第2章 ~魔力供給促進剤・MP-12編~

12.禁忌の薬(やく) ***

 魔道を一歩歩んだのも束の間、沈んだ日はまたすぐに昇った。

 フェイバルと玲奈は、早朝からギルド・ギノバスへと足を運ぶ。予定の時刻よりも早くギルドに到着した二人は、目覚ましがてらにコーヒーを口にした。

 どうやらこちらの世界にも、焙煎した豆から飲み物を作る文化があるらしい。玲奈はかつて職場で愛飲していたことを思い出した。カフェインが物足りず別のドリンクに手を伸ばすほどの激務だったので、それは決してよい思い出では無かったが。

 勝手に一人で萎えていると、待ち人はすぐに現われた。真っ直ぐと歩み寄ってくるのは、二人の魔導師。

 「フェイバルさん! おはようございます!」

 「おはー! 遅刻しないなんて珍しいですねえ」

 白髪の青年とは以前に一度出会っている。名はダイト。彼はフェイバルの弟子だという。しかしその一方で、ダイトの隣にいる金髪の女性には見覚えが無い。どこか妖艶なオトナの女性というのが第一印象だった。

 フェイバルはカップを乱雑にテーブルへ戻し、親しげな口調で語った。

 「よお、おめえら。また今日もいろいろ頼むぜ」

金髪の女性はやや食い気味に返答した。

 「フェイバルさぁん。このが前言ってた新しい秘書さんですか?」

 「おう、そうだ。名前はレーナ。まだ魔法はからっきしだが、秘書兼ギルド魔導師だ。ちゃんとギルド紋章も持ってる。んまぁ現場じゃ右も左も分からんだろうが、今日はおまえらもいるし同行させることにした」

その女性は突然玲奈にぐっと顔を近づける。そのイカれた距離感に玲奈は気押された。

 「ひっ……」

その女性の唇はもう玲奈の唇へ触れる寸前にまで迫る。その初めての経験に、玲奈の思考回路はショートした。

 (え……何この距離? ち、痴女キャラ!? やばい……何かドキドキする……お、おおお、落ち着け私……わ、私にそんな趣味は無い……はず……アレ……意識が……?)

金髪の女性は、なぜか妙に吐息混じりの声で話し始めた。

 「私……ヴァレンっていうの……お嬢ちゃん……よろしくね」

そのときフェイバルがヴァレンを制止する。

 「あほ。ヴァレンやめろ」

金髪の女性は少々不服そうにしつつも、大人しくそれに従った。

 ここでフェイバルはひとつ付け足す。

 「あとレーナはおまえより年上だ。"お嬢ちゃん"はおまえな」

 「え?」

 「へ?」

二人は依然としてとんでもない距離感のまま、同じ反応で見つめ合う。先入観が互いに錯綜していたらしい。

フェイバルは立ち上がると、ヴァレンの頭を鷲づかみにして玲奈から引き剥がした。

 「初対面のやつに魔法をかけようとするな」

 「ぐへっ」

 「それにもう、運転手のじじいが外で待ってる頃だろ」

玲奈はつい最近フェイバルから預けられた懐中時計を確認した。

 「で、ですね。そろそろギルドの外に出ましょうか」




 運転席には、いつも通りご機嫌な運転手の姿があった。

 「じゃあ、出発するぜぇ」

 車は王都の見慣れた町並みを走り始める。賑やかな街を走り抜けてしばらく経つと、フェイバルは唐突に説明を始めた。

 「今回の依頼は玲奈が秘書に就任する前から決まってたヤツだし、仕方なく俺が説明したるわ」

 「は、はぁ……」

男には似合わないと思いつつも、それほどに大事な確認事項なのだろうと耳を傾ける。

 「今回の依頼はだな、危険薬物を秘密裏に製造している施設の制圧任務だそうだ。場所は工業都市ダストリン。現地の騎士団によると、奴らは廃工場を生産拠点に利用しているらしい」

