Heart Beat
潤一が鎌倉に来てから初めての年末帰省だ。
博人の仕事納めが28日なので、それに合わせて新幹線のチケットを取った。
好彦と潤一には先に帰ってもいいと言ったが、博人に合わせると言うので4人での移動になった。
「明日、雪が降るってさ」
新幹線の中、座席を回転させ、4人でUNOをしながら好彦が言った。
博人の膝にカバンを置いて台代わりにし、次々とカードを置いていく。
窓際の潤一が外を伺った。
「その天気予報、東京のやろ。向こうはもう降ってるんちゃうん?」
「東京さえ、出ちまえば大丈夫だろ。向こうなんていつも雪なんだから」
好彦は気にした風もなく、カードを捨てていく。
俺と博人は顔を見合わせた。
二度あることは三度ある。博人と鎌倉に住み始めた最初の年も、雪で足止めを食ったことがあった。その時は、ホテルが見つからなくてラブホに泊ったんだった。
「そういえば、お兄ちゃんと博人くん、雪で帰れなかったことあったよね。その時はどうしたの?」
「え? あー…」
言葉に詰まり、カードを選ぶ振りをしていると、
「途中駅で降りて、駅員さんに教えてもらったビジネスホテルに泊まったよ」
博人がしれっと言った。
「ふうん」
「俺、ビジネスホテルって泊まった事ない」
潤一は興味津々だ。そういえば、家族旅行で温泉旅館に泊まったことはあったがホテルはなかったな。
「居心地がいいもんじゃねぇよ。狭いし、ユニットバスだし」
そんなことを話している間に停車した駅では吹雪になっていた。反対側のホームには雪が吹き込んでいる。
「……なんか、やばそうだね」
「最寄り駅まで持つかな」
なかなか発車しようとしない様子に、車内が段々と不穏な空気になっていく。
博人はUNOを片付け、俺はスマホを手に目ぼしいホテルを検索した。手元をのぞき込んでくる潤一に、
「初動は早い方がいいからな」
と言うと、あからさまにワクワクとした表情になった。
「アナウンスがあったら、すぐに動くから準備をして」
コートを着て、荷物を下ろしたときアナウンスが流れた。と、同時に列車を降りる。
「まいったな」
「二度あることは三度あったね」
駅から近いホテルは満室。少し歩いたところはツインが1室だけ空いていた。
昔はよく一緒に寝たりしたな、と振り返ると二人も気にした風はない。けど、子供の頃と違って好彦は俺と変わらない背丈だし、潤一だって成長した。
シングルに二人は厳しいかな。逡巡していると、博人が耳打ちしてきた。
「どうせ、数時間しかいないから、雑魚寝でいいよ」
「それも、そうだな」
ホテルのフロント係が気を使って追加してくれた毛布二枚とアメニティを抱えて部屋に入ると、イレギュラーな事にテンションが上がった二人は、もの珍しそうに部屋やバスルームを見てまわっていた。
「バスルーム、狭っ」
「思ったよりベッドは大きいやん」
潤一は勝手に壁際のベッドに荷物とコートを放り出した。ピアノと違って、そういうとこ雑だな。
「ベッドの割り振り、どうする?」
順番にシャワーを浴びた後、博人が聞いてきた。部屋の隅にある小さなソファを指さした。
「俺は、ソファでいいよ」
「えー、腰痛くなっちゃうよ。身体は大事にしないと」
「朝、立ち上がれなくなるで」
「…おまえら、俺をなんだと思ってんの?」
お爺ちゃんかよ。
博人がぽんと肩に手を置いた。
「ここは公正にグーパーでいいんじゃない」
「恨みっこなしだよ」
好彦が臨戦態勢に入った。
「ヨシくんと合いませんように」
潤一が天を仰いでいる。
「えー、なんでよ?」
「ヨシくん…自分の寝相の悪さ、自覚ないんだ?」
博人は渋い顔だ。子供の頃、さんざん痛い思いをしてきたからな。
「昔の俺とは違うよ?」
鼻息荒く言ってるけど、どうだか。
結果、俺と潤一、博人と好彦ということになった。
益々、博人の顔は渋くなったけど、公平に決めたことだからな。
「ヨシくん、ホントに頼むよ。蹴られたら倍返しするからね」
「大丈夫だよ! 俺、微動だにしないから。寝た時のままの姿勢で朝を迎えるから!」
隣のベッドは何やら揉めてるが放っておいて、潤一の方に毛布を一枚かけてやって横になると、くるりと俺の方に寝返りを打った。
「まーくん、さっき名前書いてたやん?」
「ん…? フロントでか? 宿泊者全員の名前を書かないといけないからな」
「そう…。俺の名前、杉田って書いてた」
顔を横に向けると、潤一の大きな目が間近にあった。くっきりと二重の目と真っすぐに通った鼻筋は暗闇の中で陰影を作り、やけに大人びて見えた。子供の頃のふっくら赤い頬は消え、日に日にシャープになる顔は異国の血が入っているように見える。
「ああ。ちゃんと書かないと何かあった時に困るからな」
本当は楠木と書いても良かったが、嘘をついてもいいことはない。
潤一は目を伏せて、少し唇を尖らせた。何か言いたいことがあるときの癖だ。
「あんな…」
