Night Life

今日は金曜日ということもあって、いつもより早く仕事が終わり、7時には家に着いた。

玄関を開けると、上がり框には真幸が立っていて、ちょうど潤一が靴を履いているところだった。

「博人くん、おかえり」

「ただいま。こんな時間にどこ行くの?」

「裕くん家」

最近、ふたりがよく会っているのは知ってたが、随分と仲良くなったもんだ。

「じゃあ、行ってくるわ」

「家の人に迷惑かけんなよ」

分かっとる、と返事をして潤一は元気に出て行った。

今日は、裕の家に泊まるのだという。時々、裕が泊まることもあるから、珍しいことではない。裕の家と言ったって隣だから5分もかからないけど。

「今日は早かったんだな。夕飯の準備できてるぞ」

「ありがとう。お腹すいたよ」



夕飯後、洗い物は俺がするよと言って台所に立つと、真幸がぴたりと背中に身体を寄せてきた。

珍しいな。

「どうしたの?」

「んー。ヨシも友達のとこに泊まる、って今連絡がきた」

真幸が肩に顎を乗っけながら耳元で囁くのを聞いて思わず手が止まる。

振り返ると、頬に真幸の唇が触れた。

「……ということは…今日はふたりだけ?」

「だな」

そう言って、軽く耳朶を噛む。これはお誘いと思っていいのかな?

