某有名デパートにて


 ♠



「それでね」

 ハンバーガーにかぶりついたミサキさんが、モシャモシャと口を動かしながらオレに訊いた。

「どこに行ったらライセンスって取れるのかな?」

「ここでも取れますよ」

 ストローをくわえたまま、ミサキさんが眼をパチクリさせた。

 いろいろ調べてるみたいなのに、なんで肝心なことを調べてないかな。

 ニッポン国内のルールでは、Bクラス以上のダンジョンに1人で入るには、ライセンスの取得が必須ひっすとなっている。

 いわゆる国内C級ライセンスってヤツだ。

 15歳以上の健康な男女で、ダンジョンの基本的な知識があり、それ相応の体力もあって、緊急時の対処法(魔法を用いない応急手当て等)を身につけてる者なら、誰でも取得できる簡単なモノだ。


「オレが一緒なら、別に必要ないでしょ」


 これは余談なんだが。

 ライセンス取得者の同伴があれば、15歳以下の子供でもBクラス以上のダンジョンに入る事ができる。

 オレが同行することで、ミサキさんはオレの保護下に入ることになり、Gクラス以外のダンジョンなら基本どこにでも入れるって訳だ。

「う~ん、それもそうなんたけど、やっぱり国際ライセンスって欲しいじゃない。響きが良いよね、響きが。国際A級って」

「いや。⋯⋯まあ、分かりますけど」

「それにね、こないだやっちゃんに連絡入れたら、スッゴい剣幕けんまくで怒られたのよ」

「なんと?」

「1人でダンジョンなんかに行くんじゃないよ、バカーって。あたしだって行きたくて行った訳じゃないのに、ヒドくない」

 あ~、ま~、そのやっちゃんさんの気持ちも分からなくはない。

 このひとは、なんというか危なっかしいんだ。

 目が離せないというか、なんというか。

「だから見返してやることにしたの、あたしも国際ライセンスを取って、どーだ見たかやっちゃんってね」

 にっこり微笑んで、足下にいるオモチにフライドポテトを与えた。


 ん?


