20.秘技魔法 ***

 作戦を完遂したダイトと玲奈は、無事に廃工場から脱出した。

 「危ないところはありましたけど、何とかなりましたね」

 「そ、そうね……」

玲奈はとりあえずダイトに応答するが、傷だらけになりながらも明るく振る舞う彼のタフさに唖然とした。

 束の間、二人の元へ騎士が駆け寄った。

 「魔導師殿! 中の様子は如何でしょうか!?」

 「見張りの制圧は完了しました。残り二名の魔道師が、本拠地を制圧しています」

そして玲奈は咄嗟に付け足す。

 「あ、あと、彼の手当をお願いします!」

 「レーナさん、自分はこれくらい大丈夫ですよ」

 「ダメ! 手当てしてもらって!」




 フェイバルの猛攻を受けてなお、その魔獣は立ち上がっら。人間由来の魔獣は、相当に手強い。

 魔獣の生態、それはただ眼前の生物を壊すこと。それは本能のままに、フェイバルへと襲いかかる。

 魔獣へと変異するとき、人間は人間たる知能から理性までのありとあらゆる尊厳を失う。しかしその変異を経てもなお継承されるもの、それは人間の頃に行使した魔法の数々。人間由来の魔獣は、超越的な身体能力に魔法を重ねて暴走を続けることとなる。

 フェイバルへただ真っ直ぐ接近するその魔獣の足元に、白き魔法陣が展開される。強化魔法は、魔獣へ更なる力を与えた。

 フェイバルは先程と同様に、防御魔法陣を展開する。魔獣はそれに挑むかのごとく、ただフェイバルへ狙いを定め拳を振り下ろした。所詮は獣。単調な一撃だった。

 「やっぱバカだから、戦闘パターンは一つみてーだな」

 一度はフェイバルの魔法陣を破壊した拳でも、それを何度も許す男ではない。目の前の国選魔道師は、その名を冠するにふさわしい本領を発揮した。

 それは洗練された技術を持つ魔導師のみが成せる技、多重魔法陣の展開術。

 多重魔法陣はその名の通り、魔法陣を重ねて展開することを指す。重なり合った魔法陣はそれそのものの強度を向上させるだけでなく、そこから放たれる魔法の威力を何倍にも高める。

 それ強化魔法・剛力ストロングスを宿した魔獣の重い拳でさえ、破ることは叶わない。そこからは力と魔法の押し合いが開幕した。

 そのときフェイバルは後方へ合図を送る。彼は小細工なしの決闘をしているわけではないのだ。

 「ヴァレン――!!」

 その刹那、床に伏していたヴァレンの愛銃は魔獣の両脚を捕捉する。続けて、繰り広げられる精密な射撃の数々。大口径の魔法拳銃は、不意をついた魔獣の脚を容易く吹き飛ばした。

 両脚を失った魔獣はうめき声をあげながら倒れ込む。しかしその凄まじい殺気は衰えず、それは咄嗟に腕を駆使してフェイバルへと飛びかかった。牙を剥き出しにして噛みちぎろうとしたのだろうが、国選魔道師に対する陳腐な攻撃などもはや意味を成さない。灼熱の右手は、魔獣の頸をがっちりと捕えた。

 「熱魔法・融解メルト

 男の右手に展開された魔法陣は、瞬く間に魔獣へ熱を伝える。対象へ瞬間的に高熱を伝導させる魔法・融解メルトは、魔獣の頸など軽く焼き千切った。頸と胴体が切り離されたそれは、ついに床に散らばる。

 それでも魔獣の生命力というのはとてつもないもので、頸と胴体が離れようとも、どうにか動こうとしてみせる。

 フェイバルは魔獣の残骸とも言えるそれから少し距離を取るとヴァレンに伝えた。

 「こいつは今から焼却する。少し離れとけ。あとクソ眩しくなるから、あんま直視すんなよ」

 「は、はい」

 フェイバルは右手を魔獣に向けて佇む。男は普段とまるで違う顔で集中力を高める。

 そして展開されたのは、深紅の重複魔法陣。通常の円形をした魔法陣よりも角張った形状をしたそれはより複雑で精密な紋様を持ち、何より以前と比にならぬほど赫赫と輝く。

 「光熱魔法秘技・爍光レザイン――!」

 魔法陣の中心へ眩い閃光が集約した。その光球は徐々に膨らむと、その刹那まるで恒星のごとく輝く。光球はついに飽和すると、続けて無数の熱線を照射した。

 魔獣へ伸びる無数の熱線は、容易く魔獣の体を焼き払う。

 あまりのその威力は、大気までもを振動させた。天井からは、ぽろぽろと塵が降り始めた。


 


