第44話 秋の森の素敵な内緒話

雨が降り出さない前に森へ行こう。


ある朝兄が真面目な顔で言った。

そんなに改まって言わずとも

すぐ近くに森はあるし、

気が向けば足を運んでいる。


違う、違う。

もっと遠くへ、ずっと深い色のだ。


兄に手を引かれて連れ出され、

有無を言わさず助手席に座らされ、

開かれたドアの向こうに見た景色。


私は息を飲んだ。

どこまでいっても同じだと

そう思っていた秋の色が

全く違ったものに見えたから。


ブナもオークもトネリコも、

私のよく知る森にある。

なのに、なのに。


一足早い紅葉と落葉。

足元に重なるそれらを踏みしめながら

私たちは森の道をそぞろ歩いた。


いつもの色が一層深くまろやかで

まるで色が香り立って酔いそうだ。


世界にこれほどロマンチックなものはない。

詩人たちの受け売りだけど同意しかないな。

兄がそう言って笑った。


森を抜ければその向こうには

夕日を浴びる廃墟があった。

それだって珍しいものではない。

けれどその背後に

さらなる広がりを見せる秋の色が

ここは特別だと言う言葉を際立たせる。


兄が私の肩に

そっとウールのショールを羽織らせた。

この間買ったブラウスと同じ色。

初めてで恥ずかしさが募った色。

そしてそれは森にはない優しい色。


いつの間にと驚いて兄を見上げれば

秋の陽の暮れゆく光が

私たちをやわらかく包み込んだ。


お前が一番特別だからね。

何よりもロマンチックだから。

詩人たちも知らない秘密だ。


兄がそう言ってまた笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る