Just-Ice ～明星の注ぐ理想郷にて～

43.世代交代 ＊＊＊

　玄関前での騒動を屋敷の中から窺う若い男が一人。金色の短髪が特徴的なその男は、名をサイネント＝ワーティクルといった。ファミリーきっての出世頭である彼だが、国選魔導師による攻撃を前にしてしまえばついに冷静を欠く。彼は切羽詰まった様子で声を絞り出した。

　「……ここまで堂々と来るかよ」

窓へ向いた視線を戻す。すぐさま同じ広間に控える男たちへと指示を飛ばした。　

　「徹底応戦だ！　頭領（ドン）を逃がす時間を稼ぐ！　どんな手でも使え――！」

まだ若くとも、その男の影響力は強い。男たちは各々が得物を握り始めると、慌ただしく広間から流れ出てゆく。

　サイネントもまた広間を後にすると、そのまま大階段を駆け上がる。目指すは、彼の敬愛する　頭領（ドン）のもと。

　最上階に辿り着けば、中央のそびえる扉を無遠慮に叩き開けた。大きな音で部屋の奥の二人がこちらへと振り返る。サイネントは息を乱して訴えた。

　「頭領（ドン）、奇襲攻撃です！！　国選魔道師が二人も相手じゃ分が悪い！！　早く退避を――」

頭領（ドン）と慕われるその男は、サイネントの声を遮った。そして彼は慌ただしいその男と対照的に、異様なほど落ち着いた声色で呟く。

　「……王都に拠点を据えながら、今まで何十年と野放しにされてきたんだ。時が満ちた、ただそれだけのことだろうよ」

サイネントはただ同じ文句を繰り返すのは、かすかな反抗心の表れだった。

　「頭領（ドン）、今すぐ避難をお願いします……！」

そのとき頭領（ドン）・フォッジ＝ガルドシリアンは、懲りもしないサイネントへと歩み寄る。次の瞬間、男は豹変してサイネントへ眼光を突き刺した。地を這うような重たい声色は貫禄を帯びる。

　「……お前はいつから俺に命令できる立場になったんだ？」

　サイネントはすぐにすべきことを理解した。頭領（ドン）とはすなわち、組織における絶対的存在。刃向かうことは許されない。

　サイネントはその場で膝を突くと、床に頭を押しつける。しかしそこで放たれた言葉は、先の反抗への謝罪ではない。

　「失礼は承知です！！　それでもどうか、どうか……逃げてください！　俺はあなたに死んで欲しくない！！　あなたは俺の親なんです――！！」

紛れもない、純粋なる感情の吐露だった。そしてそれは、フォッジの心情を揺する。たとえ悪しき道に踏み入った彼らでも、人間には変わりないのだから。

　「俺らは生きる為に盗み続けた。誰であろうとも、組織の為に殺した。その瞬間を生きるために、踏み入っちゃいけなぇ地獄を選んだんだ。綺麗な死に方はできねぇし、許されるはずもねぇ」

それは聞く者によれば、反省ともとれる言葉。組織を率いる者の言葉には不適切かもしれない。しかし男は言葉と裏腹に、そして確固たる意志を示すように、机から愛銃を拾い上げて懐へと収めた。

　「生への執着のため、一度選んだ地獄の道だ。そこらの不良とは別のマフィアという生き物ならば、最期は泥臭く足掻くのがお似合いだろう」

フォッジの決意表明に、サイネントは唇を噛みしめる。頭領（ドン）の名を背負ったその男に、一歩たりとも引くつもりは無い。親である男を逃がすという未来は、無情にも途絶えた。

