46.黒の翼 ＊＊＊
本部の騎士らは、作戦の中枢の担うメインサーバー通信魔法具の防衛戦を強いられた。軽装備の情報部門騎士に、武装を済ませたマフィアを相手取る準備は無い。防戦一方の彼らを救えるのは、屋敷の外に控えた二人の魔導師のみであった。
ムゾウは玲奈に視線で指示を送る。玲奈はそれが戦闘の合図なのだと察知できた。愛銃を取り出して構えることで、意思疎通が成功したことを示した。
敵は掃射を続けながら、じわりじわりと屋敷の入り口へ前進を続ける。作戦本部への突入は時間の問題だろう。
あっと言う間にして、襲撃者の先頭は二人の潜む植え込みに並ぶところまで接近する。もう一歩踏み込まれてしまえば、二人は多勢に晒されることとなる。銃声も耳障りに感じるほど近い。
玲奈はついに焦り出すが、これこそムゾウが待ち望んだ間合いであった。彼は腰に差した剣の
「強化魔法・
瞬時に敵を懐へ忍び込んだムゾウは、一振りの太刀で敵三人を同時に切り捨てた。素人の玲奈では刃が視認できぬほどの早業、それは正真正銘の居合術。
玲奈もムゾウに続いて敵を攻撃する。いまだ人を殺すという感覚には、吐きそうなほどの罪悪感を感じる。自信が命を落とすことへの恐怖よりも、他人を殺めるという事実に恐怖する。鬱陶しい震えが止まらなくなった。
それでも、これが彼女の選んだ魔導師という道。救いたい命を選別しなければならない。あまりに冷酷な現実を掲げ、着実に弾丸を命中させた。
ムゾウへの被弾を避けるべく、彼から距離のある敵を一人ずつ撃ち抜いてゆく。休日を返上してヴァレンから銃術を学んだ成果は、確かに現れた。
ムゾウはその刀身を敵に見せることなく、抜刀術のみで次々に敵を地に伏してゆく。屋敷への攻撃に気を取られて対応に遅れたマフィアたちは、誰一人として彼に対応できなかった。
幸いにもそこにマフィアの中核となる人間の姿は無く、二人の魔導師は瞬く間に制圧を終えた。あれほど圧迫感を覚えた弾幕はぴたりと消え去る。
「……さすがは恒帝殿の付き人ですね」
ムゾウは植え込みのほうへ引き返しながら語った。
「い、いえいえ。そんなたいしたことは何も……」
「素晴らしい腕前でした」
たとえ社交辞令だとしても、玲奈にはこれが素直に嬉しい。だいぶ心の距離が近づいた気がした。
そしてその思い込みからか、玲奈はどうしても気になったことを質問してみる。その内容は、彼の見せた剣術について。
「あ、あの、急に変なこと聞いちゃうんですけど、もしかして異世界から来た人だったり……？」
「……？」
「さっきの剣術って、完全に日本伝統のソレでしたし……」
彼女の読み重ねてきたラノベにおいて、異世界転生モノの主人公がまた別の転生者と出会うのはセオリー。そんな概念がここにも存在するのでは、という淡い期待で尋ねたわけだ。
そんな期待も虚しく、ムゾウはきょとんとして首を傾げる。
「いえ自分はミヤビ出身ですね。それに私の剣術は、ミヤビに伝わる伝統武芸ですが……？ それがどうか……？」
お門違いだった。玲奈は裏返りそうな声で誤魔化す。
「な、何でも無かったです！ す、すいません！！ 忘れて！！」
ムゾウは勝手にテンパる玲奈を見て呆然とした。それでもどうにか、また緊張感を取り戻して声をかける。
「……よく分かりませんが、忘れましょうか。さ、引き続き見張りを続けましょう」
二人の活躍により、作戦本部はすぐに機能を回復した。騎士たちは再び席に着くと、メインサーバー通信魔法具を起動し始める。
マディーはオルドットへと歩み寄った。
「オルドットさん、申し訳ありませんでした。私が判断を誤ったばかりに」
オルドットは手慣れた様子で通信魔法具を弄りながら応える。こちらへ目を合わせずとも、温かみを感じる声色だった。
「……気にしなさんな。確かな指揮には、幾分か経験が必要なものよ」
新人騎士が編成された包囲部門第六班は、突如現れた炎の魔導師・レイダー＝クレイミアによる襲撃を受けた。そして瀕死へと追い込まれた彼の手により、上空には赤い魔法陣が無数に展開される。膨らみだす火球は、いまにもこぼれ落ちて街を焼き払いそうだった。
