45.仁義と正義 ＊＊＊
王都マフィア本部で行われたのは、いうなれば一方的な殺戮であった。腰に差す愛剣を抜いたツィーニアは、それを片手に次々と構成員を葬ってゆく。圧巻の速度をもって執り行われる処刑を前に、彼らは照準を合わせることすら叶わなかった。
刃天・ツィーニアはヴァレンと同じく強化魔法に適性を持つ。そしてフェイバルと肩を並べる国選魔導師である以上、彼女もまた秘技魔法の使い手であった。
強化魔法秘技・
さらに彼女を強者たらしめる魔法こそ、強化魔法秘技・
「……やっぱりただの兵隊ばかりね」
ツィーニアの一方的な攻略は、忽ち一階の人間を肉片へと変貌させてゆく。大広間から伸びる廊下を突き当たりまで進んだとき、ようやく彼女その進撃を止めた。一階層の掃討完遂である。
「……くだらない。
ツィーニアは大広間へ戻った。大階段に視線をやれば、そこではフェイバルが大人しく座り込んでいる。どうやら退屈してる様子だった。
ツィーニアは黙り込んだままフェイバルを見上げる。彼は寸暇遅れて彼女に目を合わせた。
「……あんた、何してんの？」
「何って、待ってたんだよ。二階は終わったから」
屋敷は三階層の構造。フェイバルは三階の突入を待つべく、ツィーニアの帰りを待っていた。
ツィーニアはどこかお膳立てされているような気がしたので、それとなく皮肉な呟きを零してみる。
「仕事の早いこと。中距離魔法で殲滅できるあんたの能力は便利でいいわね。私の大剣は屋内じゃ全力を出せないってのに」
「そりゃー仕方ねぇだろ。お前が建物ぶっ壊して、その瓦礫で国選魔道師が潰されて死んだ。そんなの目も当てらんねー」
「あら、それなら屋敷の外から屋敷ごと吹き飛ばしたほうが依頼も早く済んだかしら」
「お前がそれをする気にならねー事情があるから、今から三階行くんだろうが」
そしてフェイバルは立ち上がる。肩を回し、ひとつ深呼吸を行った。
「それに王都のど真ん中でデカい魔法ぶちかますのも、気が引けるってもんだろ」
やはり、お膳立ての存在は確からしい。ツィーニアは大階段に一歩を踏み出しながら吐き捨てた。
「……変なところで気が利くのね。癪だわ」
「……酷くね？」
「――ウォルト、もう一度仕掛けるぞ！」
セニオルは剣を強く握り直した。ウォルトは熱傷を負いつつも、目の前の男に続くべく体勢を立て直す。レイダーはその必死な様子を嘲るように呟いた。
「その重傷で、今更何をする気かなぁ」
男の煽りに聞く耳を持つことなく、騎士らは攻勢への転換を試みる。セニオルは強力な踏み込みで、再び男に突撃した。
「……またそれか」
瞬く間に間合いへと飛び込み、単調な斬撃を落とす。レイダーは騎士という生真面目な生き物の性質から、そのように予測した。
しかし騎士にも、己の戦い方というものがある。たとえそれが王道ではなくとも、彼らは信じた正義の為に敵を討たねばならないのだから。
セニオルは魔法剣を振り上げる。しかしその間合いはまだ遠く、レイダーを直接刃で捉えることはできない距離であった。
レイダーの目には、それが上段へ剣を掲げて急所を丸出しにした無防備な男に映る。無論、それを見逃すような魔導師ではない。迎撃を試みるべく、魔法の行使へと入る。
その直後、レイダーには別の可能性がよぎった。セニオルが握るものは、魔法の力を宿す魔法剣。ただの鉄の剣とは違うのだ。
レイダーの思考は的中した。セニオルの剣は忽ち光を纏い始める。そしてそれが振り下ろされると同時、放たれたのは三日月型を成した光の刃。魔法の刃、すなわち魔法刃は、地面を抉りながら真っ直ぐに男の元へ直進した。
