11.魔の道を、まず一歩 ***
ニアと出会ってから、早くも数日が経過した。タイムリミットは着々と迫っている。
二人は気の遠くなるような練習を来る日も来る日も繰り返したが、成果は一向に現れない。こうも上手くいかなくては、さすがに心にも限界が訪れる。二人はただ雲一つ無い空を目に撃つし、柔らか芝の上で無気力に横たわった。
「はぁ……うまく……いかないね……」
「はい……」
玲奈は心の中でひっそりと不貞腐れる。セオリー通りに行かない転生モノは気に入らないのだ。
(異世界モノのラノベってこういう魔法の習得とか都合良くいくもんじゃないの……!?)
完全に諦めムードが流れる。しかしその重たい空気は、聞き慣れた声によって振り払われた。
「ったく、そんなことだろうと思ったぜ……」
この気だるげな声はあの男しかいない。玲奈は咄嗟に上体を起こして声の方向へ向き直る。
「フェイお兄ちゃん!」
ニアもまた、彼の訪れに希望を抱いているようだ。なにせ彼は多くの憧れを集める国選魔道師なのだから、それは必然であろう。
玲奈にはまだその国選魔道師なるものの真価を知らないが、ここは恥を捨てて縋ることにした。
「フェイバルさん! お願いします! 魔法教えてください!! まじお願いします!!」
そしてニアには見えないように目で訴えかける。
(このまま魔法使えなくて仕事の日になっちゃったら、私が死ぬほどカッコ悪いでしょ……!!)
鈍感な男はそれを知る由も無い。しかし彼の次の言葉は玲奈の期待通りのものだった。何せ彼は、もとからそのつもりで来たのだから。
「そんなことだと思ったぜ。ちょっとコッチこい。芝生が邪魔だかんな」
玲奈はそれが彼の指南の導入であることを悟った。先程までの無気力が嘘のように、彼のもとへ駆ける。
フェイバルはあたりの木の枝を拾うと何やら地面に描き始める。
「まず大前提だ。魔法ってのは、空気中に漂う魔力を体内に取り込み、その取り込んだ魔力を自身の持つ個性=属性に呼応させて初めて発現する。つまりだな、必要なのは集中力だとか感覚だけじゃねぇ。自分の魔法で発現するモノのイメージだ。そこでだ。お前らの属性は氷。王都は結構雪も降るし、氷なんていくらでも触ったことあるだろ?」
フェイバルはふと立ち上がる。用済みになった木の枝を捨てると、身振り手振りで語ってくれた。
「つまるところ、まず大事なのは氷のイメージだ。氷の見た目そのままのイメージだけじゃ足りねえ。水がじわじわと凍っていく様子、逆に溶けてく様子、氷に触れたときのあの冷てー触覚。そのうえで、自分がどんなカタチの氷を出現させたいのか。その氷は分厚い壁となって身を守る盾のなるのか。はたまた、鋭く放たれて敵を貫くのか。発現するモノ自体と、そのカタチ。そのイメージが伴いさえすれば、初級の魔法なんてすぐできる」
ニアはそれを真剣な眼差しで耳にするのに対し、玲奈はただ呆然としてしまった。こんなにも知的に語るフェイバルを見るのは初めてだった。ろくでもないところばかり目につくので、ついつい忘れそうになってしまう。彼は大陸を代表する魔導師なのだ。
フェイバルは玲奈の目を覚まさせるように、少し大きな声を上げる。
「さ、分かったらさっさと練習だ! これができねーなら、ギルド魔導師辞めさせてただの秘書にするからな!」
「へ、へい師匠!!」
日が暮れ始めた。待ち飽きたフェイバルは掌にベーコンと生卵をのせると、それを魔法でじっくり焼き始める。気ままに夕食の準備をしていれば、ようやくその時は訪れた。フェイバルの視界は確かに捉える。偶然にも二人同時に、掌の先で煌めいた魔法陣を。
「お……思ってたより早かったな」
拍子抜けするほど突然だった。輝かしい水色の魔法陣は確かに現れたのだ。それはすぐに消えてしまったものの、大きな進歩に変わりはない。
二人は呆然とした。しかし奥底の達成感はふつふつと燃え上がる。そしてついにそれが爆発すると、全身で喜びを表現していた。
