42.そして火蓋は切り落とされる ***
「こちら包囲部門第一班。今のところ本拠地に妙な動きは無いわ」
通信魔法具で一報を入れるのは第三師団長・ロベリア。彼女は包囲部門の主戦力として、作戦の最前線に立つ。
「了解。そのまま目標の偵察を続けてください」
ロベリア率いる包囲部門第一班は、第三師団の精鋭である第一部隊の面々が顔を連ねる。彼らは敵拠点のすぐ正面に位置する屋敷の塀へ身を潜め、偵察を行っていた。本部の騎士はロベリアに更なる情報を届ける。
「たった今、国選魔導師が本部を発ちました。まもなくそちらへ到達します」
「了解。誘導部門は順調かしら?」
「今のところ問題はありません。敵拠点に隣接する貴族の避難が三分前に完了し、ここからさらに範囲を広げて避難誘導を行っていく手はずです」
「ありがとう。一度通信を切断して偵察を続けるわ」
ロベリアの指輪から魔法陣が消えた。第一班の騎士たちは、それぞれが身を潜めながら拠点を注視する。
「いよいよ……ね」
作戦中の騎士や魔導師たちが装着する指輪型通信魔法具から莫大な情報を一挙に受信するのは、屋敷の広間の中心に設置されたメインサーバー通信魔法具。複雑な形状を持つそれは、騎士たちの魔力によって稼働している。
何人もの通信隊の騎士たちが席へと着く。包囲部門と誘導部門の騎士から届く大量の通信音声が絶え間なく拠点内に鳴り響く中、ムゾウはふと玲奈に話しかけた。
「この屋敷の入り口は正面のみ。側方と後方は高い塀に囲まれていますので、防衛はやはり正面に固めるべきでしょう。ええと確か、レーナさんとおっしゃいましたね。私たちは正面玄関で敵を警戒することとしましょう」
「あ、は、はい!」
凄まじい分析力に圧倒され、玲奈は面喰らった。国選魔導師の弟子というのは、どの派閥でも伊達では無い。
「事前にレーナさんの行使される魔法をお聞きしても差し支えないでしょうか?」
「ええと、私は氷属性です。あ、えっと魔法はまだ全然なので、、きっとコッチに頼るかなぁと……」
玲奈は腰の拳銃を見せる。ヴァレンから習った技術をきっと生かせるだろう。
「分かりました、私の魔法は強化属性です。見ての通り、剣での近接戦闘が主軸となります。念のためご存知ください」
「わ、わかりました」
「それじゃ、早速配置につきましょうか」
「あ、あの……!」
そのとき玲奈はふと声を荒げる。振り返るムゾウに、正直な胸の内を明かした。今の自分を過信されてはいけない、そう思った。
「実は私、フェイバルさんの弟子ではなくて、ただの秘書なんです。ダイトくんやヴァレンちゃんみたいな実力者ではないし、その、つまり何が言いたいかというと……」
そのときムゾウは、ただ無骨に返した。
「……私はあなたをまだ知りません。ただ、恒帝殿がここへ連れてきた魔導師であるなら、それだけで充分信頼に足るものです」
堅物な彼から垣間見えた優しさに、玲奈は思わず言葉を詰まらせる。
ムゾウはまた向き直り、颯爽と歩き始めた。
「さ、向かいましょうか」
玲奈はムゾウと共に屋敷を退出した。塀の入り口と玄関までには随分と広い庭がある。綺麗に手入れされた芝や花壇はたいへん心地良く、よりにもよってここが戦地になることなど、あってほしくはない。
ムゾウは両脇に広がる植え込みを指差す。丁寧に手入れされつつも、かなりの高さをもつそれは身を潜めるのにうってつけだ。
「あそこで待機しましょう。私は反対側の植え込みに行きます」
こうして玲奈は流されるままに位置へついた。
同刻。フェイバルとツィーニアは目的地である敵本拠地へと足を進めていた。
「いやはや、国選魔導師が二人体制で臨む作戦なんていつぶりだろうな」
「……ええ、不本意だわ。私一人で充分事足りる」
「まじかよ。俺が一人だったら厳しーぜ」
「またまたご謙遜を」
ツィーニアの口調は思ってもいないことを語っているときのそれだった。鈍いフェイバルでも理解できるほどに。
