第41話 夏の終わりの特別な赤

遠い日、私は泣いた。

上手にケーキを焼けるようになるからと

泣きながら兄に約束した。


あの頃、知っていたケーキの種類は

片手にも満たない数だったから

私は貪欲に作り続けた。


兄が好きだと思う味、色、形。

私は兄ではないから

本当のところはわからないけれど

私の中の兄に喜んでもらえるものを

私は貪欲に作り続けた。


お菓子作りの腕はメキメキと上がった。

作りすぎたお菓子を配ることで

周囲ともいい関係を築くことができた。


誰のために、何のために

私がこんなにものめり込んでいるかは

誰一人知ることはなかったけれど

物静かで家庭的な人だと

多くが好感を持ってくれたような気がする。

あれもそれも兄のおかげだ。


だから私は今日もキッチンに向かう。

兄のためにお菓子を作る。


特に夏の終わりは大切だ。

ベリーベリー。

庭のベリー、森のベリー、

私たちの大好きなベリー。

みんなみんな詰め込んで

真っ赤なお菓子を作るのだ。


けれど毎回どうしても

だらしのないものにしてしまう。

ぐずぐずと溶けてしまうそのさま

甘えてばかりの自分のようで好きじゃない。


大丈夫、大丈夫、ほうら見てごらん。


兄があふれ出したベリーと溶けた生地を

綺麗にまとめて口へと運ぶ。

その仕草は何とも上品で申し分ない。


柔らかくて甘くて、だからいい。

お前みたいで可愛いじゃないか。


そう言って兄が笑った。

その手の平で

上手く転がされているようで釈然としない。


けれどまた、何とも満足そうに兄が笑った。

太刀打ちできない相手が兄であることは

どうしようもなく幸せなことなのだと、

私も真っ赤な喜びをスプーンに山盛りのせた。

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