玲奈は両手を天に突き出して叫ぶ。モニター越しに見続けた魔法が、今まさに自分のものとなったのだから。
「マジだ! マジで出た! 魔法陣カッケぇぇ!!!」
ニアは涙を流して玲奈へ抱きついた。
「お姉ちゃん! 私にもできたよっ……!」
ふと玲奈は我に返る。自分がカッコいいお姉さんであることを思い出すと、咄嗟にニアをそっとなでてやった。
「やったねニアちゃん! これで私たちも魔導師だよぉ……!」
少女の涙につられ、玲奈も顔をくしゃくしゃにする。そんな大団円に、至って冷静な男が近づく。
「なーに。まだまだ魔導師の第一歩だ」
玲奈は何やらもぐもぐしているフェイバルの方に目をやった。男の真顔は凄く興ざめだっが、その男のさらに後ろにはモナミと子供たちの姿。いつのまにか一部始終を見られていたらしい。
子供たちは一斉に三人の元に集まると、思い思いの言葉を口にした。
「二人とも、おめでとう」
「やったなニア!」
「お姉ちゃんもおめでとう!」
玲奈は子供たちにもみくちゃにされる。しかしそれこそ、彼女の魔道において忘れがたい瞬間となった。
モナミはふとフェイバルの横に並ぶ。二人は子供達と玲奈を遠くから見つめながら、ゆっくりと語った。
「フェイ。ありがとうね。あなたとレーナちゃんのおかげよ」
「まあ、なんだ。親孝行みたいなもんだ」
「ずいぶん優しくなったわね」
「……ガキの頃の話は勘弁な」
フェイバルはようやく夕食を終えると、もみくちゃにされる玲奈を呼び出した。
「おいレーナ! もう明日には出発だ。今日のところはこのへんで帰るぞ!」
玲奈はかすかに聞こえた男の声に反応する。異世界に来てから最も印象深い出来事に浸るのは、ここまでにしておこう。
「は、はい!」
玲奈は子供たちの輪から何とか抜け出すと、フェイバルのもとに駆け寄った。
興奮はいまだ冷めない。玲奈は妙に早口になって呟いた。
「フェイバルさん! 今日は本当にありがとうございました! まさか助言をもらってこんなすぐに魔法陣が出せるとは思いませんでしたよ。まあ、まだ魔法が使えるようになったわけじゃないので、さすがに『魔法でバトルだ!』なんてことはできませんが、これからもっと訓練して――」
フェイバルは対照的に、ただ真顔で応答する。
「なーに言ってんだ。明日の仕事はかなり危険な現場だぜ」
「……え?」
「まあ、要するに魔法戦闘が起こりうるってことだな」
玲奈の興奮は冷めすぎた。妙に体が震えるが、それが武者震いではないことだけは確かだ。
「そ、そんな殺生な……」
「内容は工業都市ダストリンにある廃工場の制圧任務。まあちゃんと制圧すべき敵が居る仕事だ」
玲奈は背中に冷たいモノを感じた。
「……遺書書いときます。ごめんなさいお母さんお父さん……」
「大丈夫だ。今回は弟子二人が同行する。死ぬ方が難しい」
その心強い言葉で玲奈は妙に元気になった。
「ほんとですよね!? 私、生きて帰れますよね!?」
「なーに情けないこと言ってんだ。おまえはギルド魔導師になりたくてギルドに来たんだろ?」
「そりゃ……そうですけど」
「制圧任務はギルド魔導師の花形の仕事だ。そんなのを新人が体験できるなんて滅多に無い。だから今は腹くくれ。怖いだろうが、ギルド魔導師としては最高の経験値になる」
フェイバルは付け足した。
「お前は秘書である以前にギルド魔導師だろ。魔導師になって何かを守りたいと決めたのなら、依頼のひとつくらいサクッとやったろうじゃねーの」
魔道を歩み始めたばかりの玲奈には、ずいぶんと過酷な仕事だ。それでも決めたのだ、彼女はギルド魔導師になるのだと。
【玲奈のメモ帳】
No.11 魔力
魔法の元素。魔導師は空気中の魔力を肉体に取り込み、それを放出することで魔法陣を発現させる。
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