「じゃあ……風呂、一緒に入る?」

「ん」

潤一やヨシくんがいるときには決してしない甘え方だ。

「全身、俺が洗っていい?」

「いいよ」

「髪も?」

「ああ」

「……舐めてもいい?」

少し考えてから、大きな目がくるりと動いた。

「…それは……おまえ次第」

目を合わせて笑いあい、唇を重ねて二人だけの夜が始まった。



潤一とヨシくんが一緒に住むようになってからは、ホテルを使うことにしていたから、家での行為は随分と久しぶりだ。

今日は時間を気にせず可愛がることができるから、じっくりと真幸を堪能したい。

濡れて勃ちあがっているものを下から舐め上げると、長い脚が宙に浮いて揺れる。

「博人…そこばっか……しつこいっ」

ちょっと涙目になりながら睨んでくるけど、全然凄みないよ。

「だって、好きでしょ? ここ」

ちゅっ、と先端を吸うと、んーと唇を噛み締めて我慢してる。可愛い。

身体中、くまなく触れて舐めて喘がせたい。自分の中の嗜虐心がむくむくと頭を擡げてくるのがわかる。

真幸って虐めたくなるんだよな。こんなに顔もスタイルも良くて完璧なのに、抜けてるからかな。

「博人…?」

不安げな声が聞こえて、顔を上げると俺を見下ろしている真幸と目が合った。

唇を離して、ほどよく筋肉のついた腹部から胸元に舌を滑らせ、唇までたどり着く。

そのまま舌を絡めて音を立てて吸い上げると、ぴくぴくと細い身体が震えて重なり合った下腹部が温かく濡れた。

「イっちゃった?」

「…出てねぇよ」

少し漏れただけ、と顔を赤くして言うから、ますます虐めたくなるんだよ。

でも、俺もそろそろ限界かも。

「ね、中に入っていい?」

「ん」

迎え入れるように脚を開く。

もう最初の頃のような辛そうな表情はしない。自分からキスをねだるし腰も揺らす。

真幸の中は温かくてキツくて気持ちいい。こんな幸せでいいのかなって思うくらい満たされる。

本当はガツガツいきたいけど、ゆっくりと味わいたい。

中の感触をゆるゆると楽しんでいると、踵でケツを蹴られた。

「焦らすな」

おまえだって余裕ないくせに、と睨んでくる。

ばれてたか。

唇を食むと、長い脚が腰に絡んで引き寄せられた。

こんな日が来るなんて思わなかったな。あの1年間、我慢してよかった。やっぱり、あれは間違ってなかったんだ。

奥深くまで身体を沈めて、真幸の望むままに快楽を追って行った。



二人でこの家に住み始めた時は、一年間離れていたこともあって毎日のように抱き合っていた。講義がない日は一日中ベッドの中で過ごすこともあったくらいだ。

今思えば、爛れた生活だったな。10代の性欲ってすごい。

あの頃はとにかく片時も離れていたくなくて、真幸には随分と窮屈な思いをさせたと思う。

自分でも真幸に対する執着が怖かったけど、真幸は辛抱強く俺が落ち着くのを待ってくれた。

今はもう昔のようにがんじがらめにするつもりはない。

とろんとした目で俺を見ているから、額にかかる髪をかき上げるとふわりと笑った。

「あの頃のお前の性欲は際限がなくて怖かったよ」

「え…嫌だったの?」

「若かったなって話だよ」

「お望みなら、今でもできるよ」

腰を抱き寄せると、少しだけ逃げるような素振りをして笑った。

「俺の身体がもたねぇよ」

そう言いながらも下半身を押し付けてくるからタチが悪い。

「…も一回する?」

またしばらくの間はお預けだもんね。

んん、とどちらとも取れるような声を出して、快楽の余韻に浸っている身体を揺らしている。

「ちょっと。その気になっちゃうよ。いいの?」

無意識にこういうことするところ、本当にタチ悪いよね。

上目遣いに見てくる目が猫のように光っているから、それを了承ととって、再び身体をシーツに沈めた。



目が覚めて時計を見ると、8時だった。思ったより寝過ごしてしまった。

昨夜は遅くまで身体を重ねていたこともあって、真幸はまだ目を覚ましそうにない。

今日は、俺が朝食を作ることにして、台所でパンケーキの準備を始めた。

真幸は、セックスをした後の朝は甘いものを食べたがる。

玄関から雑に鍵を開ける音が聞こえて振り返ると、ぱたぱたと潤一が入ってきた。

「おかえり。どうしたの?」

「これから、裕くんと出かけるから着替える」

そう言い残して自分の部屋へ直行した。一歩遅れて、裕が顔を出した。

「おはよ」

「おはよう。朝食は?」

「食べてきた」

コーラ飲む?と聞くと嬉しそうに頷いた。

そこへちょうど、ぺたぺたという足音共に、真幸が入ってきた。

一瞬、ぎょっとしたが姿を見て胸を撫で下ろした。ちゃんとTシャツとハーフパンツを履いていた。

真幸は、二人の時は気が緩むのか、下着だけでふらふらしたりするから。

「よお、裕。早いな」

「はよ。潤一と江ノ島に行くから」

「いつも付き合わせて悪いな」

「別にいいよ。美味いパン屋があるから、俺が行きたいんだよ」

「ああ。あそこ、バゲットが美味しいんだよね」

店名を言うと、そうそうと裕が頷いた。真幸が、ぽやんとした顔で俺たちの会話を聞いているので、顔を洗ってきなよと台所から追い出した。

真幸の背中を見送った裕が振り返る。

「いいの? あんなの野放しにして。潤一の教育上よくないんじゃないの」

色気ダダ漏れ、と少し茶化すように言った。

あー、裕にもバレてるのか。

「潤一は知ってるよ。でも、真幸には言わないでね。知らないと思ってるから」

へえ、とおもしろそうに笑った。

「おまたせ。行こう」

ぱたぱたと潤一が戻ってくる。古いから廊下は静かに歩けって言ってあるのに。

二人を玄関まで見送ると、真幸が後ろから声をかけてきた。

「ほら、小遣い。残った分で美味そうなパン、見繕って買ってきてくれよ」

「やったー」

「あざーす」

元気よく出て行く二人を見送って戻ろうとすると、真幸がぼんやりとドアをみつめていた。

「どうしたの?」

「んー。なんだか子供が巣立って行ったような気分」

「ははっ、なにそれ。いつまでも、『まーくん』って甘えてくれるとでも思ってた?」

「そうじゃねぇけど…」

そう言って少し寂しそうな表情をしている。真幸と俺では潤一に接するスタンスが違う。真幸はちょっと過保護だ。あまり構いすぎると、鬱陶しがられそうだけどな。

「潤一は普通の子より自立心が強いよ。自分で進路を決めて、自分の意思でここまで来たんだから。俺たちの手からとっくに離れてると思うけどね」

「おまえ、意外とドライだな」

肩をすくめる真幸の腰を抱き寄せた。

「いずれ、ヨシくんも潤一も出て行くよ。その時は二人きりになるけど、それじゃ不満?」

こういうこと、いつでも出来るよと唇に触れれば、笑んで舌を差し出してくる。

濡れた音がするほど、朝から深いキスをしたとき、ガラリと乱暴にドアが開いた。

慌てて離れると、ヨシくんが呆れたような顔で立っていた。

「なに、朝からイチャイチャしてんの? そういうのベッドの中でやってよぉ」

そう言うと、お腹すいたぁ、と平然と靴を脱いで家に上がって奥へと行ってしまった。

固まっている真幸をちらりと見ると、真っ青だ。

「…ヨシくんが気づいてないとでも思ってたの?」

「え…あ……えぇ??」

人の気持ちに敏感で一番俺たちの近くにいたヨシくんが気づかないわけないのに。ほんと、そういうとこ抜けてるよね、真幸は。

「ねえ、パンケーキ焼いてもいいー?」

台所からは、せかすようなヨシくんの声が聞こえてきた。




End

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