Happy Man
俺の兄ちゃんふたりはとても目立つ。
お兄ちゃんは、すらりと背が高く少しキツめの顔立ちだが、内面は穏やかでのんびりしていて、ちょっと天然。手先が器用でなんでも作れるし、料理なんてお手の物。
博人くんは真逆の容姿で色白で整った顔立ちは絵本に出てくる王子様みたい。笑顔が優しく柔和そうに見えるが、内面は我慢強くて負けず嫌い。お兄ちゃんに対しては執着心が強く、笑顔で刀を振り降ろすタイプなので絶対怒らせてはいけない人だ。
タイプの違うイケメンが並んで歩けば女性は振り返るし、買い物に行けば商店街のおばちゃん達にも大人気。
八百屋さんも肉屋さんもおまけしてくれるし、スーパーに行けば試食品を勧められる。
お兄ちゃんは髪の長い女性が苦手だから、時々気安く声をかけられたりすると固まってしまう。そんな時は俺の出番だ。無邪気なフリをして甘えて女性から引き離す。成功すると心底ほっとした表情をして、お菓子を買ってくれる。
別にお菓子目当てにやってるわけじゃないんだけど。博人くんに常々「俺がいないときはヨシくんが真幸を守ってよね」と言われてたし、俺がなんとかしないとっていう使命感みたいなものがあったからだ。
俺の物心がつくころには、もうふたりは一緒にいるのが当たり前で、ニコイチっていうのかな。ふたりでひとつ、みたいな。
博人くんが本当のお兄ちゃんじゃないって知ったときは、いなくなったらどうしようという気持ちの方が強くて、ショックもなにもなかった。
今思えば、そんな心配必要なかったんだよな。
博人くんはとにかくお兄ちゃんに対する独占欲や執着心が強かったから、簡単に離れたりするわけないんだ。それにお兄ちゃんはしっかりしてるようで抜けてるから、俺と博人くんがサポートしないとダメだしね。
二人して、俺の面倒をみてくれるし構って可愛がってくれた。スキンシップ過多だと気づいたのは中学に入ってからだ。
それからはちょっと距離を置いたこともあったけど、やっぱ好きなものは好きだし、二人が家を出てからは寂しくてしかたなかった。
その頃は愛情の行き場を失って、潤一に過剰にかまってしまってウザがられたのも今となってはいい思い出。
「おまえ、やっぱり卒業したら家を出ろよ」
朝食を食べているときにお兄ちゃんに言われた。又かと思ったが、いつもと声のトーンが違う。マジトーンだ。
「出ていかないって言ってんじゃん!」
なんで追い出そうとすんの?
「もし、今からでも一人暮らしをするなら、お父さんには俺から…」
「ちょっ…ちょっと待ってよ!」
なんで、そんな話になんの?
「俺、ふたりに迷惑かけたりしてないよね!? そりゃ、ちょっと外泊多くて心配させたりしてるかもしんないけど、大学もちゃんと行ってるし、掃除当番も守ってるよ。なんで、そんなこと言うの?」
「……おまえは知らないと思ってたんだよ。俺たちのこと」
「え…?」
口を開けたまま、お兄ちゃんを見つめた。視線を逸らしたままの整った顔は、思いつめた表情だ。
博人くんを見ると、すました顔でお茶を飲んでる。
「悪かったな。今まで気を使わせてて」
お兄ちゃんが頭をさげるように項垂れた。
まずい。お兄ちゃんがこういう自己嫌悪モードに入ったときはタチが悪いんだ。
博人くんを見ても助け舟を出してくれる気配はない。自分でなんとかしろって事か。
「別に気を使ってなんかないし、俺、お兄ちゃんも博人くんも好きだよ。置いてかれた時は、ちょっと恨んだし、寂しかったけど」
「別に置いていったわけじゃ…」
「鎌倉に来てもいいって言ってくれたから、俺、頑張ったよ。第一志望は落ちちゃったけどさ。俺にしては精一杯やったんだよ」
受験勉強の辛さが蘇って、なんだか泣けてきた。今までの人生で、あんなに頑張ったことなかったな。
涙目になった俺を、どう思ったのかお兄ちゃんが少し驚いたような表情になった。
「ヨシ…」
「今更ふたりの間に割って入ろうなんて思ってないよ。でも、子供の頃からいつだって、二人と一緒にいたかったんだ。ねえ、俺、邪魔?」
「そんなことねぇよ!」
否定してくれて、ほっとした。もうひと押しだ。
「それに、いずれ潤ちゃんも気づくよ。その時、俺がいたほうが都合良くない? 間に立って、ふたりのフォローしてあげられるよ」
お兄ちゃんの表情が変わった。そこまで考えてなかったって顔だ。
俺は誰よりも二人のことを知ってるという自負がある。こんなに役に立つ弟、そういないよ。
「おまえ、そこまで考えて…」
「ね? 俺、いたほうがいいでしょ?」
博人くんがにこりと笑って、お兄ちゃんの肩に手を置いた。
「なんか、まーくんの様子がおかしい気がすんねんけど」
裕くんと江ノ島に行ってきた、とお土産のパンを広げながら潤一が首を傾げている。
お兄ちゃんは潤一が帰ってきた途端、自室に引きこもってしまったんだ。分かりやすい人だな。
博人くんはパンを物色しながら、ふふと笑うだけだ。
潤一の前ではなるべく博人くんに近づかないようにするつもりらしいけど、そんなのいつまでも保たない。すぐに元に戻るのに。
観察眼の鋭い潤一のことだ、確認した事はないけど、多分気づいてるよな。ふたりのこと。
「身体キツいんじゃない? 博人くんのせいで」
「下ネタやめーや」
「それは、俺も賛同できないね」
ふたりに責められて首を竦めた。
それぞれに好きなパンを取り、博人くんはお兄ちゃんの好きなクロワッサンをより分けると潤一に言った。
「コーヒー入れるから、真幸を呼んできてくれる?」
「おう」
ばたばたと廊下を走っていくのを見送って博人くんに向き直った。
「博人くんはいいの? 俺たちが一緒に住んでても」
二人きりになりたいとか思わないのかな。
「ヨシくんが来るまでの4年間で堪能したから、そこは別に」
そうですか。
穏やかな笑みの後ろに見え隠れする闇の気配に、口を噤んだ。
二人の関係は闇が深い。一緒にいたければ、あまり掘り起こさない事。それが、20年間兄弟をやっていて学んだ事だ。
潤一に手を引かれて、お兄ちゃんが来る頃にはコーヒーの良い香りが立ち込めていた。
End
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