少し言い淀むが、急かしたりせずに根気強く待つ。潤一は幼いころ、話せなくなってた事もあって、あまり口数は多くない。自分の気持ちを言葉にするのが苦手なところがあるから、整理ができるまで待つのが常だ。
口をもごもごさせた後、しっかりと俺を見た。
「あんな………俺も、楠木になりたい」
「…え?」
予想外の言葉に思わず聞き返してしまったが、真っすぐな目には、しっかりとした意思があった。
「俺、まーくん達と、ちゃんとした兄弟になりたい」
「潤一……」
まじまじと潤一の顔を見る。
ウチに来た子供の頃、両親がウチの子にならないかと打診したことがあったが、母親のことを気にして潤一は、このままでいいと言ったのだ。
潤一の目が不安そうに揺れる。
「一度断ってるのに、虫がよすぎるかもしれんけど…俺…みんなと家族になりたい。ダメ?」
「ダメなわけないだろ!」
思わず、潤一のまだ華奢な体を掻き抱いた。心臓がばくばくと弾んで、いろんな感情がこみ上げてくる。
「嬉しいよ。潤一が、そう思ってくれて」
「……まーくん、ありがとう。わがまま言ってごめん」
そんなのわがままでも何でもねぇよ。
ぎゅっと抱き着いてくる潤一の頭をくしゃくしゃと撫でた。
懐いてくれて、心を開いて喋れるようになってくれて可愛くて仕方なかった。辛い思いをしてきた分、もう我慢せずにすむよう普通の子供らしい生活をさせてやりたかった。
母親に対する複雑な思いもあるだろうから、無理強いはしたくないのでこの話題は俺たちも両親もしてこなかったけど。
大叔母に連れられてウチに来た時から、弟だと思ってたよ。
ふ、と視線をあげると隣のベッドでは博人と好彦が起き上がっていた。
暗がりの中でも好彦の目が潤んでいるのがわかる。
次の瞬間、好彦が俺らのベッドにダイブしてきた。
「潤ちゃん! お兄ちゃん! 俺もすっげぇ、嬉しい!」
「んぎゃっ! ヨシくん、やめっ」
潤一の顔を掴んで、無理やりキスをしようとして拒否されている。
「ヨシ、重いっ!」
半身を俺の上に乗っけていた好彦の身体を、潤一のほうに押しやって逃げるようにベッドを降りた。
「帰ったら、お父さんに言わないとな」
「お母さん、喜ぶね」
好彦も、もみくちゃにされた潤一も疲れてそのまま眠ってしまったので、俺は博人のベッドで布団をかぶった。
途中から、根負けして潤一はされるがままだったのが、ちょっと可哀そうだったけど。
「でも、潤一はいつから考えてたんだろう?」
寝てる二人を起こさないように声を顰めた。博人は少し考えるように沈黙したが、
「潤一はあまり自分のことを話さないから。俺たちの知らないところで成長してるって事だね」
そうか。
潤一は、裏表なく明け透けになんでも話す好彦とは真逆だ。思春期に入って、少し気難しくなってきたのが気になってたが、それも成長の証しなんだろうな。
前に博人が言ったように、いつか離れていくんだよな。兄弟なんて、そんなもんか。
布団の中で、博人の手に触れ指を絡めた。
「なに、可愛いことしてんの?」
寂しくなっちゃった? と俺の心を見透かしたように博人が笑って声を低めた。
「大丈夫だよ。俺は、ずっと一緒だから」
「分かってるよ」
博人の整った顔が近づいてきたとき、背後でドスンと音がした。振り返ると、潤一が床に転がっていた。好彦に蹴落とされたらしい。でも、そのままの姿勢で起き上がる様子がない。
「潤一? 大丈夫か?」
「んー……」
寝ぼけてるのかベッドに戻ろうとしないので、仕方なくベッドから降りて身体を持ち上げると、デコから落ちたのか赤くなっている。
「ここで寝るな。風邪ひくぞ」
ベッドで大の字になっている好彦を博人が隅に追いやって潤一が寝るスペースを作ろうとしたが、好彦は好彦で動かない。
「しょうがないね。もう、こっちのベッドに乗っけちゃおうよ」
「さすがに3人は狭いだろ」
匙を投げた博人が潤一の脚をもって、俺らのベッドに放り投げた。おまえも、雑だな。
仕方なく、潤一を博人と挟む形で布団に入る。
「頼むから、おまえは暴れるなよ」
肩まで布団を引き上げてやると、居心地のいい場所を探るように身体を動かしたかと思うと、静かな寝息が聞こえてきた。
向かい側で博人が、ふふと笑った。
「潤一が、ウチに来た日も、こんなふうにして寝たよね」
「あー、そうだったな。あの頃に比べたら、随分大きくなったよな」
ガリガリの身体が不憫で、いろいろ食べさせたり、喋らせようといろいろ考えたりしたな。
博人が潤一の癖のある髪を優しく撫でる。口が半開きでイケメンが台無しだ。こんなところは子供の時のままだな。
雪は降り続いているらしく、しんしんと冷えてきたので二人で潤一を挟んで身体を寄せた。
一番に目を覚ました好彦が、俺だけ除け者だと怒って起こしてきたけど、おまえのせいだよ。
End
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