空を見上げたウォルトは、その光景に動揺を隠せず取り乱す。
「な……何とかしないと……全員死ぬ……」
そして彼の正義感は自己犠牲を正当化した。勇気と無謀が混同しながら、それに気づかず脚だけが回る。
ウォルトは雄叫びと共に、空に向かい無造作に魔法陣を展開した。彼は魔法の相殺を試みたのだ。
ウォルトはレイダーに対抗すべく、限界まで多くの魔法陣を描き出す。その急激な魔力消費は肉体へ作用し、魔力負荷なるダメージを背負わせる。鼻血が滴り、口から赤い塊が零れた。
セルニアはウォルトに駆け寄り、鬼気迫る表情で訴えかける。
「やめろウォルト！ 一気に魔力を使いすぎるのは危険だ！！」
ウォルトは応じない。それは己の志す騎士道の為に。
そんなとき、レイダーは右手を大きく振り下ろす動作をする。
「流星よ……数多の命を焼き払え――！！」
血にまみれたレイダーは狂ったように笑った。大空を覆う数々の魔法陣から、ついに巨大な火球が零れ出す。
セニオルは目を見開く。空はまさに終末を体現していた。街を守る手段に、あるいはまず目の前の無謀な騎士を守る方法に思考を巡らす。しかし無情にも、どれだけ費やそうと結論には至らない。あまりに明瞭な魔力の差が、いかなる思考をも破綻させる。
そのときセニオルは上空から一つの気配を感じ取る。そこに一筋の希望は確かにあった。男はすかさず、強引にウォルトを押さえつける。ウォルトは集中を乱され、彼の手によって展開された魔法陣は一つずつ消滅した。
「……セニオルさん！ 放してください――」
「今は黙って伏せるんだ！！」
降り注ぐ火球はみるみると辺りの家屋へ近づく。そして次の瞬間、火球は建物に衝突し全てを焼き払う。王都の中心部は、この先数年にわたり焼け野原からの復興を余儀なくされる。そんな未来がよぎった。
しかしその悪夢は、ある者の登場によって覆る。
突如上空に現れたのは、漆黒の翼をたなびかせる大きな鳥獣。そしてどこからともなく現れた無数の鳥獣は群れを成し、それぞれが火球へと突入してゆく。空を覆っていた火球は、鳥獣に貫かれ風船のように弾けた。地上には小さな火の粉がぽつぽつと降り注ぐものの、その小さな火種はすぐに途絶える。
事情を把握できないウォルトは、その光景に圧巻されて独り言を零した。
「な……なんだこれ！？ 何の魔法なんだ……？」
セニオルは少し微笑んだまま応じる。
「ウォルト、俺らは運が良い。目に焼き付けておけ。これが、
巨大な火球は瞬く間にして消失し、空はいつもの平穏を取り戻した。レイダーはそれにただ絶望する。ついに全ての打つ手を失った男は、瀕死の状態で地面へと這いつくばった。
「……なんだってんだよ」
最期の大魔法は忽然と封じられた。それでも男は体内に残る僅かな魔力を絞りだそうと、魔法陣の展開を試みる。執念だけが男を動かした。
しかしながら、その意地もまたすぐに摘み取られる。どこからともなく現れた黒い獣は、近くの屋根から飛び降りると男を下敷きにした。獣の巨体に押し潰され、レイダーはついに息絶える。
獅子のような見た目の獣には、それへ腰掛けるロベリアの姿があった。彼女はその魔獣から飛び降りると、顎の下を撫でてそれを愛で始める。
「ありがとーね、レオちゃん」
彼女は続けて空を仰ぎ、手を振った。
「フーちゃんたちも、ご苦労さまでしたー！」
火球を撃墜した黒い鳥獣たちは、屋根の上で利口に佇む。そしてその鳥獣たちの足下へ灰色の魔法陣が現れると、彼らは颯爽と姿を消した。
【玲奈のメモ帳】
No.46 召喚魔法
魔法陣をゲートとして魔獣を召喚する希少な発現魔法。召喚された魔獣は都外に生息する理性なき魔獣とは異なり、術者へ誠実に服従する。魔法陣の色は灰色。
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