「――っとお」
レイダーは飛来する刃を飛び越えて難を逃れる。しかし男の体が空中に漂うその瞬間こそ、二人の騎士が欲した刹那。完璧な位置取りを済ませたウォルトは、空中のレイダーを標的に魔法刃を放った。
空中では回避する術の無いレイダーは、防御魔法陣での展開を迫られる。赤い魔法陣がウォルトの魔法刃を容易く弾くと、レイダーはそこでようやく地上へと降り立った。
「――ここが戦局の節目だ！」
新人の魔法が押し負けることはセニオルの想定内。レイダーの足が地についたそのとき、セニオルは男のすぐ目前まで急接近していた。
セニオルは低い体勢から鋭い眼光でレイダーを見上げる。まだ体勢が安定しないレイダーは、迫り来る男へついに戦慄した。
（
してやられた。そんな回想のうち、セニオルの剣は躊躇いなく振り下ろされる。それでもレイダーは咄嗟に防御魔法陣を展開してみせた。
両者の全身全霊を込めた攻防は、完全に拮抗する。その
「……良いこと教えてやる。魔力ってのは……火事場の馬鹿力。時に精神が、限界を超えさせてくれる……！ 俺はそいつに、全てを賭けるぜ……！」
セニオルの押し込みは一層にして強まる。レイダーはたった一瞬ながらも、その威圧感に怯んだ。そしてその一瞬こそ、戦闘の結末を大きく左右する。
「おいおいおっさん！ 冗談だろ！？」
レイダーの防御魔法陣には亀裂が生じ始め、それはついに砕け散った。勢いの残った剣先はレイダーを横腹から胸にかけて引き裂く。紛れもなく会心の一撃であった。
それでもなお、レイダーはまだ地面に伏さない。男は顔を歪めながらも、瞬時に後方へと引き下がった。そこでついに膝をつくものの、確かにまだ意識を保っている。
胸元からは止めどなく血液が流れ出る。致命傷なのは明らかだが、それが男の底力を呼び起こしてしまった。
「畜生……俺がこんな奴に――！！」
セニオルの剣戟は、あと少しの所で男の命を狩り損ねた。即死を逃してしまったのは痛恨だった。なぜなら死を間近にした人間もまた、精神の高ぶりで魔法を強めるのだから。
取り乱したレイダーは、絶え絶えな息のまま魔法を詠唱する。それは単なる意地というより、執念の一撃。
「炎魔法・
男は振える腕を天へとかざす。その魔法は、空に無数の赤き魔法陣を生んだ。
終末を思わせる赤の空は、セニオルでさえも愕然とさせた。浮かぶ無数の魔法陣は、巨大な火球を育み始める。間もなくして発動すれば、ここら一帯は丸焦げを免れない規模であることは想像に容易い。
「街中でこんな魔法を……！！」
セニオルは思いがけず狼狽した。レイダーにそれを嘲る気力は無かったが、彼はふと心に秘めた確固たる覚悟を打ち明かすのだった。
「騎士がくだらねぇ正義を掲げるように……マフィアにも……仁義がある。仲間の為に……死力を尽くす。あんたらと……同じだァ！！」
その雄叫びと共に、レイダーは魔力を急放出した。魔力放出による体への負荷など、気にも留めずに。鼻腔や
フェイバルとツィーニアは屋敷の三階へと至った。
「……なんだか妙だな」
そこはどういうわけか、全くもって
それでもそんな違和感が足を止める理由にはならない。二人はどこか異様な空気を感じつつも、廊下の奥にある両開きの扉へ足を進めた。まず常識的に考えれば、その中央の扉の奥こそ玉座であろう。
フェイバルはツィーニアに思い当たる節が無いか探るべくふと呟いた。
「一階と二階で全員だったってのか？ 王都マフィアもこれほど勢力を失ってた……とは思えないんだが」
「ええ。そんなことはあり得ない」
「やっぱ何か知ってる口ぶりだな」
