「不可視のカモノハシ」
ワッショイ、ワッショイと運ばれるままにホタルはカモノハシの上に揺られて移動する。二足歩行の大型の鳥に手動で担がれの移動のはずなのだが、乗り心地は悪くはなく、むしろ快適。
「…やはり、サミダレ工房製作の生体ロボットはバランス感覚に優れているな。久しぶりに書庫に来たが、50年経っても未だにここを超える技術には、ついぞお目にかかったことがない」
そう独りごちるクラハシに対し「…あの」と呼びかけるホタル。
「さっきも言ったけど、50年前に博士は何をしていたの?」
移動に使う『アンカー』無しの空間にいるわけではないものの、先ほどの経験から
(もしかして、ザクロも同じ理由で博士呼びをしているのだろうか?)
そうだとすれば、ザクロもあの部屋に言っているはずだが、ホタルの呼び方にクラハシは咎めるでもなく「そう、50年前の私か…」と、どこか懐かしそうに目を細める。
「そうだな。その頃の私は『アンカー』と、この多層次元圧縮構造の本の開発に携わっていた…もっと詳しく言えば、私がそのプロジェクトを構想し資金提供を呼びかけ、チーフプロデューサーとして若手の研究者たちをまとめていたのさ」
「え?」
驚くホタルに「まあ、その実験の話についてはおいおい話そう…」とクラハシは下へと視線を向ける。
「ちょうど、彼らの居住区が見えてきたところだからね」
いつしか、ホタルたちがいるのは下降するエレベータの中。
透明な箱の外には地下へと続く高層ビルがいくつもひしめいていた。
「そう、この場所がカモノハシたちの居住区にして、ビルジングの深層部」
「…こんなところがあったんだ」
ビルのあいだを行き交う空中回廊に無人の車が走る街。
その近代的なビル群に、思わずホタルは感嘆の声をもらした。
「『サミダレ・ビルジング』の本当の意味がわかったかい?」
クラハシの問いかけに思わず「うん、わかった」と声をあげるホタル。
そして、エレベータはさらに下層へと降りていき…
「「「「「おたんじょーび、おめでとうございまーす!!!!」」」」」
エレベータが開くなり、下の階で待ち構えていたカモノハシたちが一斉に巨大なクラッカーを鳴らす。
みれば、頭上からは大量の紙吹雪が雪のように舞いおり、歩道橋からビルから、大量のカモノハシが押し合いへし合いしながらホタルたちを一眼見ようと身を乗り出していた。
「新しいオーナーだ!」
「オーナー万歳!」
「しかも今日はたんじょうび!」
「おめでとう、おめでとう!」
文字通りビルからボタボタと落ちながら声をあげるカモノハシたち。
「うーん、連中怪我一つしていない。丈夫な鳥だなあ…でも、アタシはここまで歓迎される人間じゃないんだけどな」
思わず腕を組むホタルに「本来はそれほどのことだったのさ」と、クラハシは周囲に群がるカモノハシたちを興味深げに観察していく。
「以前から衣食住は保証されていただろう?その提供者が彼らだったのさ」
「いや、それにしても。どうして今までこの子達の姿が見えていなかったのか全然わからないんだけど…え、向こうから来るのはケーキ?ちょ、ちょっと!」
それは、数十匹のカモノハシが台車で引く巨大なデコレーションケーキ。
真っ白なホイップクリームの上には星型のチョコが大量に散りばめられ、上に立てられた巨大なロウソクはホタルの年の数だけ載っていた。
「おめでとー!おめでとー!」
「やめてよぉー!」
17歳を迎えるにはあまりにも目立つ祝い方。
その恥ずかしさに自分の顔を覆うホタルだが、彼女らを運ぶカモノハシたちはお構いなしに台車へと近づき、ホタルと巨大ケーキは否が応なしに対面する。
「ハッピバースデー!ニューオーナー!」
途端に周囲のビルから大量の紙吹雪と花火が打ち鳴らされ…気がつけばホタルはクラハシとともに広場のような場所でケーキと共に取り残されていた。
「はれ?今までいたカモノハシは?」
思わずポカンとするホタルに、1体のカイゼル髭を蓄えたカモノハシが広場の向こうからトコトコとやってくると「どうも新オーナー様。ワタシは本日の案内役を勤めるカモノハシでございます」と一礼した。
「あまりに盛り上がってもオーナー様の迷惑になる可能性が高いと判断したもので、少し早めですが他の者は仕事を切り上げ、ここから先は少数精鋭で案内をすることにしました」
「え?あ…そうなの?」
丁寧な口調で説明される、あまりに唐突な展開にホタルは困惑してしまう。
「まあ、ぶっちゃけ。みんなこの時間帯は本来就寝に充てているので、さっさと寝たいと言うのもあったでしょうが…」と言い淀むカモノハシ。
気づけば、広場には洒落たテーブルがセッティングされ、淹れたての紅茶と、先ほどの巨大ケーキからカットされた一部がちょこんと皿に載っている。
「ささ、オーナーもクラハシ様もどうぞ。どうぞ。ケーキもあれだけの量を全て食べるのに辛いでしょうから。残りはこちらでいただきます」
言うなり、遠くへ引っ込められる台車に載せられた巨大ケーキに「あ、ども」とホタルは頭を下げる。
「もし、おかわりが欲しかったら申し出ください。なんなら別のケーキや菓子も提供できますので。今まで通り、フード製造機で出力したものですけど」
そう言って、自分の紅茶をガブガブ飲み出すカモノハシに「…あ、お構いなく。残りもどうぞ召し上がってください」とホタルは視線を泳がせる。
「では、案内に参りますか。あ、席はそのままで。移動を始めますので」
ついでカモノハシがパチンと鉤爪の指を鳴らすと、ホタルたちの床が動き出し、そのままテーブルごと近くに用意された小型の車の中へと入っていく。
