　フェイバルは玄関の大きな扉の前で立ち止まる。ツィーニアは血濡れた大剣を肩に担ぎながらそこへと歩み寄った。

　「さっさと開けて。どうせ小賢しい策でもあるんでしょうけど、期待しないでおくわ」

フェイバルは右の拳を固めると、熱魔法・装甲（アーマー）を行使した。高熱を纏った右拳が扉へと叩きつけられた瞬間、扉は木屑と化して熱風と共に屋敷の奥へ吹き飛んでゆく。高温の木屑は屋敷に火の粉を撒き散らして焦げた匂いで充満させた。

　彼女の予想通り、すぐにそのお返しが訪れる。二人の国選魔導師を襲うのは魔法銃の弾幕射撃。無数の魔法弾が雨そのもののように降り注いだ。一階と二階に居る数十名からの一斉掃射。普通の人間ならばすぐに命を奪われてしまうような、圧倒的な物量である。しかしこの場に居るのは、二人の怪物。彼らにとっては全くもって意味の無い杜撰な攻撃だ。鍛え上げられた二人の防御魔法陣はその掃射をもろともせず、容易く弾幕を止め続けた。

　フェイバルはさらに魔法陣を展開する。大量に展開された魔法陣は、前方の広間・正面の大階段・側方に伸びる廊下まで、あらゆる方向を射程に取り込む。

　「光熱魔法・烈線（レーザー）……！」

フェイバルの合図を皮切りとして、無数の魔法陣は一斉に熱線を吐き出す。眩い光にツィーニアは不快そうに目を逸らした。熱線は激しい音をまき散らしながら、光速で敵を焼き払い貫く。

　僅か数秒後。役目を終えた魔法陣は次々に消滅してゆく。先程まで銃声が鳴り響いていたフロアは、一瞬にして静まり返ってしまった。そこらじゅうに焼け焦げた死体が転がる。空間は人間の焼けた嫌な匂いが包み込まれた。

　ツィーニアとフェイバルは警戒を怠らずにあたりを見渡す。

　「標的は横の廊下か、階段の先か。どうするよ刃天（じんてん）。偉い奴は上の階に居るもんだと思うんだが」

　「作戦は確実に、よ。私が一階をクリアするから、あんたは二階に行きなさい」

　「……了解した」

二人は互いに背を向けた。

　包囲隊の騎士たちは目標屋敷の死角に入って偵察を続けていた。

　「今のところ、異変はないようね、ウォルト」

若い騎士の女は石の塀に身を潜めながら、少し表情を和らげて隣の同僚に話しかける。少し離れて茂みから様子を窺う同僚は得意げに応えた。

　「そりゃそうだろファイラ。だって国選魔道師が二人も動いてるんだぜ。あそこに居て誰が逃げられるってんだよ」

口数の多い二人の騎士のもとへ中年の騎士・セニオルが近づく。

　「油断はするな。まだ何が起こるかわからんのだ」

　「は、はい」

　「全く、駄弁るのもほどほどにな」

そこであまりにも自然に会話へと参加する声がひとつ。

　「ああそうだ。油断はすべきじゃねえな」

　三人の騎士は思わずギョッとした。塀の上から聞こえたものは、全くもって聞き覚えの無い声。明らかに騎士のものではない。なぜなら彼らの背後に居た男が、マフィアが有する別動隊の隊長・レイダー＝クレイミアの声であったから。セニオルは、その不審な男から立ちこめる殺意を即座に感じ取った。