「……まだ、いる。マフィアの誇る大きな戦力が、少なくとも一人」
「なるほど。そいつに用があるってことだな。まあ、ここで籠城してるとも限らねーけど」
「ここから出たのなら、じきに包囲部門の騎士から連絡が入る。そしたらそこに直行すればいい」
「まったく自由なお方ですなぁ」
そんな会話の最中だった。まるで二人の会話を乱すように奇襲は行われる。前方にそびえた二枚の扉が金具ごと外れると、それは突如として二人を目がけて突撃を開始する。まるでそこだけ、重力が捻じ曲がったかのように。
その速度は、フェイバルに防御魔法陣を展開させる暇を与えなかった。しかし軋む音にわずか早く反応したツィーニアは、もはや本能的な速度で腰の愛剣を抜く。フェイバルの一歩先に出れば、迫り来る扉へ流れるように刃を通した。
扉は木片となって床へ散らばる。正体不明の攻撃は防がれたが、二人はそれが単なる第一波であることを察知していた。
「恒帝ッ！」
「おう……！」
次の瞬間再びこちらへと飛来するのは、高価そうな花瓶や絵画。厚みのある本や金属製の皿。先程の初撃がただの前座にすぎないという推察は正解だった。
二人は廊下を一気に駆け抜る。強化魔法秘技・
「お……おい！」
フェイバル以上に周到で冷静なはずのツィーニアが単騎突入を強硬する、その様はフェイバルにとって違和感そのものであった。
「らしくねーなぁ」
やむなく彼は、光魔法秘技・
作戦本部もまた危機に瀕していた。マディーの推測通り、その屋敷にはマフィアの戦闘員たちが続々と現れる。外から見れば何の変哲もないただの屋敷にすぎないというのに、彼らはこの場所が基地であることを突き止めたのだ。
「国の犬共に、
一人の咆哮を皮切りに、正門に集った黒服の男たちは魔法機関銃による一斉掃射を仕掛けた。凄まじい物量の魔法弾が弾幕となって襲いかかる。それは屋敷の壁面を大きく抉り、窓を軽々と粉砕した。
「――総員伏せろ！！ 回避！ 回避だ！」
マディーは通信部門の騎士ら
皆が頭を抱えて身を守る。そんな状況で、たった一人の騎士だけがメインサーバー通信魔法具を背に立ちはだかった。
「オ、オルドットさん！！ 危険です！！」
その騎士は、大型の通信魔法具を包み込むように防御魔法陣を展開する。防御魔法陣は物量に押されすぐに亀裂が走り始めるが、彼はそれでも立ち続ける。
「マディー君、こいつを守らなくては本末転倒だ。作戦の中枢機能を喪失するぞ」
色の落ちた髪でも紳士のような気品を併せ持つオルドット＝パラレインはという男は、第三師団随一の古株騎士。かつては第三師団長を務めた実力者だが、高齢ゆえにその座を降りた。それでも現役であり続けるこの男の人生は、まさに騎士道と共にある。
マディーはオルドットの姿に息を飲んだ。己の過ちを痛感しながらも、すかさず指示を改める。
「総員、防御魔法陣を展開！ 通信魔法具を死守せよ！！」
騎士たちは恐れること無く、即座にその指示へ答えてみせる。オルドットの防御魔法陣を補強するように重ね合う無数の魔法陣は、次第に強度を取り戻した。
【玲奈のメモ帳】
No.45 レイダー＝クレイミア
掻き上げた淡い色の金髪が特徴的な王都マフィア幹部の男。サイネントと同じ二八歳。パドの率いたダストリン工場の陥落以降はマフィア本部の屋敷から離れた廃屋で有事に備え、遊撃隊を組織した。
炎魔法を扱い罠（トラップ）での戦闘を得意とする。感情的な一面を持ちつつも、戦闘では非常に頭が切れる。
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