「ビルジング専用の空間移動車です。このまま、観光と洒落込みますので風景を
(うう、なんだかなあ)と居心地悪さを感じつつ、ホタルはクラハシと共に小型の空間移動車へと乗り込み、街中を移動していく。
「基本的に、我々の出勤時間は週3回の3時間で残業なし。時間帯も希望できるシフト制ですし、なにぶん人数が多いので、働きたいものが働くカンジですね」
みれば、カモノハシたちはホタルの歓迎後にみな思い思いの時間を過ごしているようで、通路で繋がれた巨大なビル群へと入れば、上階の書庫以上に本が所蔵された図書館にトレーニングルームや映画館、食堂にアスレチック施設など。多種多様な娯楽施設がそろいぶみしていて、それはなんというか、なんというか…
「どうしよう。普段のアタシより、こいつら人生楽しんでいるかも」
思わず口をついた本音に「それは、確かかもしれないね」と、隣でクラハシも注文したカモミールのハーブティーを口にしつつ、ケーキを突いて同意する。
「聞くに、案内役くん。ここでは育休に有給休暇が取れるのはもちろんのこと、旅行にいけば取材費も出ると耳にしているが、それは本当かい?」
その言葉にカモノハシは「ええ」と答えると一冊の雑誌を取り出し「これは、我々の書庫で発行している雑誌でして」とホタルに差し出す。
「この雑誌に書き込める内容であれば、どのような場所に行って観光をしても、経費として落ちるようになっております…読まれますか?」
それは、空間航路の売店や街中で当たり前のように売られている雑誌で最新の観光スポットや健康法など、多岐にわたる情報がこれでもかと詰め込まれた超有名娯楽誌であった。
「サミダレ工房は空間がつながった本として惑星中に散らばっておりますゆえ。惑星中の人気スポットや店舗などにも詳しいですし、雑誌に掲載する際に発生する広告掲載料でも生計を立てております…そんな感じで今年は、はや創業50周年。なかなか感慨深いものがあります」
紅茶を口にしつつ、ウンウンとうなずく案内役。
それにクラハシもケーキを口にしつつ「それは、めでたい話だね。君の母親であるアズキ氏が編集者のままであったら、きっと喜んだことだろうに」と続け、その言葉にホタルは「え?」と聞き返し、クラハシも「そうだ」と答える。
「彼女も元々、このサミダレ・ビルジング専属の編集者だったのさ」
ついで、周囲を見渡し「だからね」と続ける。
「そも、この本は世の中の書籍を永久的に保存し、かつ多くの人々に共有できる施設としてサミダレ工房が作り出したものなんだ。そして惑星中に散らばる編集者は基本的にこれを持って取材のために惑星中を飛び回るんだよ」
「そうそう、そうなんですよ」と相槌を打つカモノハシ。
「我々は、書庫の管理とここに来られた方のサポートをするために作られた生体アンドロイドでして。アズキ様はここで新しい雑誌を発行しながら、自分の分野である、各惑星の文化芸術の調査を行っておりました…ですが」
そこで案内役は言葉を切ると「17年前に突然、この本の所有者が、アズキ様からミツナリ様に変わったのです」と驚いた表情をしてみせる。
「我々としても寝耳に水で…ですが、所有するオーナーである以上、それなりにおもてなしの上でサポートを行おうとしたのですが」
(ええい、お前らの存在自体がうるさいんだよ!俺が帰ってくるたびに、大声でビル名を叫びやがって。家の中でうろちょろするのも目障りだし、勝手に作品を片付けようとまでする。いっそ、俺の見えない範囲で仕事をしろよ!)
「その要望を叶えるために、我々は脳の認識野における不可視の領域を研究し、ホタルさまが17歳にオーナーとなるまで、こうして姿を消しておりました」
「ほう、つまり君たちは不可視のカモノハシ…となっていたわけか」
どこか感心したように紅茶から切り替えたハーブティーを口にするクラハシに「いや、見えてるから不可視じゃないじゃん」と思わず突っ込みを入れるホタル。
「…でも、辛くなかった?自分たちの姿を消せなんてひどい命令だしさ。存在を否定されている気持ちになったりしなかった?」
心配を思わず口にするホタルだったが案内役はそれを聞くとしばらく考え込み「あー、んーどうかなあ?」と、なぜか首を傾げてみせる。
「なにぶん、こちらとしては悪口というよりもユーザーのための課題と認識していたものですから。惑星中の脳科学の論文を集めて、オオグマ座の辺りで行われている伝達研究の論文をもとに対象の認識外で動けるようになる技術を手に入れましたので…それで特許をとって、結果、資産も以前よりは倍に増えました」
「商魂…たくましいなあ」
案内役の言葉に、思わずそうつぶやいてしまうホタル。
それにカモノハシは「あ、そうそう」と付け加える。
「その資産を元にして新しい防疫設備も作りました。昨年から防疫関係で新しい課題が出たもので、その研究も兼ねてまして…ついでに、見に行きますか?」
首を傾げて見せる案内役にクラハシは「そうだな、ぜひお願いしようか」と、うなずく。
それにホタルは(あれ、本来だったらアタシが所有者だから同意するのも私のはずでは?)と内心思うも気にはなるのでクラハシに同意するように「そうですね、行ってみますか」としぶしぶ答える。
「では、次の場所はそこにしましょう!」
ついでその言葉を皮切りに空になった皿とカップを案内役のカモノハシは下げると、一行の乗る移動車は明かりの見える夜の街をさらに奥へと進んでいった。
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