29.天仰ぐ障壁 ***
フェイバルを巨大な岩が包囲する。そんな彼に残された抜け道はただ一つ。空だった。
空からの脱出を図ったフェイバルは飛び上がる。その岩は強化魔法なしの人間がただの飛躍で越えられる高さではなく、ゆえに彼は魔法陣を利用した。空中に展開した魔法陣を踏み台にすると、さらに高い地点へと到達する。さらにもう一歩高い位置へ向かうべく、また新たな魔法陣の展開を試みた。そんなとき彼の脱出劇は虚しくも幕を下ろす。彼を閉じ込める檻へ蓋をするように展開されたのは、巨大な黄土色の魔法陣。
「……めんどくせえ」
空中でその魔法陣と衝突したフェイバルは、そのまま体勢を崩し地上へと落下する。残された唯一の出口は、完全に封印されてしまった。
ジェーマは事が目論見通り進んでいることを察して上機嫌に呟く。男にはフェイバルが直接見えていなくとも、岩の中に閉じ込めた者の心理を読み切っていた。
「……岩の檻。私をつけ回す騎士や魔道師を幾度として葬ってきた戦術だ。さあ国選魔道師はどう脱する。教えてくれ……!!」
すかさずジェーマは両手を広げ、新たな魔法を詠唱する。
「岩魔法・
直後、フェイバルの頭上に展開された魔法陣から鋭い形状の岩が降り注ぐ。逃げ場の無い檻の中で、死の雨が降り注ぐ。
「離れた場所からこれほどの魔法を放つか。遠隔魔法陣、厄介だ」
遠隔魔法陣、それは術者と離れた位置に魔法陣を展開する技術。魔法陣の展開には魔力の集約を湯要する。ゆえに術者は魔法陣の展開位置が遠くなればなるほど、より繊細で巧妙な魔力操作が必要となる。
歴戦の国選魔導師は、その技術を目にしても臆しない。フェイバルの選んだ魔法は、熱魔法・
それは最善だが、完全の策ではなかった。高熱の鎧は岩の弾丸を溶解させ威力を殺すが、それでも無傷とはいかない。腕や肩に命中した弾丸は、着実にフェイバルの肉体を斬りつけた。
「まあ想定内だ。しゃーないよな」
彼はこの期に及んでも冷静だった。次の策に出るべく、ある岩の方を向いて体勢を下げる。
フェイバルは腕を顔の前で交差させた防御姿勢を保ちながら岩も、その壁へ突進した。そして彼は言うまでもなくその頑強な岩へと衝突する。
強化魔法の無い人間は岩の前に無力。だがフェイバルには熱魔法がある。彼の放つ強烈な熱は岩の壁へ高温と圧力を加え、徐々にそれは溶解を始めた。
「あーよっこいしょおお――!!!」
古風なかけ声と共に、フェイバルは全体重を押し込む。国選魔導師の魔力とは恐ろしいもので、岩の壁にはついに風穴が開いた。ファイバルは岩の破片と共に檻の外へと飛び出す。そしてその勢いのままに、驚きと喜びの表情を浮かべるジェーマへと接近した。
「素晴らしい……素晴らしい! 素晴らしい!! 魔法とはやはり偉大だ!! 世の全てを可能にしてくれる!!」
ジェーマは防御する様子も見せぬまま、高熱を纏ったフェイバルの突進を受け入れた。防御魔法陣が間に合うかもしれない間合いだった。
空中を無気力に舞う男の肉体は爛れて煙を上げる。体が地面に叩きつけられたとき、また小さく砂埃が舞い上がった。
フェイバルは魔法を解除すると、しばし地面に伏した男の見つめる。動く素振りを見せないことを確認すると、通信魔法具を繋いだ。
「レーナ、終わりだ。戻ってこーい」
――時は遡り二〇年前。ギノバス王立魔法学校。そこは現在もなおその歴史を刻み続ける名門魔法学校。
キャンパスを一人歩くのは、眼鏡がよく似合う無垢な少年。齢は十五。魔法によって入学試験が行われるこの学校では、今期最年少の合格者だ。
魔法に充実した日々、それは突如として崩れ去った。神童の前に並んだのは頭を下げる彼の両親。
「ごめんねジェーマ……」
