28.岩魔法 ***

 ジェーマは貨物車の荷台から飛び降りる。フェイバルはどこか恍惚に微笑む男から不穏な気配を感じつつも、躊躇わず尋ねる。

 「横に居る魔導師どもは、お前が自由に操れる人形ってことで間違いないんだな」

 「ああそうだとも。私の従順な配下さ」

想像通りの回答を手にしたフェイバルはふと機転を利かせた。

 「一つアドバイスだ。お前の最終楽章フィナーレなるものが一小節で終演したくねーなら、その手下みてーな魔導師も使うことだな」

 「まったく君は面白い男だねぇ」

 ジェーマは余裕を見せるフェイバルに張り合うべく、すかさず配下へ指令を送った。

フェイバルは男が口車に乗ったことを安堵すると、ふと玲奈のほうに振り返る。遙か後方にて忽然と完成した岩山を指さし語った。

 「レーナ、俺がこいつら片付けるまであの岩山で待っとけ。あんま動き回るなよ。ここは都外だから、下手したら魔獣も出る」

 己の無力を理解していながらも、玲奈は持ち合せた良心から言葉を紡いだ。

 「で、でもそれじゃフェイバルさんが……」

 「見たろ、あいつの魔法。あれほど広範囲の魔法を無茶苦茶に撃たれたら、お前を守り切れる保証もできねぇ」

 敵の魔法を引き合いにだされてしまっては、無力な玲奈が言い返せる余地など無い。まるで流星群の如きジェーマの魔法は、数十名もの騎士をたった一瞬で葬り去ったのだ。玲奈が前に出たところで、戦況が好転するわけもない。

 「わ、わかりました……」

そして彼女は後方へと走り去った。




 フェイバルはジェーマに目を合わせると、いつもの声色で合図を送る。

 「んよーし。準備OKだ」

 「なんだ、女を逃がしたのか。そんな回りくどいことしなくとも、私の狙いは君だけだというのに」

 「感謝するぜ、貴族もどきのイカレ野郎。お前が先に騎士へ手を出してくれたおかげで、国選依頼外でも敵を殺める建前ができた」

 「そうだな。魔導師とはそういう生き物だ。殺しを禁忌としながらも、建前で殺しを是認する。正義とは都合の良いものだな」

 「随分とひねくれた解釈だか、部外者にはそう見えるもんか。まあ今回ばかりは間違ってねーよ。俺はおまえらに私怨がある」

 「醜いものだ。本音、すなわちは目的のもとに人を殺す我々とは全く別の生き物だよ」

 「安心しろよ。お前も俺も同じ人間で、同じ人殺しだ」

皮肉めいた言葉が連鎖して紡がれる中、ジェーマはそれを遮るように小さな声で呟いた。

 「革命の塔よ……天を穿ち……世を導け……」

 そしてその男はすかさずフェイバルを指差す。それを合図に、また二人の魔導師は動き出した。

 運転手の男は二丁の魔法銃で弾幕を張る。それは国選魔導師を討ち取るにはあまりに無造作で、フェイバルは軽い身のこなしで易々と回避した。しかし回避を続けて辿り着いた先、立ち塞がるのは魔導師師・ゼストル。男の素早い剣戟は、フェイバルの腕を僅かながらもかすめた。弾幕は着実にフェイバルを誘導していた。

 連係攻撃はあまりに精密だった。これほどの細やかな戦闘は誘惑魔法でも困難を極める。幾多もの戦闘からそれを知るフェイバルは、ここで彼らを制御する魔法が誘惑魔法よりさら強力な効果を持つ何かであると推察した。

 いまだ間合いから離れないゼストルは流れるような剣戟を繰り出す。研鑽の痕跡が残る剣捌きが続く中、フェイバルは冷静だった。

 フェイバルは後方へ踏み出して少しの距離を作り出す。そしてその僅かに開いた距離こそが、剣士に大振りを誘う。彼の培った戦闘の堪もまた、敵を容易く誘導した。

 大振りを繰り出したゼストルは、フェイバルに懐への侵入を許す。フェイバルは男の伸びた腕を掴むと、単純ながらもそのまま男を大きく投げ飛ばした。

 魔法を度外視した単純な格闘もまたフェイバルの得手。体勢を崩したはずみで魔法剣を手放したゼストルはあえなく攻撃手段を失った。

 フェイバルはすかさず鋭い蹴りを叩きこむ。腹に一撃をもらったゼストルはその場でうずくまった。

 陣形を崩されたため、運転手の男は接近戦へと切り替える。二丁の拳銃を投げ捨てると、腰に携えていた短剣を手にした。フェイバルはその接近に気がつくと、咄嗟にゼストルの手放した剣を拾い上げる。

 「……ガラじゃねーけど使ってみるかぁ」

 男は瞬く間にフェイバルを間合いに入れた。刃は力強く振り下ろされたが、それはフェイバルの握った剣に受け止められる。男は短剣を力まかせに押し込もうとするが、フェイバルはそれに真っ向から抗う。得物の長さからも、フェイバルが圧倒的に優勢だった。