 同刻。玲奈は手当を受けたダイトと共に廃工場の外で待機する。たまたま見ていた方角に、

 「あれ? 今工場のあの辺が一瞬光ったような……」

 「きっとフェイバルさんの魔法ですよ」

 「ええ? こんなところから魔法が見えるなんてことあるの……? 相当距離あるけど」

 「もしかしたら、秘技魔法を使われたのかもしれませんね」

 「秘技魔法?」

 「秘技魔法は、重複魔法陣という高等技術を使った魔法です。言うなれば、国選魔導師だからこそ至ることのできる魔道の極地です」

ダイトは少し得意気に話す。

 「きっと……と、とんでもないのね」

 「フェイバルさん行使する魔法の多くはその性質上、非常に眩い光が発生します。夜空を照らす恒星のようなその魔法から、恒帝という異名がついたんだそうですよ」




 光の球が消失したとき、ようやくそこで熱線はおさまった。無数の熱線にさらされた魔獣の肉体は、完全に無へと帰す。バリケードとして積み上げられていた木製の椅子や机、幾つかの死体は引火して炎を上げた。焼けた匂いが地下に充満し、煙がそこら中から噴き出す。

 フェイバルは思わず咳き込んだ。

 「……やっべ、火が回っちまう! ヴァレン、すぐに出るぞ!」

ヴァレンは怒りながらも、彼に続く。

 「もう! 地下でこんな魔法使わないでくださいよ!」

そして彼らは、作戦を完遂した。




 翌日。何とか作戦を終えた四人は、再び廃工場の前でダストリン駐在騎士団と行動を共にした。そのとき騎士団長の男は、廃工場を背景に作戦後の処理について話を始める。

 「昨晩で死体の処理と消火作業は一段落つきました。地下に保管されていた薬物は焼き払われているものもありましたが、どうやら地下に別の保管庫があったようで、そこからMP-12のサンプルを確保することもできました」

 「わりぃな、燃やしちまって」

 「いえいえ、問題ありません」

大団円、ともいかないのが現実だった。駐在騎士団長の男は眉をひそめると、少しばかり深刻そうに話を続ける。

 「戦闘員の男に尋問しましたところ、この施設を管理していた男の名はパド。実名はパド=アントオルス。王都マフィアとして知られるガルドシリアン・ファミリーの、幹部の名です」

それは事前に推測されていたことだったが、決して望んだ結末ではない。フェイバルは厄介そうに零す。

 「王都マフィアねぇ……」

ダイトは新聞のことを思い出して呟いた。

 「それじゃ、やはり王都で出現した人間由来の魔獣は……」

 「ああ。王都マフィアがここで生産された薬をギノバスに持ち込み、暗殺か何かに利用したって考えるのが妥当だろーな」

駐在騎士団長の男は進言する。

 「薬はかなり量産されていたと推測されます。奴らの手元には、まだこの薬が無数にあると考えるべきでしょう。勝手ながら、一刻も早く王都マフィアを打倒するべきであると考えます」

 続けざまに憂うべき事案が立て込み、場の空気は重たくなった。そこでフェイバルは、あえて楽観的に振る舞う。

 「まあとにかく、今回俺が国から受けた仕事はここまでだ。後の処理はまかせたぜ、騎士サン」

 「え、ええ。お任せください」

フェイバルは三人のほうへと振り返る。

 「よし、お前ら、さっさとギノバスへ帰るぞー」

突拍子も無く騎士との話を切り上げた彼に少し驚きつつも、ダイトは最初にそれへ応答した。

 「ですね!」

続けてヴァレンも声を上げる。

 「早くレーナさんの銃を選ばなきゃー!」

場に流されてか、玲奈も彼らに頷く。そして四人はまた、長い帰路へとついた。






【玲奈のメモ帳】

No.20 秘技魔法

重複魔法陣という高度な技術によって発現する、極めて強力な魔法の総称。重複魔法陣とは名の通り


魔法陣を数枚重ねて展開する技法であり、より繊細な魔力の操作を要する。重複した魔法陣は通常の円状の魔法陣より繊細で複雑な紋様を描き出し、神秘的な様相を見せる。


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