと、呆然と座り込むオキシオを見ながら言った。

「兵士の中にたまにいるのですよ、精神を病み、誰かれ構わず攻撃してしまうものが…オキシオは今その状態だと思われます。陛下のおそばに置くのは危険かと」

「わかった。しかたない。しばらくオキシオは牢に入れておけ。罪人ではないから、ベッドと食事はちゃんと与えろ」

「わかりました」

 オキシオの目の焦点があっていない。唇が動き、何かブツブツ言っているが、何を言っているか全くわからない。


 オキシオが牢へ連れて行かれるのを見送りながら、マティスはため息をついた。

「話し疲れたのかしら?それともジュナインに対して罪悪感を…そんな必要ないのに。ジュナインだって人殺しだもの。ふふ、相変わらず優しいのね、厚彦さん」

 マティスはすでに暗くなった外を見る。一面の黄色いバラが美しく咲き誇っている。



「厚彦さん。きっと、もうすぐ、私達の子供に会えるわ」

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