第二章 ミサキさん装備を買う

駅前ダンジョン地上三階にて



「あたしもライセンスを取ろうと思うんだけど」

 そうミサキさんが切り出したのは、5度目のダン活を終えて、一緒に飯を食ってる時のことだった。

「あたしも?」

「もッ‼」

「他に誰が⁉」

 そう訊いたオレをミサキさんが指さした。

「オレ?」

「だって長谷川はせがわくんは持ってるでしょ」

「ええ、まあ。一応、国際ライセンスを──」

 オレは胸の奥にまってるハンバーガーを、コーラで押し流しながら返した。

 場所は、駅前ダンジョンの地上三階にあるバーガーショップだ。

 知らない人もいるだろうから一応説明しておくが、ダンジョンってのは複合商業施設だ。

 ダンジョン探索のベース基地となる一階ロビーを起点に、実に様々な施設が併設してある。

 いまオレ達が飯を食ってるバーガーショップも、そのひとつだ。

 ダンジョン帰りに立ち寄る入浴施設(スッゴく大事)に、ダンジョンを何往復(いわゆるマラソン)をするヤツが身体を休める為の宿泊施設。

 それにダンジョン内の畑で採れた、朝採り新鮮な野菜を売ってる販売所なんてのもある。

 Aクラスダンジョンの表層1階に温泉が沸いてたりすると、そのままダンジョンスパ○○なんて銘打って営業してたりもする。

「でも、なんでまたいきなり?」

「いきなりっていうか、前々から考えてたんだけどね」


 彼女から最初の連絡が入ったのは、駅前のダンジョンから帰宅した次の日だった。

 なんか妙に思い詰めた様子で相談があるというから飛んで会いに行くと、いまにも泣きそうな顔で、こう切り出したのだ。

「相談って言うのは、これのことなんだけど」

 と、両手をオレに差し出した。

「なくなっちゃったよ」

「無くなった⁉」

「そうなくなっちゃったのよ、刻印タリスマンが」

 と、眼をウルウルさせてオレを見た。

 音声通話でも、なんか深刻そうな暗い声を出してたから何事かと思ってたら、

「なんだ、そんな事か」

「そんなことって‼」

「オレのも消えてますよ」

 と、袖を巻くって自分の右腕を彼女に見せた。


 ダンジョンを出ると刻印は消える。

 どんなに濃く浮き出た刻印でも、例外なく消えてしまう。

 刻印は、魔法を使える者(これを刻印示現者ギフターという)の証のようなものだが、刻印自体が1つの魔法ともいえる。

 魔素が存在しない空間では、魔法が使えない以上、刻印もまた消えてしまうのだ。

 地上に戻った後も、しばらく刻印が浮かんでいるのは、ダンジョンで取り込んだ魔素が体内に残っているからだ。

 それが抜けきってしまうと、当然のように刻印は消えてしまう。

 そう説明すると、腑に落ちない様子のミサキさんが携帯を取り出し、

「でも、この人たち」

 と、画面を指さした。

「あぁ~、コイツらか⋯⋯」

 そこには最近売り出し中のプロの冒険者チームが映し出されていた。

「コイツらは刻印と同じ模様を、タトゥーにして身体に入れてんですよ」

「これ入れ墨なの?」

「そうですよ」

「なんだ~、この人たちが特別って訳じゃないのか」

 いや、まあ、特別ちゃー、特別なんだけどね。

 ダンジョンデビューして三年で国際B級ライセンスを取ろうってんだから。


「あとこれかな」

 と、ミサキさんが力こぶを作って見せた。

 袖のない白いTシャツから覗いた彼女の、肩、二の腕、前腕が、驚くほど発達した筋肉で覆われていた。

「これもブリュートしたせいかな?」

「ええ、まあ、そうですね。そうです」

「バスルームで姿見みてびっくりしちゃったよ。胸は小さくなってるし、腹筋は四つに割れてるし、腕も脚も、な~んか、かわいくなくなってんですけど」

 と、クリーム色をした品のいいサロペットの上から、自分の太腿ふとももをペチペチと叩いた。

「それにほらわきも深くなってるでしょ、これって大胸筋と広背筋が発達したからよね」

 ストレッチをするように肘を曲げたまま腕を持ち上げ、自分の腋に指を突っ込みながらミサキさんが訊いた。

「⋯⋯え、ああ、ええ、そうだと思います」

 眼のやり場に困る。


 1度に3つもの魔法を開花させた彼女の肉体には、実に様々な変化が起きていた。

 なかでも特に顕著なのが見た目の変化だ。

 石の拳シュタインファウストの開花によって、爆発的な攻撃力を得たミサキさんだったが。

 その反動は顕著で、彼女の肉体はボロボロに傷ついていた。

 そのボロボロになった肉体を劇的に癒やしたのが、何故か同時に開花した自動発動型の治癒魔法だ。

 この治癒魔法は、ミサキさんがダンジョンに一歩足を踏み入れた瞬間から、文字通り自動的に発動して、彼女の身体をとことん癒し始める。