ヴァレンはふと疑問を呈する。

 「それくらいなら、国選依頼じゃない一般の依頼とも遜色ないようにも感じるけど……」

 「早とちりするな。問題は、この拠点が王都マフィアとの繋がりを疑われているってことだ」

途端にヴァレンは納得したかのような表情を見せた。玲奈にはこの危機感があまり理解できないが。

 ダイトは問いかける。

 「マフィアが別に拠点を設けてまで手にしたがる危険薬物……どんな代物なんでしょうか?」

 「恐らくだが――」

フェイバルは王都で発刊されている新聞を開いた。ふと流し見るなかで、物騒なワードが目につく。

 「えーと、そうそうこれだ。先日の、貴族邸宅に突然魔獣が現れた事件。恐らく危険薬物こいつが元凶だろうな」

ダイトは思い出したかのように呟いた。

 「あぁ、人間が魔獣になって貴族を襲ったっていう怪事件ですね。自分も見ました」

続けてヴァレンが新聞を覗き込む。

 「人間が魔獣になる事なんて普通あります? それも王都のど真ん中、貴族街で」

 すべての生き物は、体内に空気中の魔力を受容する魔器を持つ。魔器に蓄積した魔力は自然に消費されるほか魔法の行使によって消費されるが、何らかの条件で魔器に魔力が飽和した場合、魔力が体内で暴発し肉体は魔獣のものへと変貌する。とはいえ魔法を行使できる有数の生き物であるヒトは、魔法を行使できない他の生物の魔器よりも大きな容積を誇る。ゆえにヒトが魔獣になることなど、本来はありえない現象なのである。また王都など人口が集中した地点では、大きな魔器を持つヒトが空気中の魔力を多く受容するため、必然的に魔獣の発生が抑制される。つまり、王都は魔獣が発生しないあらゆる条件を満たした場所なのだ。

 そのうえでフェイバルは自身の見解を語った。

 「まず予想できるのは、服用によって空気中の魔力を受容する力が大幅に増強されるような効能、つまるところ魔器の強化だな。受容する力が強化されれば魔力消費の激しい魔法をより継続的に使うことができるし、王都マフィアが欲しがるのも合点がいく。そのうえで、もし仮に乱用による魔器の強化が自然消費を追い越すなら、ヒトが魔獣化するってのも十分折り合いがつくだろう。それにゴロツキからの需要も見込めるから、そこそこ良い資金源にもなるんだろう」

やはり魔法についてであれば頭が切れる。玲奈はフェイバルの論理に納得せざる終えなかった。

 「な、なるほど……」

これほど詳細な解析を経てもなお、フェイバルの顔は晴れない。

 「にしても今回の作戦は相当面倒になりそうだな。あえて最悪の想定をするなら、俺らは人間由来の魔獣と戦闘することになるわけだ」

玲奈はボソッと言葉を零す。

 「何でこんな危険な依頼が初任務なの……現地の騎士団が対応してくれないものなの……」

ちゃっかり聞いていたフェイバルは喰い気味に応答した。

 「王国騎士団はまだしも、王都外の騎士にはできねえ。あいつらは俺らギルド魔導師よりも実戦経験に欠ける。名目上警察組織ではあるが、結局都外の実戦任務は魔導師の仕事だ」

 「そ、そういうものですか……」

フェイバルは空気を断ち切るように、勢いよく新聞を畳んで話を変えた。

 「まあ詳しい話はダストリンに着いてからだ。ここからじゃ相当時間がかかる。おまえら、あんま気張りすぎんなよ」

 「はーい」

 二人の魔導師は受け流すように応じた。フェイバルは気持ち悪いくらい速攻で眠りにつくが、彼らは休むことをしないようだ。というのも彼らには、これから都外にときおり出没する魔獣を警戒する任務があるのだから。

 玲奈は師匠の遠慮なさに若干驚きつつも、弟子の役目とはこういうものなのだろうと思いつつ、二人に倣うことにした。




 一同の乗る車は検問へと到着した。

 王都は外周を高い塀に囲まれた構造を持つ。これは過去の魔法なき時代における戦争の産物らしいが、現在では王都の外から襲来する魔獣が王都へ侵入するのを防ぐ役割を果たしている。だからこそ王都から都外へ出る道は、東西南北それぞれに設置された検問に限られているのだ。

 依頼書を提示して検問を抜けた一行の車は都外へと至る。広い道を走り抜け、今回の目的地・ダストリンを目指した。




 王都・ギノバス。貴族街に紛れる、とある屋敷にて。腰に大きな剣を携えた大男は机に写真をひろげる。四枚の写真、それは全て目を逸らしたくなるような凄惨な死体。半身を吹き飛ばされた者。内臓を撒き散らし息絶えた者。もはや原形すら無い、肉の塊へと成り果てた者。そして討伐された大きな魔獣の亡骸。

 「首領ドン。MP-12による暗殺はずいぶんと派手すぎるようですが……」

大きな椅子に座った貫禄のある男は葉巻を手に取ると、慣れた手つきで火を付ける。

 「問題ない。ウチに刃向かう馬鹿への見せしめにはちょうどいい」

そして男はゆっくりと煙を吐いた。






【玲奈のメモ帳】

No.12 貴族

ギノバス王国時代の特権制度が引き継がれた人々の名称。現在の合議制を礎とした大陸統治において、貴族身分は政治参加するための前提条件となっている。

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