最終話 相変わらず

「亜土も悪気がなく、中野君のデータを操作することで炙り出してしまった。画像処理をしているのだから、見たままで登録されているはずだ。そこに、本来の性別である男性だという変数を組み込むことで、君は登録されていない人物とされてしまった。だから数字が一、減ることになった。それはしかし、君の中で実験の一部だからと、尊敬の気持ちを消すものではなかったわけだ。しかし、尚武の場合は許せなかった」

「ええ。とても嬉しそうに、新しい発見をしたという言い方でしたので、許せませんでした。ただでさえ、人間関係に悩んでいたということで、私は親近感を持っていたのに。それなのに」

「ああ、なるほど」

 考えとは逆で、中野は尚武の存在の総てが許せなかったわけではないのだ。

 腕を切り落としたのは、研究者としてのあなたは許せるが、今のあなたは許せない。そういうメッセージだったのだ。人の気持ちとは、これほど読み難いのかと聖明は複雑な気持ちになる。

「これで総てです。鍵に関しては、私は識別されないことを利用し、栗原家の人だけを許可する形に書き換えたんです。人が多い状況でしたから、きっと尚武さんは出掛けるだろう。そう思って仕掛けておいたんです。先生は、殺害方法には興味がないんでしょう」

「ええ、まあ。言い方は悪くなるが、その過程には興味がない。君という、中野夏澄という人間に興味があるから問うたことだ。それに罪を裁くのは司法だからね。俺には関係のない話しだ」

 よく話してくれたと、聖明はそう言うと部屋を後にしていた。部屋を出ると、辻がいたのでそのまま引き継いでいた。




「大変な休暇になってしまって、すみません」

 翌朝。事件も解決し、容疑者も逮捕されたことから、聖明たちは大学のある都市へと戻ることになった。その道すがら、車を運転する辰馬は謝っていた。

 こんな大変なことに巻き込んでしまった。その責任を感じてしまったせいだ。

「別に君のせいではないだろう。もし話題を振ったことを気に病んでいるのならば、写真を持って来た人見が責任を取るべきだね。君は関係ない」

 聖明は変な休暇だったと、そこで苦笑するだけだ。

 助手席にいる未来も、特に何もなかった。

 そういう二人こそ変なんだけどなと、辰馬はほっとするやら苦笑するやらだ。

 帰りの車の中に、憲太の姿はなかった。まだ、警察の事情聴取や屋敷で行われる現場検証が残っているということで、帰るのが後になる。

 大学までは吉田が責任をもって送ってくれると言うので、安心して任せられた。その吉田からは

「いやあ。ずっと一緒にいましたけど、中野君が男だなんて思ったことは一度もないですね」

 という呑気な意見を聞くこととなった。

 研究者とはそういうものだ。基本的に、目の前の研究しか見ていない。そこに評価の総てがある。ちなみに小川も気づいていなかった。これは事前の取り調べで解っていたことだが、知った時の小川の反応が秀逸だ。

「え、そうなんすか」

 その真実が信じられないという顔。

 これがまあ、正常な反応ではないか。無理に明かすことではないし、知ろうとする必要のないこと。

 それを、あの親子は何故か不用意に、そして不必要に暴こうとしてしまった。それが相手をどれだけ傷つけるか。好奇心に負け、それを忘れていたのだ。

「そう言えば、中野君との比較のために胸を触らせろと言われた時は、ちょっとびっくりしたけどね。これはセクハラじゃないの?」

「痩せている男性の胸筋の確認です。サンプルとして、先生が適当だと判断しました」

 聖明の冗談に、未来はいつものように冷たく返す。

 本当に、この関係が続くうちは、うちの研究室は安泰だなと、聖明は妙な感慨にふけってしまった。

「さて、大学に戻ったら、自分の論文に取り組まないとな」

「あ、先生。何か考えている最中だったんですか」

「まあね。そこに人見が、って、もうこれはいいや」

 あの写真に導かれて、憲太に出会えたのだ。若い別分野の研究者と知り合う機会はそうない。そこは言いっこなしだろう。それに無意味だったとは思えない。

「いいリフレッシュになったよ。たまには別のことを考えるのも悪くない」

「そう簡単に事件なんてないですよ」

 あまりに呑気なので、未来からそんな注意が飛ぶ。そのいつもの光景に、辰馬も素直に笑っていた。

 連休は最後の日も晴れで、しかし行きにあった嫌な気分など何一つなく、快適なドライブをしながら大学に戻ったのだった。

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絡繰り屋敷は謎だらけ!?~本郷聖明の不思議事件簿~ 渋川宙 @sora-sibukawa

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