 正直、こんな魔法は、いままでに見たこともなけりゃ、聞いたこともない。

 身体のどこか不調があっても、ダンジョンに入れば手前勝手に発動して、出て来た頃には完治してる⋯⋯。

 はっきり言って便利すぎる。

 どんなチートだこりゃ。

 しかもだ。

 肉体の老化現象も不調のひとつと見なされるのか、ミサキさんはダンジョンに入る度に若返ってる。

 元々、年齢より若く見えた彼女だが、いまや小学生でも通じる、つるつるピッチピチのたまご肌に生まれ変わっていた。

 この魔法に名前が無いのは、正真正銘世界に1つしかない、全く新しい魔法だからだ。


 それと防御魔法。

 オレは鑑定士じゃないから正確な事は言えないが、恐らくは鉄人アイアンマンか、鉄の城アイゼンブルクのどちらかを開花させてんだと思う。

 はっきり言ってAランク程度のモンスターの攻撃じゃ、ビクともしない防御力だ。

 なので彼女が負うダメージの大半は、自分が放った攻撃の反動によるものだ。

 それによって再び超回復が促され、元々中国拳法で鍛えてたミサキさんの肉体を、有り得ないほど引き締まった細マッチョ体型に変貌させつつあるのだ。


「回復魔法はカロリーを消費しますから」

「それ知ってる、こないだ聞いたから」

「ミサキさんは事前に、五本もエナジードリンクを飲んでましたが⋯⋯」

「飲んでましたが?」

「それでも足りずに、体脂肪を燃やしてエネルギーに変えたんですよ」


 ブロスポーツの世界には、ダンジョントレーニングという特殊とくしゅな肉体改造法がある。

 Aクラスや、Bクラスといった比較的に安全なダンジョンで、集中的にハードトレーニングを行い。

 疲労困憊になった肉体を、治癒魔法を使って強制的に超回復させるというものだ。

 なぜ、こんな無茶をするかというと。

 魔法は本来ダンジョンの中でのみ有効なモノだが、魔法によって超回復した肉体は、地上に戻ってもそのままだからだ。

 治癒魔法は肉体が本来持つ自然治癒力を、魔力によって極限までブーストする魔法である。

 これを応用し、超回復を促進させれば。

 本来なら、一年、二年と掛かる肉体改造が極めて短期間で終了するのだ。

 しかも、薬物を一切使わない、ナチュラルで健康的な方法と、アマチュアスポーツの世界でも広まりつつある。

 後々どーなるかは分からないが、いまの所ドーピングとは見なされてはいない。

 なのでダンジョントレーニングを行うアスリートの数は増えてく一方だった。

 一時期、肉体と精神を限界ギリギリの、それこそ発狂寸前まで追い込む事で、強制的にブリュートを引き起こすなんていう、危険極まりない方法が取られた事もあったが。

 こちらの方は現在は下火になってる。

 何故かというとブリュートは、本当に心から望んでいる渇望かつぼう具現化ぐげんかする現象だからだ。

 人間の心は複雑なモノで、本気で肉体の強化を望んでるのか。

 それともクリームたっぷりの甘いスイーツを求めてるのか、当の本人にも分からないからだ。

 魔法を使った筋力の強化、スタミナの強化、俊敏性の向上を狙った所で、望んだ通りの能力を獲得するとは限らない。

 命がけのトレーニングを行った挙げ句の果てに、糖質と脂質タップリの生クリームを無限に生み出す魔法を身につけたなんて、笑い話にもならないだろ。


「そんな事が、あの短い時間で起きてたの⁉」

「はい。あと、その筋肉は、石の拳を使う為に必要な筋肉ですから、ダンジョン通いを辞めれば、自然と元に戻りますよ」

「ふ~ん、そうなんだ⋯⋯」

 と、自分の力こぶをさすったミサキさんが、すっと眼を細めてオレを見た。

「──つまり長谷川はせがわくんが、あたしをこんな身体にしたのね⋯⋯」

 ジトっと冷たい視線か突き刺さった。

 ミサキさんが開花させた治癒魔法の事は黙ってある。

 だかは必然的に、オレの治癒魔法が彼女を変容させた事になるのは仕方のないことだ。

 が⋯⋯。

「あ、いや、その、あの、あそこで治癒魔法を掛けないと、ミサキさんは一歩も動けなかったし、ヌエも背後に迫ってたし、あの、その、ねえ」

 オレは冷や汗をかきながら弁解した。

「別に良いわ、怒ってないから」

 と、目元をほころばせてミサキさんが笑った。

 またからかわれた。

 このひとといると、ど~も、調子が狂うな。

「それじゃ行ってみましようか」

 唐突にミサキさんが席を立った。

「行く?』

「そう」

「どこへ⁉」

「ダンジョンに決まってるじゃない」

 こうしてオレと彼女のダンジョン活動が始まったのである。



 ♠



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