　一呼吸置くと、フォッジは続ける。彼はそれが最良の決断であると踏んだのだ。

　「サイネント、お前を頭領（ドン）に任命する」

　名を呼ばれたその男は、思わず顔を上げた。唖然とした表情は隠せない。

　「その器を持つのは、この場にお前だけだ。好きに足掻きやがれ。この萎れた老兵にも、好きな指示をくれてやればいい」

　マフィアとして生きる者の誇りを汚さないため。そして目の前で柄にも無く声を荒げた、一人の子のため。フォッジの決断は、そのどちらをも尊重した。

　サイネントはゆっくりと立ち上がる。あえて目の前の老兵に礼を言うことはせず、そばに控える大男へと指示を出した。

　「……ブロニア。フォッジを連れてここを脱出しろ」

ブロニアは突然の出来事の連続に驚きを隠せず返答する。

　「サイネントさん、本当にいいのか？」

　「頭領（ドン）の命令は絶対だ。逆らうことは許さん。さっさと行け」

フォッジはブロニアへ粛々と命令を下すサイネントを見て、ただ笑みを浮かべた。

　「…老いぼれとはいえ、先代にずいぶんと恥かかせてくれるじゃねぇか。だが当代の命令じゃ仕方ねぇな」

フォッジは惜しむこともせず、サイネントを横切る。開かれたままの扉へ向かいながら、背を向けたままブロニアを手招いた。

　ブロニアは強引に事情を飲み込む。サイネントへ頭を下げて呟いた。

　「……ご武運を」

そうして二人は部屋を後にした。

　サイネントには分かっていたのだ。フォッジという男は、決して己の逃げる為にその名を譲ったのではない。これはその地位を志し続けていた自分を想った上の選択なのだ。

　「俺はあなたのくれたチャンスを無駄にはしません。無様でも足掻いてみせますよ」

部屋に一人取り残されたサイネントは手を打つべく、通信魔法具を起動した。

　「こちら本部、応答せよ」

　「……こちら遊撃部隊。そっちの様子はこちらからも見えてるよ。サイネントくんや、いよいよだねぇ」

　「……ああ。本部が攻撃を受けている。突入してきたのは国選魔道師の恒帝と刃天。このままだと、うちは間違いなく壊滅する。だからレイダー、今こそお前らが動くときだ。本部に戻って敵を挟み込め」

通話越しの声はしばし黙り込んだ。それから僅か経って、声の主は言いずらそうに絞り出す。先程までの浮ついた口ぶりは重く沈んだ。

　「……サイネント、それは無理そうだぜ」

　「……どういうことだ」

　「どうやら相当な規模の騎士が出動してるみたいだ。気づかぬうちに、屋敷はもう完全包囲されてる。遊撃隊（ウチ）が近づこうとすれば、きっと大勢引き連れることになるぜ」

　「……それほどまで水面下で動いていたのか。それも、こちらが気づかぬうちに」

　「キメェほど親思いなお前のことだ。目的は奴らの返り討ちじゃなく、頭領（ドン）を逃がすことだろ。屋敷から人を脱出させるだけなら、まだ一つだけ有意義な手がある」

サイネントはレイダーの提案を尋ねた。

　「……聞かせてくれ」　

　「この規模の作戦ともなれば、実動してる騎士が持つ通信魔法具からの情報量の膨大だ。つまるところ、奴らにはその情報系統を管理する前哨基地が必要になる。そいつはきっと、作戦専用のメインサーバー通信魔法具を置く為の場所だ」

　「俺の推察では、騎士の一人や二人に口を割らせてすぐに情報を特定できる。遊撃隊（ウチ）ができることは、その前哨基地を叩くこと。通信が麻痺しちまえば、包囲網はただのザルになる。もし遊撃隊（ウチ）がしくじっても、少なくとも数分はあいつらの注意を引き寄せることができるだろうよ」

　「ああ、それで異論ない。頼まれてくれるか」

　「……なんだよ、前はもっと人使い荒かったろ、お前。気持ちわり」

サイネントは自然と口角を上げて返答した。同期であるレイダーと共に命を張ることへ、ささやかな充実を感じていたのかもしれない。

　「……ありがとよ、レイダー」

　国選魔道師が突入を開始した屋敷と離れた場所にて。ひっそりと佇む廃れた屋敷の扉は、勢いよく吹き飛んだ。淡い金髪を掻き上げたその男は、数名の男を従える先頭にて呟く。

　「さあ、レイダー様率いる魔法遊撃隊、出動だ……！　はは、なんか騎士みてーで気分悪ぃぜ」

【玲奈のメモ帳】

No.43　王都マフィアの掟・頭領（ドン）の絶対的権力と継承

王都マフィアでは、頭領（ドン）と呼ばれるトップが組織の全権を掌握する。また、頭領（ドン）は指名によって新たな頭領（ドン）へ全権が継承される。継承に際し、組織初代の名であるガルドシリアンが襲名されるという慣例がある。