13.工業都市ダストリン ***

 そのとき運転手の男は突然車を止めた。

 凄まじい衝撃をなんとかこらえた玲奈は、何事かと前方の様子を確かめてみる。するとそこに広がったのは思いもよらぬ光景だった。

 道から大きく外れて横転しているのは、つい先程まで玲奈たちの前方を走っていたはずの魔力駆動車。そしてその荒技をやってのけたものこそ、突如現れた巨大な魔獣だった。

 その獅子のような魔獣は、次の獲物を欲さんばかりにこちらへと視線を向ける。それに横転した魔力駆動車には、きっとまだ人が倒れているだろう。その紛れもない緊急事態に、玲奈はすかさずフェイバルへと声をかけた。

 「フ、フェイバルさん!! 魔獣ですっ!」

しかし男の応答はない。先程の急停止で体が座席から吹き飛ばされていながら、男は至って静かに寝息を鳴らしていた。

 「ちょっとぉぉ! じゃあ何したら起きるんだ!!」

 フェイバルは夢の中。玲奈は体を揺すって起こそうとするが、ヴァレン楽観的にそれを制止した。

 「まあまあ。ここは私とダイちゃんがやるからまかせて」

束の間、彼女は神妙なものへ豹変する。

 「レーナさん、絶対車から出ちゃダメ」

 「わ、わかりました……!」

ヴァレンは振り返り、ダイトを目を合わせる。そして二人は車から飛び降りた。

 地に足をついた二人は、落ち着いた様子で意思疎通を図る。目の前の魔獣はまだこちらを凝視するが、彼らは一片の恐れすら見せなかった。

 「私があの魔獣を仕留めるから、ダイちゃんは倒れてる人をよろしく」

 「了解です、ヴァレンさん」

ヴァレンが指を鳴らす。その動作に呼応して二人の足元へ展開されたものは白い魔法陣。すかさず展開を終えると、二人の体には淡い光が纏わりつく。その一連の反応は、さらにもう一度繰り返された。

 車内から二人の様子を伺っていた玲奈はその魔法陣を見るなり、咄嗟にバッグから魔導書を取り出した。生で魔法を見たのなら調べてみるほかない。

 「白い魔法陣……強化魔法! ヴァレンさんが自身とダイト君に魔法を付与した感じかしら……」

 また玲奈が本から車両の外へ視線を移したそのとき、二人は息を合わせて駆け出した。それは人間のものとは思えぬ凄まじい速度。ヴァレンが行使した強化魔法・俊敏アクセルの効果である。

 ダイトが向かったのは、倒れている車両の側。すぐに中から人を引きずり出すと、それを軽々と担ぎ上げた。ヴァレンが行使したもう一つの強化魔法・剛力ストロングスの効果である。

 魔獣の目と鼻の先に立つヴァレンは、慣れた手つきで腰から拳銃を取り出す。

 「さよなら」

 ヴァレンは軽々とその銃口を魔獣の額に向けると、躊躇うこと無く引き金をひいた。銃口から乾いた音が鳴ると、たちまちそこからは眩い弾丸が射出される。そして次の瞬間、魔獣は頭部の肉と骨を地面へばら撒きながら、ただ呆気なく崩れ落ちた。

 魔法銃、それは魔力をエネルギー弾へと変換し放出する魔法具。この世界では魔法剣と並ぶ一般的な武器である、と玲奈は記憶している。

 ヴァレンが取り出した魔法銃は拳銃の形状をしながらも、それはかなりの全長を誇る。重さや射撃の反動は女性にとって相当な負担であることは、ミリオタをかじってきた玲奈には分かる。しかし強化魔法はこれほどの重火器でさえも、女性の片腕での射撃を可能にするのだ。

 




 「――お怪我はありませんか?」

 「かすり傷程度です。ありがとう、本当に助かりました……」

 ダイトが救出した青年の状態を確認している頃、一仕事終えたヴァレンは一歩遅れて車内へと戻った。そしてヴァレンの悪い癖が出る。彼女は青年にぐっと近づくと、吐息混じりで語り始めた。