 なんで、こんな所にオモチが居るのかって⁉

 そんなのオレの方が訊きたいよ。

 前々回のダン活の時に、表層一階に居座ってたオモチを、オレの知らぬ間に保冷バッグに詰め込んで、ちゃっかり外に連れ出してんの、この女。

 本来なら、そこでコイツはカラダが溶けるか、カラカラに干からびて死んでるかのどっちかだったのだが。

 何故か生きてる。

 ピンピンしてる。

 しかも、ミサキさんに懇願された管理人が、その場のノリで許可なんか出したもんだから、彼女のマンションで二匹のネコと一緒に暮らしてるときたもんだ。

 鼻の下をのばした管理人の顔が目に浮かぶぜ、まったく。


「それで、どうします? 今日取りますか⁉」

「う~ん、そうねえ。取ってもいいけど、お風呂に入ったし、ご飯も食べちゃったからな~」

「じゃあ後日ってことで良いですか?」

「そうね。そしたら、この後どうしようか⁉」

 ハンバーガーの残りを口に放り込んだミサキさんが、二杯目のオレンジジュースをギューッと一気に飲み干した。

「そうですね。──そうだ装備品を買いに行きませんか」

「装備品?」

「ええ、本格的にダンジョン活動を始めるなら、レンタル品じゃなく、手に馴染んだ自分専用の道具が⋯⋯」

「あたし専用‼」

 キランとミサキさんの瞳が輝いた。

「それって、どんなの⁉」

 飛び上がるような席を立った彼女が、テーブルに乗り出してオレに迫った。

 おいおい眼がギラギラしてるぞ。

 そんなに欲しかったの、自分専用。

「これこれ、こんなのとか、こんなのがいいな」

 スマフォの画面をオレに見せた。

 ズラーッと並んだ、剣や、斧や、ハンマーをスワイプして、一気にアーマードスーツの欄を指さした。

「これなんて色がいいよね、このスカートのフリルなんて、スッゴくかわいい」

「──じゃあ、いまから買いに行きますか」

「うん、行こう、行こう」

 ミサキさんが大はしゃぎでオレの手を取った。



 ♠



 某有名デパートのダンジョン用品コーナーに一歩足を踏み入れた瞬間、

「うわ~、すご~い‼ かわいい~」

 と、叫んだミサキさんが、ダッシュで店の商品棚に突撃した。

「長谷川くんが着てる地味なのと、全然違う」


 ⋯⋯まあね。


 冒険者の装備って、基本的にスッゴく派手なんだ。

 テレビ映えを狙ってるてのも理由のひとつなんだが、テレビが普及するずっと前から、冒険者の装備は派手だった。

 これはダンジョン探索のメインのひとつが、魔物狩りモンスターハントだったからだ。

 強力な魔物は賞金額が高いし、そこから採れる素材も高額なモノになる事が多い。

 それらを狙って、複数のチームがダンジョンで狩りをしているのだが。

 見通しの利かない密林タイプのダンジョンなんかだと、人と魔物の見分けがつかなくなる。

 景色に溶け込むような迷彩服なんかだと特にね。

 そんな場所に、広範囲に効果の出る強力な攻撃魔法を撃ち込まれたらどうなる?

 爆発に巻き込まれでもしたら、大惨事はまぬがれない。

 下手をすれば即死だ。

 だから誰が見ても、そこに人がいると分かる、自然界に存在しない色が必要になった。

 俗にダンジョン4原色た呼ばれる、赤、青、白、黄色の4色がそれだ。

 冒険者の装備には、必ずその内の1色が入るように国際法で定められていた。


「これこれ、これなんていいよね」

 そう言ってミサキさんが指差したのは、西洋の甲冑を思わせるタイプのアーマードスーツだった。

 なるほど確かに格好良いし、かわいい。

 特に腰アーマーがフレアスカートのようになってる辺りなんて、デザイナーの強いこだわりを感じてしまう。

 素材も、布部分にアラミド繊維、装甲に強化プラスチックにセラミックと、かなり軽量化に気を使ってる。

 それでも、

「あ~、それ重たいですよ。それにミサキさんのスタイルに合わないと思います」

「え? あたしのスタイル⁉」

「ええ」


 この5回のダン活で分かった事だが、ミサキさんはとにかく動く。

 遊び盛りの子犬の様に、ちょこまかと動き回っては、ダンジョン内を探索しまくってる。

 そのハンパない運動量に対して、このアーマードスーツの特性は、お世辞にも合ってるとは言い難い。

 三百から四百の細かなパーツで構成される、この手のアーマードスーツは、着用者の動きに合わせて柔軟に形を変えてくれる。

 バレエダンサーのようにI字開脚をしたって支障がないほどだ。

 だからどんなに激しい動きにも対応できるのだが。

 この手のアーマーは、その性能を防御面に極振りしてるから、とにかく重たいのだ。

 大昔のフルプレートアーマーのように、沢山の金属パーツで作られてる訳ではないのだが、それでも装備重量は15キロから20キロになる。

 ミサキさんの肉体が強化されてるとはいえ、他の装備も含めて総重量30キロともなると、さすがにスタミナ切れを起こす心配があった。

 それにだ。

 防御魔法と治癒魔法を同時に開花させた彼女に、物理ダメージを気にする必要がない。

 つまり重装甲スーツは、宝の持ち腐れなのだ。


「それってつまり⋯⋯、薄着の方が良いってこと?」

「ええ、そうですね。ミサキさんのスタイルに合わせると、こっちの方が良いかもです」

 そう言って手渡した装備を見て、ミサキさんが怪訝けげんな表情を浮かべた。

「これ?」

「はい」

 ダンジョンで生成された特殊繊維で編まれた装備だ。

 軽く、丈夫で、撥水性が高い。

 腐食性の毒を撒き散らす魔物が相手でも、これさえ着てれば大丈夫って代物だ。

 そのうえ毛細管現象もうさいかんげんしょうの応用で、体から排出された水分(つまり汗ね)を、服の外に吐き出してくれる。

 だから、どんなに暑いダンジョンで探索しても身体が蒸れる心配がない。


「でも、これってダボダボしてるわよ」

「そうですね」

 だから動きやすいんじゃないか。

「これだと、あたしのボディラインがほとんど隠れちゃうけど。いいの?」

「はいっ⁉」

「だから、あたしのボディラインが見えなくなるよね」

「ええ、まあ、そうですね」

「だったら、こっちの方が良いんじゃない?」

 そう言って彼女が指差したモノを見て、オレは唖然となった。




 ビキニアーマーだよ⋯⋯。



 ♠



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