「……そういや今回の国選依頼、
「ええ。どうやら第二師団も他に重要任務があるみたいで、
「ま、どちらにしろ俺らのやることは変わんねーよ」
そのときフェイバルは、些細ながらもツィーニアの異変が目についた。それはどこか硬く握られた彼女の拳。声色からは窺えなかったが、どうも何かが高ぶっているように見えた。
ツィーニアはフェイバルからの視線を鋭敏に感じ取る。
「どうかしたの? 恒帝様ともなると、私じゃ足手まといかしら?」
国選魔道師の名を賜ったのは、ツィーニアよりもフェイバルは先だ。別に彼女はそれを負い目に感じているわけではないのだが、とりあえず適当な皮肉を口にした。
フェイバルは先程のお返しと言わんばかりに、とびきりの棒読みで返す。
「……お前みたいなバケモンがコッチ側で良かったって、つくづく思うよ」
「そう。なら光栄だわ」
話題はまた戻る。
「聞いた。お前の提言した国選依頼なんだってな。まぁ別にお前の口から詳しい事情は聞かねぇ」
「聞かれても言わないわよ。あんたには関係ない」
そして二人の足取りは、少しばかり古びた屋敷の佇む敷地の前で止まる。ツィーニアは右手の指輪を口元に運び、そこに魔法陣を展開した。
「こちら突入部門。ただいまより作戦を開始するわ」
「了解。健闘を祈ります」
魔法陣を閉じると、二人は敷地内へと足を踏み入れた。それも正面から。
「さ、始めるわよ」
「まったく、俺に準備できたかも聞かず連絡しやがって」
「ただの殲滅作業に、準備なんていらないでしょ」
「……まーそれもそうか。こういう正面突破の仕事は分かりやすくていい」
二人は堂々たる足取りで敷地の道を踏んだ。一見そこは古くとも周囲に劣らぬ立派な屋敷だが、同時にマフィアの巣窟でもある。巣に害敵が来たならば、その主はそれ相応の手段をもって応じるものだ。
黒服に身を包むマフィアの男たちが、正面の扉から威勢よく現れる。彼らは何の躊躇もなく二人へ一斉に魔法機関銃を向けた。
小物感の拭えない男に限って、こういう場ではよく吠える。
「おいおい。ここに立ち居るってことは、死にたいってことでいいんだよなぁ!?」
そのそばの男は事情を察した。
「待て! こ、こいつら国選魔道師の――!!」
ツィーニアは男たちの言葉に重ねて話す。
「あんたらのお仲間は、ちゃんとこの屋敷に全員揃っているんでしょうね?」
ツィーニアの鋭い視線に多くの構成員は思わず怯む。それでも愚かな男は、無謀にも仲間へ指示を下した。
「や、やっちまえ!」
数人の構成員は一斉に引き金を引く。その刹那、大量の魔法弾が凄まじい勢いで放たれる。人間など跡形も無く消し去れるような物量だった。
それでも彼らの一瞬の怯みは、ツィーニアにとってあまりに大きすぎる隙であった。彼女の冠する
ツィーニアは左手に構えた大剣・ヘルボルグを振りかざした。魔法によって生み出された波動の刃、すなわち魔法刃は、一振りと同時に男たちへ向かって鋭く解き放たれる。
無数の銃口から放たれた魔法弾は魔力で押し負け、一つ残らず切り裂かれた。そしてそれでもなお、魔法刃は止まらない。相殺されることなく残った刃は、男たちの首を一斉に跳ね飛ばすに充分だった。彼らは瞬く間に肉塊と化し、重力のままに崩れ落ちてゆく。
「ったく、王都の中だってのによくこんな引き金の軽い組織放っておいたもんだ。おたくら、殺しも盗みも攫いもなんだってやるらしいじゃないの」
フェイバルは惨い死体に語りかけながらも、ツィーニアの先を進んだ。そしてそんな男に聞こえぬよう、彼女は呟く。
「絶対に、
血の滴る大剣を担ぐ。密かな決意を胸に。
【玲奈のメモ帳】
No.42 王国騎士団における各師団第一部隊・第二部隊の構成規則
第一師団の部隊長は師団長が兼任する。また第二部隊の部隊長は副長が兼任する。
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