　（まずい――！！）

　セニオルはいち早く声の方に振り向くと、同時に二人の新人の騎士を塀の遠くへ突き飛ばした。その直後、年上の騎士は全身を炎に包まれる。

　「セ、セニオルさん……！！」

ファイラは突然の出来事に取り乱した。しかしウォルトは、そこで今すべき事をすぐに理解する。

　「み……水魔法ォ！！」

ウォルトはセニオルに向かって大量の水を噴射した。すると男の体を包み込んでいた炎はみるみると消えていく。セニオルは一息つくと、二人の新人騎士へ指示を飛ばした。

　「ファイラは応援を呼べ！！　ウォルト、応戦するぞ！！」

　「はい！」

冷静さを取り戻したファイラは物陰に潜むと、指輪で本部へと連絡を繋いだ。ウォルトはセニオルに並ぶ。剣を握った手は少し震えていた。

　「ウォルト、助かったぞ。お前が水の魔法を使えなきゃ俺は死んでいたからな」

　「えぁ、はい……」

　「実戦は初めてだろう。一つアドバイスだ。実戦ではいくら力に差があろうと、先に死ぬのは先に隙を突かれたほうだ。気を緩めるなよ」

　「は、はい！」

塀の上にしゃがみこんでいたレイダーはそこから飛び降りる。淡い金色の前髪を掻き上げると、不敵な笑みを浮かべた。

　「火葬って知ってるかぁ？　どうやらミヤビ自治区ってとこでは、炎で人を弔うらしいぜ」

　ファイラは通信魔法具に魔法陣を開いた。声の震えは抑えきれない。

　「こ、こちら包囲隊第六部隊。接敵、接敵。応援を要請します」

　「そこが安全であれば、敵の人数と詳しい状況を教えてください。それが不可能であれば――」

　「敵は一名、現在同部隊所属のウォルトとセニオルさ、セニオルが応戦しています！」

　「了解。包囲隊第一部隊から応援を向かわせます」

　作戦本部は緊迫していた。騎士が声を荒げる。

　「副団長！　包囲隊第三部隊からの定期連絡が途絶えました！！」

　（第三部隊。ココから最も近いポイントに配備した部隊か。穴埋めをしたいところだが、包囲網をむやみに動かすわけにはいかん。これ以上部隊を細分化するのも危険だ……）

マディーは思案を巡らせると指示を出した。

　「ここを防衛している魔導師たちへ連絡してください。作戦本部の存在を特定された可能性が高い。備えよと」

　「いくぞ！」

　セニオルとウォルトは剣を抜くと、強く踏み込んで男との距離を詰めた。

　「……騎士ってのはいつでも真っ向勝負だな。馬鹿正直で助かるぜ」

レイダーはあえて二人をギリギリまで引き寄せたその瞬間、魔法陣を展開する。真っ赤な魔法陣から出現するのは激しい炎。炎魔法・放射（ラディエイト）。

　セニオルはウォルトの一歩先に出ると、魔法剣を振りかざした。燃え盛る火炎は斬撃によって分断され、消滅する。ウォルトは炎の間へ飛び込み、思い切り剣を振り下ろした。

　「ハッ――！！」

　「単純馬鹿は殺りやすいね」

ウォルトの鋭い斬撃は無情にも空を切った。束の間、彼の足下に突然赤色の魔法陣が出現する。

　「ウォルト、離れろ！！」

次の瞬間、魔法陣から火柱が勢いよく噴き上がった。　

　「炎魔法・罠（トラップ）……！　火加減はどうかなぁ？？」

罠（トラップ）は接触を条件として魔法を発現させる。レイダーは火柱の前方でニヤニヤと笑みを浮かべた。

　「クソっ！！」

セニオルは剣を握りなおすと、その剣でウォルトを包み込む炎だけを器用に切り裂いてゆく。巧みな剣さばきで炎が消滅すると、セニオルはウォルトに肩を貸した。

　「お二人とも相当な全身火傷だが……大丈夫かい？　治癒魔導師さんはいないのかぁ？　さっきの女がそうか？」

レイダーは楽しそうに二人を煽るが、セニオルは口角を上げて話し始める。

　「いねえよ。ファイラもまだ治癒魔法は使えない。にしてもお前は運が良いよ。うちの部隊は新人二人に、その教育係の俺だけ。経験も人数も他部隊より劣る。恐らく今回の作戦で最も脆弱な部隊だ。だが忠告しておくぜ。俺たちを今殺しておかないと後々苦労するぞ。なにせこういう逆境から得られる経験値ってのは莫大だからな」

【玲奈のメモ帳】

No.44　混合魔法

二種以上の属性を混合させた魔法の総称。この魔法は多くが術者のオリジナルであり、混合魔法を記した魔導書はほとんど存在しない。属性には必ず主属性と副属性の概念が存在し、魔法陣の発色によって判別される。フェイバルの光熱魔法は光魔法（山吹色の魔法陣）と熱魔法（深紅色の魔法陣）の混合魔法であるが、魔法陣が深紅色に発色するため熱魔法が主属性と判別できる。