 一瞬の土煙も束の間、二人の側方から無数の岩の塊が飛来する。フェイバルは空いていた腕で防御魔法陣を展開し、運転手の男もろとも岩の弾丸から身を守った。同時に運転手の男の足を払うと、体勢を崩させて剣を握った手で押さえ込む。

 岩の弾幕がおさまったとき、フェイバルはようやく防御魔法陣を解除した。ジェーマは魔法陣を閉じると、顎を触りながら話し始める。

 「いやはや、おもしろいなぁ。己の命を狙うその男を見捨てないとは……国選魔道師とは慈悲深い生き物だねぇ」

 「こいつもお前が一方的に操ってる魔導師だろう。見殺す理由は無い。まあ、邪魔だしばらくは動けないようになってもらうがな」

 フェイバルは押さえ込んだ男から短剣を奪い放り投げる。そして彼は千切れた剣で男の足の腱を斬りつけた。

 「悪いな兄ちゃん、後から治癒魔法で治してもらってくれ」

 しかし運転手の男は足の腱が切られてもなお、フェイバルのもとへと近づき交戦を試みる。あたりへ血を撒き散らしながらもただ無表情で這うその姿は、異様ともいえる執念だった。

 フェイバルは下げた視線をジェーマへ戻す。

 「……こいつの指揮権を握ってるのはお前なんだよな。これだけ執念深く緻密な戦闘ができて、なおかつさっきの奴との連携攻撃までできる。どうやら誘惑魔法とは違う、もっと上位種の魔法らしいな」

 「ああ、そうだとも。まだ図鑑にも載っていない、いうなれば大陸未発見の魔法だね」

 「……それに妙だな。俺はこの魔法見るの二回目だ。未発見の魔法を持つ魔導師が、よりにもよって同じ組織に属することなんてあるか?」

 「さあ、そのへんは君が勝手に調べてくれ」

 「そうかよ。なら、やっぱ当事者から聞き出すのが早いだろ」

 フェイバル右腕を正面に突き出し魔法陣を展開した。

 (光熱魔法・烈線レーザー――!)

 放たれた熱線はジェーマに向かって一直線に進む。その不意を突く一撃はあまりの速さ。一筋の光は、容易くジェーマの心臓に風穴を開けた。

 しかしジェーマの肉体がそのまま地面に伏すことはない。開かれた風穴から血を噴き出すこともなく、ただ人間の形をした石像に亀裂が走るような外観だけが見て取れる。

 「岩魔法・偶像スケープゴート。身代わりを作る魔法は何とも便利だ」

 フェイバルの少し後方には不敵に笑うジェーマの姿。そして男は早くも次の手段に出ていた。

  「恒帝殿や、流星メテオは何どでも降りますよ」

 はるか頭上にはまたも巨大な魔法陣が出現し、無数の巨大な岩の塊が降り注ぐ。フェイバルは終始冷静に空を仰いだ。雨の如く降り注ぐ大岩の回避など並の魔導師には不可能。ただそれをやってのけるのが国選魔道師の格の違いというものだろう。

 「光魔法秘技・神速ライトニング

 フェイバルの足下に山吹色の重複魔法陣が現れると、彼は眩い閃光に包まれた。光が完全に肉体を包んだとき、フェイバルは目にも留まらぬ速度へと加速してゆく。墜落する岩塊を瞬く間に回避する光景はジェーマを驚かせた。

 「久しく見たぞ! これが魔法の極地!! こりゃあいいものを見た!!」

しかしその驚愕は決して絶望によるものではなく、単なる好奇心からの興奮。男の瞳は瞬く間に鋭いものへと豹変した。

 「しかし秘技魔法というものは魔力消費が激しい。ゆえに持続時間も長くはないと見た……!」

ジェーマは新たに魔法陣を展開する。

 光魔法秘技・神速ライトニングは術者の肉体を光へと変質させる。つまりは光速での移動を可能にするという敵無しの魔法である。また光は実体を持たないため、この魔法を行使する間のフェイバルは物理攻撃を無効化する。彼を国選魔導師たらしめるのは、この魔法あってのことだろう。

 それでもジェーマの読みは正しく、この魔法は魔力を多量に消費する。持続し続けるのは彼に魔力をもってしても制限があるのだ。




 ようやく岩塊の雨が収まったとき、フェイバルの体を纏う光もまた消失した。岩の下敷きになることだけは回避したが、気づけば彼の立つ場所は最凶の悪路。ジェーマの計算高い魔法により、フェイバルは岩塊で包囲されていた。

 ジェーマは独り言のように呟く。

 「そろそろだろう。フェイバル=リートハイト殿。秘技魔法には至れぬとも、私が人生を賭け磨き上げてきた岩魔法の神髄を見てもらおうじゃないか」







【玲奈のメモ帳】

No.28 光魔法

眩い光を操る発現魔法。魔法陣の色は山吹色。単に光源を生むだけの魔法であるため殺傷力は無いが、戦闘では目眩ましの手段として活躍する。

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