47.念魔法 ＊＊＊
「二人とも無事……なわけないか。ほら、治癒魔法したげる」
ロベリアは二人のもとへ歩み寄った。まずは火傷が深刻なセニオルから治癒にあたる。
ウォルトは思いがけず問いを投げかけた。
「師団長……あの魔法は一体……？」
「初めて見た？ 自分で言うのもなんだけど結構珍しいからね、召喚魔法」
「召喚魔法……ですか」
「ま、込み入った話はまた今度で。あなたの傷もどうにかしなきゃだし」
ウォルトもまた、緑色の回復魔法陣から放たれる温かな光に照らされる。二人の体からは、みるみると火傷が消え始めた。
ツィーニアとフェイバルは、快速のまま扉の向こう側へと突入した。
豪勢な絨毯が敷かれた先に、中央で鎮座する大きな机。そこに腰掛けた金髪の好青年は、二人に背を向けて窓の先を眺めた。そして男は、敵を前に異様なほど落ち着き払った様子で呟き始める。
「……フォッジさん、これがあなたの見ていた景色でしたか」
「……ここに座れば何か違った景色が広がると思っていましたけど、意外に普通ですね」
フェイバルは期待せずに、その様子のおかしい男へ尋ねる。
「……ここにいるのはお前だけか。どうもここで頭張るような奴には見えねーんだが」
笑みはすぐに消え、男の覚悟を決めた眼差しが窓に反射する。
「サイネント＝ガルドシリアン。
ツィーニアは苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「戯言ね。私たちの標的はフォッジ＝ガルドシリアン。あんたみたいなクソガキじゃない」
「俺も二六歳だってのに、まだクソガキ呼ばわりか。懐かしいもんだ」
そしてサイネントは、ようやく腰を上げた。振り返ると、そこに貼り付くのはもはや歴戦の猛者の顔つき。
「元
そのとき、ツィーニアの通信魔法具は信号を受信した。すかさず指輪を顔に近づけると、聞こえてきたのは切羽詰まった通信部門の騎士の声。
「敵本拠地から装甲魔力駆動車が出発した模様！ 車はすでに包囲部門を強行突破し、現在は誘導部門が追跡にあたっています――！」
二人は確信した。そこに目当ての標的が居る。
「今すぐ位置情報を共有して」
彼女の要望に応じるように、指輪の魔法陣は液晶魔法陣へと切り替わる。そこには現在も追跡を続ける誘導部門の位置情報が表示された。
「恒帝、私が向かう。あんたはあいつを始末して」
「おう。いいぜ」
ツィーニアは側方の窓を目指して駆け出した。サイネントはそれを妨害すべく、咄嗟に魔法陣を展開する。藤色の魔法陣、それはあらゆる物体のベクトル操作を可能とする念魔法。
フェイバルはサイネントの目的がツィーニアの足止めであることを察知する。近くに転がった小さな額縁を拾い上げそれをサイネントへと投擲した。男はやむなく魔法の行使を中断して、魔法陣で額縁を防御する。そこに要した時間は、ツィーニアが脱出するに充分だった。突進して窓を割り、そのまま屋外へと飛び降りる。
ツィーニアは空中で強化魔法秘技・
フェイバルはいつもの気だるげな声色でサイネントに語りかけた。
「さあ、おめぇの介錯は俺だぞ。金髪」
「……そうかよ、赤髪」
サイネントはそれ以上語ろうとせずに、ただおももろに右腕を正面へ突き出す。
「……念魔法・
次の瞬間、巨大な藤色の魔法陣は屋敷全体をまるごと覆い尽くした。あたりからは地を鳴らすような轟音が響き始める。室内のフェイバルはその魔法陣を視認できなくとも、それが敵の一手目であることをすぐに悟った。
「……屋敷をぶっ壊そうってか」
サイネントの魔法を予測したその瞬間、突如としてフェイバルの足下だけが崩落する。
「こりゃいかん――」
三階の床が抜け落ち、フェイバルは空中へと投げ出された。それでもただ重力に身を任せることはせず、体勢を立て直して隙の無い着地に向けて備えようと試みる。そんな彼を阻んだのは、同時に落下するガラス片や床材、そして家具の木片や壁材の煉瓦。つい先程まで屋敷を構成していたありとあらゆる物体は、自然落下で生じる重力に反してフェイバルのもとを目指した。
「面倒くせーなこりゃ……！」
フェイバルは無数に飛び込む破片を防御魔法陣で弾き返す。器用に体勢を立て直すと、無事に着地に成功した。
埃と砂が一帯を覆い尽くす。視界が晴れない中、フェイバルは敵の位置を直感的に探った。視界を上向きに構えれば、そのとき舞い上がった埃や砂は一掃される。これもまた、物体のベクトルを操る念魔法の効力であった。
視界が戻ると、そこに先程まで仰々しくそびえ立った屋敷は跡形も無く消え去っていた。ただそこがただの瓦礫の山へと化したわけではなく、見慣れぬ異様な光景がフェイバルの前に広がる。屋敷の中に備えられていた武器や家具、そして屋敷を構成したあらゆる建材。あらゆる物が瓦礫と化しながらも、藤色の淡い光を纏って浮遊している。
「――俺の武器は、全てだ」
サイネントは瓦礫と共に空中を浮遊する。フェイバルの直感は的中していた。
「やっぱそのへんだったか。念魔法はなかなか見ねーから情報少ねーんだけど、まぁお前が空を飛べるってのは想定通りだ」
フェイバルは余裕を露わにしたが、サイネントは動じない。むしろ、彼はフェイバルを揺さぶり返してみせた。
「国選魔道師は大陸の最強戦力なんて持ち上げられているらしいが、それは平和ボケした馬鹿どもが見えている世界での話だ。馬鹿どもの見えない裏の世界には、その程度の魔道師どこにだって居る。伸びきった鼻へし折ってやるよ」
フェイバルは笑みを浮かべる。
「おもしれぇ。高ーい鼻に届くといいな」
サイネントは腕を空に掲げると、それを勢いよく振り下ろす。その合図に呼応して、空中に浮遊した無数の破片がフェイバルへと襲いかかった。
包囲網を抜ければ、そこに広がるのは閑静な住宅街。黒塗りの装甲車両とそれを追う騎士の車両が居なければ、の話ではあるが。
「もっと速度を上げろ！！」
「これが限界ですっ……！」
追跡を続ける車両では班長を務める男が運転手の騎士へ
なかなか距離が詰まらないなか、突如として前方から魔法弾が放たれる。騎士の車体は激しい音を立てた。
「装甲車がこれほどの悲鳴を……なんという威力だ……！」
班長が思わずうろたえるうちに、同乗する若い騎士は魔法機関銃を手に取った。身を乗り出して反撃を試みる。狙いを定めて引き金を指を掛けた、その刹那だった。
車両から身を乗り出す騎士を颯爽と横切ったのは、刃天・ツィーニア。彼女の強化魔法秘技・
「こ、ここは
班長の騎士は、身を乗り出した若い騎士を制止する。賢明な判断だった。
ツィーニアは腰に差した魔法剣・ヘブンボルグを抜くと、敵の車両に向かい強力な一太刀を繰り出した。振りかざした刀身から生み出された魔法刃は、三日月の形を成して目標物へと伸びる。
【玲奈のメモ帳】
No.47 魔法刃
魔法剣に宿した魔力を斬撃に乗せて解放することにより、魔力の刃を放出する技術。魔法陣と同様に、その硬度や切れ味は術者の魔力に依存する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます