第4章 ~王都マフィア掃討作戦編~

41.共同作戦の幕開け ***

 玲奈とフェイバルは指定された場所へ向かうべく、ゆらゆらと車に揺られていた。玲奈はこわばった表情を隠せない。それもそのはず、今日は王国騎士団との共同作戦の決行日なのだから。ロベリアと初めて出会ったあの日、玲奈を差し置いて行われた例の会議の案件だ。そういうわけで玲奈が現時点で知っているのは今回の作戦の日時のみ。

 「あのー、私たちはどこに向かってるんでしょうか……?」

 「……まあ着いてこい。もうすぐだから」




 次第に大きな屋敷が増え始める。どうやら貴族街に入ったようだ。その瞬間、運転手の男は車を停めた。

 「旦那、指定の場所に着いたぜ」

 「おう。サンキューな」

 「へ!?」

 玲奈は困惑する。彼女の知り得る情報は、国が誇る二つの最高戦力・王国騎士団と国選魔道師がタッグを組む必要性があるほどの大規模戦闘が視野に入った作戦であるということ。ここで車が停まったということは、戦場はここ王都であるということになる。

 「こ、こんな白昼の街中で戦争が始まるんですか!?」

 「ああそうなる。やむを得ねえよ、賊軍の根城が王都なんだから」

 「王都に住む悪い人……」

玲奈は一つだけ心当たりがあった。それはフェイバルが口にした答えと同じだった。

 「王都マフィア、ガルドシリアン・ファミリーだ。ダストリンで会ったあいつらのお仲間ってことよ」

フェイバルはおもむろに車を降りた。

 「さ、時間無ぇし行くぞ。こっから結構歩くし、実はマジで遅刻しそうなんだよね」




 ぽつぽつと人のいる通りを抜けると、二人はとある屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。玲奈はその大きな建物を見上げる。見かねたフェイバルはおもむろに説明してくれた。

 「……ここはまあ、作戦基地みたいなもんだ。まだ敵は居ねーから大丈夫だぞ」

 「な、なるほど……でも基地なら、騎士団本部がありますよね? どうしてわざわざこんな前線近くに??」

 「王都のど真ん中でドンパチやるんだ。民間人の犠牲者を出さないために密な連絡が必要になる。だから相当な数の通信魔法具を扱うらしい。本部でそれを請け負っちまうと、パンクすんだと」

 「はえー。そんなことが……」

フェイバルは玄関の扉に立つ。すかさず扉の向こうから声がした。

 「合言葉は?」

唐突にして古典的な手法が迫られた。もちろん会議で蚊帳の外だった玲奈はそれを知るはずもないので、特に焦ることなく場をフェイバルへ委ねる。

 しかしフェイバルは妙に不穏な声を漏らした。

 「……んーと。えっとだな……」

 「フェイバルさん……?」

 作戦の参加者へ事前に合言葉が伝えられている手はずであることは、容易に想像がつく。本来ならスマートに合言葉を口にして颯爽と通過するはずなのだが、そこがイマイチ決まらないのがこの男の生き様なのだ。

 「ああ、クロリス……いやクロニス。オペレーション・クロニスだ」

 あやうく作戦の部外者であると疑われるところだったが、ぎりぎりのところでそれを思い出した。束の間、内側から解錠される音が鳴る。フェイバルは手を掛け、ゆっくりと扉が開いた。

 その先にあったものは、貴族の住まいにふさわしい豪勢で静寂なロビーとは一線を画する。玲奈の視界には、忙しなく動き回る騎士たちの姿があった。地球に居た頃の記憶に例えるならば、災害をテーマにした映画において描写されていた、災害対策本部なるもの近いだろうか。

 「……これほど緊迫しているんですか。面喰らいますね」

 「ここは本来クロニス家っていう親王国派の貴族が住むお屋敷なんだが、作戦の為に騎士団名義で借用してる。だから今だけは、ここらで一番空気の重い豪邸だろうな」




 そのときロビーの奥からは、二つの人影が歩み寄った。それは本作戦に参加するもう一人の国選魔道師、そしてその弟子。ツィーニアとムゾウであった。

 ツィーニアは突き放すように言葉を並べる。

 「集合時間は今から一二分も前なんだけど、時計が読めない可哀想な方なのかしら?」

 「まあ、ぎりセーフ……だろ。許容許容」

 「許容はあんたが決めることじゃないのよ」

 フェイバルは相も変わらず軽い口調ではぐらかすが、彼女は明らかにお怒りのご様子だ。玲奈はフェイバルに車の手配まで任せたことを後悔した。忘れかけていたが、この男は先天的な遅刻病なのだ。

 とにもかくにも、作戦へ参加する国選魔導師が出揃った。そしてそれを見計らうように、また別の男が彼らのもとへ近づく。

 「――お待ちしておりました。恒帝殿、刃天殿。作戦の最終確認を行いますので、どうぞこちらへ」

 男は王国騎士団第三師団副長を務めるマディー=グラディオス。几帳面に刈り上げられた茶髪は、仕事の出来るサラリーマンを想起させられる。もっとも、彼の右目を覆う眼帯が無ければの話だが。

 「おう。たのんだぜ」

 フェイバルは運良くツィーニアの詰問から逃れた。そして四人の魔導師は、マディーに従い奥の一室へと足を運んでゆく。




 マディーはデスクに大きな地図を広げる。地図には様々な書き込みがされていた。所々に点が打たれているのは、騎士が配置される予定のポイントなのだろう。

 「――ご存じでしょうが、本作戦の名称はオペレーション・クロニス。その目的は、王都マフィアことガルドシリアン・ファミリーの掃討であります」

 (私だけ五分前に知ったんだけどなぁ……)

 玲奈が他の三人の顔を窺う限り、やはりこの作戦の内容をここで知ったのは自分だけのようだ。彼女はすぐに動揺を隠して平静を装う。

 「国選魔道師のお二方に務めて頂くのは、標的の拠点への突入作戦です。少数精鋭での奇襲攻撃をもって、敵本陣を一挙に制圧します。本拠地周辺の貴族の避難は概ね完了しました。大規模な魔法を行使することも可能となっております」

 「我々騎士はこのままさらに規模を広げて避難誘導を行いつつ、本拠地から敵が脱出したことを考慮しまして、包囲陣を設けます。敵本陣を取り囲むようにして潜みますので、こちらもご承知ください」

 「作戦本部に残る我々は、この屋敷からメインサーバー通信魔法具を用いた通信網を展開します。お付きの魔導師の方には、この本部の防衛をお願いします。なにぶん騎士は多くが包囲部門に所属するため、本部には最低限の人員しか残すことが出来ないのです」

 「承知しました。お任せください」

ムゾウは快諾する。玲奈はそれへ釣られるように細かく頷いた。正直なところ、頼られるほどの気概は持ち合せていないのだが。

 続けてマディーは、国選魔導師の二人に指輪型の通信魔法具を手渡した。

 「こちらを。改まって説明する必要もないでしょうが、こちらで突入開始の一報をお願いします」

 「おうよ」

二人の国選魔導師は慣れた手つきでそれを指に通す。その動作は、彼らが経験してきた国選依頼の総量を物語っている。

 「騎士の配備に問題はありませんが、やはり街の静けさだけは誤魔化しが効きません。つきましては、標的が静けさに異変を覚える前に、突入を決行すべきと考えられます。急かすようではありますが、準備でき次第すぐに本拠地へと向かってください」

ツィーニアはテーブルに立て掛けていた大剣を肩に担ぐと、フェイバルに問いかける。

 「恒帝、もう出れるわよね?」

 「あたりまえだ」

 「それじゃ、私たちは早速向かうとするわ。誰かのせいで時間も押してることだし」

ツィーニアは視線に移る。

 「ムゾウ、騎士の手を煩わせるんじゃないのよ」

 「……はい」

 「それとあんたの今日の相棒さん、どう見ても素人だから守ってやんなさい」

玲奈はツィーニアと目が合う。嫌な上司を思い出した。

 「ヒッ……」

フェイバルはそれとなくツィーニアへ反論する。

 「レーナはお前の思ってるよりずっとやるやつだぞ。今日の作戦が終わる頃、少なくともお前の弟子は頼っても良いと思える魔導師に見えているはずだ」

フェイバルなりの優しさだったのかもしれないが、玲奈にとってその言葉はあまりにハードルが高く見える。彼女は口籠もったが、ムゾウは淑やかに笑った。

 「楽しみにしていますよ」

ツィーニアから凍った表情は消えないが、これ以上責める気はないらしい。彼女は振り返って一室を後にしてゆく。

 「恒帝、行くわよ」

 「……はいはい」






【玲奈のメモ帳】

No.41 通信魔法具の機能

 携帯用の通信魔法具は多くが指輪型の形状を持つ。携帯用通信魔法具は、メインサーバー通信魔法具との接続を担う集約型と、あらかじめ登録された魔力を識別符として特定の二者間のみで通信を成立させる分散型が存在する。市場に多く出回る通信魔法具は後者である。

 メインサーバー通信魔法具は主に組織単位で使用される。また大規模な国選依頼が実行される際は、騎士団本部と別口の通信魔法具が臨時で設置される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る