第42話 風の中で微笑む魅惑の旋律

庭を自由に使っての演奏会。

グラス片手に思い思いにくつろぐ参加者たち。

私も兄と二人、

香り豊かなクラフトジンを選んで

庭の端の石垣に腰を下ろした。


遠く草を食む羊たち。

雄大な牧草地が借景となって

庭は素晴らしく開放的だ。

その向こうにはさらに

私たちの大好きなヒースの広がり。


けれど雲が低く垂れ込め、風も強めだ。

残念だと肩をすくめる私に

いいやと兄が首を振る。


らしいじゃないか。

青空よりもずっと色気があっていい。

草の香り、ハーブの香り、花の香り、

どことなく海の香りまでもが複雑に混ざり合い、

こんな贅沢が他にあるだろうか。

丘陵地の緑の滑らかさに荒野を彩る紫の濃淡、

限られた光だからこそ色が際立つ。


やがて、

3列に並んだ弦から紡ぎ出される旋律が

次々と風に乗った。

麗しの楽器の音域の広さは饒舌で

情緒豊かな物語を作り上げていく。


まろやかで軽やかで。

重ねられる音が空に増えるたび、

世界は色づくような気がした。


今だから良いのだと思った。

この美しさを感じられるのは今だから。

遠回りの時間に教えられることもある。

そう言って兄が満足そうに微笑んだ。


愛する土地を包み溶け込む音の連なり。

それは流れ去った日々をも喜びに代えて、

私たちの上に降り注ぐ幸せの響きとなった。





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