 「お兄さん……大丈夫?」

 「は、……はいぃ……」

玲奈はマズい予感がしたのでヴァレンを遮った。咄嗟の判断ながらも、玲奈はその青年の搬送と依頼との調整を図る。

 「お、お兄さんはどちらまで?」

 「王都から工業都市ダストリンに資材を運ぶところでした。でも、もう詰み荷がダメになってしまったので――」

 「私たちもダストリンに行く予定です。お兄さんには申し訳ないですが、このままダストリンへ向かってもよろしいでしょうか?」

 「も、もちろんです……!」

 「わかりました。ありがとうございます」

玲奈は席でくつろぐ運転手の方へ声を飛ばす。

 「運転手さん! 一人増えますが、このままダストリンへお願いします!」

 「おうよ! なら早速出すぜ」

魔力が充填され始めた車両は再び震え始める。そして一行は、また目的地を目指した。

 「Zzz……」

 「こんだけ一騒動あっても起きないって……本当に生きてますかフェイバルさん……?」 




 前方に高い塀が見え始めた。塀のもっと奥からは、絶え間なく煙突から吹き出す煙が見える。玲奈は一目見て分かった、ここが工業都市ダストリンだと。

 ダストリンの検問にて。つい先程目を覚ましたばかりのフェイバルは、目をこすりながらも胸のブローチを検問の騎士へ示した。

 「恒帝殿。ご苦労様です」

 検問を抜ければそこにまず広がるのは住宅街。王都の住宅街それほど遜色ない町並みだが、ときおり強固な鉄筋造りの建築が見受けられるのは、この街の重工業の隆盛さをそれとなく表している。

 少し賑やかな大通りの中腹で車は停められた。すぐ側の建物は、あたりのものと少しばかり違う雰囲気。門の前に剣を差した男が立っているのは、ここがダストリン駐在騎士団の詰所だからである。

 フェイバルはまだ眠そうに呟く。

 「とりあえず、いつも通り現地の騎士と作戦会議からだ」

そのときふと彼は青年を目にする。見知らぬ顔だが、平然と話を続けた。

 「この兄ちゃんが何で俺らの車に乗ってるのか知らねーけど、とりあえず詰所入るぞ」

玲奈はその青年へ告げる。

 「とりあえず、私たちとの同行はここまでになります。お気を付けて」

 「ありがとうございました……本当に助かりました!」

青年は何度も礼を告げると、一足先に車を後にした。




 四人の魔導師たちは詰所へ足を踏み入れる。

 「お待ちしておりました。さっそくですが、連日の調査で得た情報をお伝えしますのでこちらへ」

 中年の騎士は段取りよく玲奈たちを詰所の一室へと通すと、そこでダストリンの地図を広げた。男は地図のある一点を指さす。

 「まず奴らの拠点ですが、場所はこちらの廃工場で間違いありません。元々は薬品工場でしたが、資金源であった貴族の不審死が原因で廃業しました。入手した設計図のままであれば、敷地内には工場建屋と倉庫の二つの建物があります。倉庫には地下施設もあるとのことです」

フェイバルはこなれた様子で尋ねる。

 「そんで、想定される敵戦力は?」

 「全員の人数は把握できていません。しかし、夜間は数人が特定のポイントで目立たぬように見張りを行っているようです。我々の見立てでは、見張りの規模は一〇人程度。かなり旧式のものですが、魔法機関銃を装備しているようです」

 「なるほど……盗品かもな」

 「それに彼らが生産しているとされる危険薬物ですが――」

騎士の男は写真を机に置いた。写真に刻まれたのは、鈍い黒を輝かせるカプセル錠。

 「ここダストリンで見つかったものです。写真では少し見にくいですが、MP-12と名付けられています。ダストリン化学局が検査したところ、魔力受容力を飛躍的に上昇させる成分である、マジケルが多量に含まれているとのことでした」

 「……まじ……ける?」

案の定フェイバルが薬学に明るいはずもなく、ただ同じ言葉を繰り返した。なんとなく察した騎士の男は少しだけ詳しく説明を始める。

 「マジケルは化学局が厳しく規制する指定化合物です。危険性ゆえ、これが世に出回ることは基本的にありません」

玲奈は先程のフェイバルの話を思い出して血の気が引いた。

 「それって……」

 「んー。俺の推測は当たっちまったらしい」

 「ご存知でしょうが、もとより魔法を行使できる生き物である人間が由来となった魔獣は高い凶暴性を持ちます。何卒お気を付けください」

 「ああ、分かってる。何とかするさ」

フェイバルは一呼吸おくと続けた。

 「そうだな、作戦の決行は今日の二十二時で頼めるか? あとこれは万が一の話だが、人間由来の魔獣が現れたときに備えて、あんたら騎士たちは廃工場に包囲網を敷いてくれ。敷地の外にバケモン出すわけにはいかねえ。それ以外のことは俺らが何とかする。こちらから伝えたいこと以上だ」

 「承知しました。作戦決行までは時間がありますので、それまでこの部屋はご自由にお使いください。以後私は作戦の手配にかかりますので、これにて失礼いたします」

そして騎士の男は退室する。作戦会議なるものは、意外と呆気なく終了した。

 玲奈はヴァレンに耳打ちした。

 「作戦って言うもんだからもっと緻密な感じかと思ったけど、結構魔導師側の融通きくのね」

 「まあ、結局最前線に立つのは私たち魔導師ですし。それになにより、騎士からは厚く厚ーく信頼されてますから。国選魔道師という称号は」






【玲奈のメモ帳】

No.13 強化魔法

筋力や俊敏性などの身体能力に作用する魔法。魔法陣は白色。

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