涙ながらに絞り出されたその謝罪は、彼の頭に深くこびりついた。ジェーマ=チューヘルの魔道に立ち塞がったのは貧困であった。そして神童は名門学校を中退した。
時が流れても、彼は荒んだ心は癒えない。
「……生活も、家も。物も、出会いも、学びも。ただ貧しいというだけで、その全て奪われた」
「……ならん。弱者を弱者たらしめるのは国だ。私は当事者として声を上げるのだ」
そんな一抹の決意を抱いたとき、男は『革命の塔』なる組織を知った。
フェイバルから一報を受けた玲奈は、生死を彷徨うジェーマのもとへ近づいた。フェイバルは全身に大火傷を負った状態で倒れるジェーマへさらに歩み寄ると、冷淡に問いを投げかけた。
「おまえ、なんで諦めたんだ? 別に生身で受けること無かったろ」
「感動……してしまったのだよ。良き魔導を、ありがとう」
フェイバルはその理解しがたい死生観に目を背け、本質的な問いへと移った。
「くたばる前に知ってること全部話せ。革命の塔ってのは何を企んでいる?」
男は意外にも従順に口を開いた。
「貧富無き……真に平等な社会の構築。だがこれ以上は……話せない。我々にも……我々の正義があるのだから」
「……」
フェイバルはそれ以上尋ねなかった。ジェーマは最期の力を振り絞るようにしてフェイバルに尋ね返す。
「君は……貧困を……何と心得る……?」
フェイバルは少し考えむ。その問いに答える義理など無かったが、彼なりの解答を提示した。
「世の中の誰かが引き受けなきゃならねえ、酷く理不尽な壁だ。でも所詮壁だ。魔法でも頭脳でも、何でも使えば乗り越えられる。そんな程度の障害だ」
「……興味深い」
ジェーマは少し口角を上げると、そのまま静かに息を引き取った。
「それに、俺だってハズレくじ引いて乗り越えた側の人間だ」
フェイバルは付け足す。もう男に聞こえてはいなかった。
王国騎士団本部、通信室にて。通信係の騎士は、第三師団長ロベリア=モンドハンガンの元へ駆けつける。
「師団長! 西の検問を強行突破した車両を追跡中の第十一部隊から、緊急信号です!」
「ああぁもう! 何でウチの師団が検問当番のときに限ってこんな厄介事が……!」
ロベリアは一度頭を抱えるが、直ぐにすべきことを見い出し指示を飛ばす。
「待機中の第一部隊にすぐ出動要請を! 装甲車も準備して!」
「分かりました!」
ロベリアは愛銃を腰に携え戦闘準備を整える。忙しなく動きながらも、ふと部下に質問した。
「それで、車泥棒の人間の特徴は?」
「人数は二人。一人は赤毛の男で、死んだ魚のような目をした男です。もう一人は茶髪の女で、男を国選魔道師だと主張していました。紋章を持っていなかったようなので、きっと魔法で顔を似せた偽物が――」
ロベリアの動きが止まる。国選魔導師を装う手口は頻繁で珍しいものではないが、今回に限っては条件が揃いすぎている。
「……? あの、一応もっかい言ってみて?」
「え? はあ。人数は二人。一人は赤毛の男で――」
「ごめん、やっぱいい。それでその男はあれ持ってなかったのよね? 国選魔道師の紋章のブローチ」
「はい。休日だから持っていないと主張し、デタラメを疑われた瞬間に強行突破したそうです」
ロベリアは全てを察した。もう自然とため息が出る。
「あのフェイバカぁ……! マジで殺す!!」
【玲奈のメモ帳】
No.29 ジェーマ=チューヘル
貴族のような派手な格好を好む金髪で小太りの男。三五歳。博識な口調を常としながらも、ときにして狂気的な様相で感情を剥き出しにする。『革命の塔』に所属し、自身が『天導師』という立場にあることを自称した。幼少期は無垢かつ優秀な魔法徒であったが、貧困によってその道を絶たれた。
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