第50話 明け方は花の色を取り戻す

早春の明け方は

まだ見ぬ春の花の色をしている。

かすかに甘くはにかんで

震えんばかりに柔らかく、

けれどぬくもりは遠く引き離された。

手を伸ばしても、声をあげても、

決して届かない遠くに。


春は嫌いじゃない。

ううん、ずっと好きだった。

いつだって私の胸を

明日の希望で満たしてくれたから。


その喜びが

傍の温もりでつなぎとめられていたことに

気づいた時にはもう一人、

ただただその帰還を願うしかなかった。


今日もまた、

かすかに甘くはにかんで

震えんばかりに柔らかく、

そしてそのぬくもりが私を有頂天にする。


明日の夢が張り裂けんばかりで怖いと

思わず言い募って胸に顔を埋めれば、

私にとって何よりも大切な

ベルガモットの香りが世界を満たす。


大丈夫、夢に限りなんかない。

見てごらん、春が微笑んでる。

明日、同じ色に爪を塗ってあげるから。


ベッドサイドには初摘みのスミレ。

耳をくすぐる囁きに頷けば、

まぶたに落とされた優しい熱。


待ち望んだ私たちの春が、

最初の色をまとってほころび始める。


あの日を取り戻した早春の明け方。

愛しさ以外の何ものでもない香りが、

私を今一度、

温かい眠りの中へと導いていった。

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