第33話 一角獣と花あふれる中庭

日帰り予定だった兄の出張に便乗し、

私は気軽な週末の旅を計画した。


けれど予定は未定、

いつだってそんなもの。

午後の待ち合わせが中止になって、

私は一人、町をゆく。

そぞろ歩き、いやさまよい歩き。

地図など見ていなかったし、

見る気もなかった。

思うまま、気の向くまま、

戻れなければ、その時誰かに聞けばいい。


ふと迷い込んだ路地には古い修道院。

門扉に掲げられた博物館のプレート。


引き寄せられるように足を運べば、

中庭は優しげな花たちであふれていた。

回廊をゆっくりと歩き、奥の部屋へ向かう。

古いタペストリー、絵画に彫刻、聖遺物。

しかしまあ、なんとも気高き白馬の多いこと。


一角獣がお好きですか?


静かな声に振り返れば、

柔和な物腰の壮年男性が

兄を伴って入ってくるところだった。

私は黙ったまま、曖昧に微笑んだ。


この部屋をコレクションルームにしようと

今あれこれ計画中なのですよ。

楽しみにしていてください。


再び訪れた午後の静寂、

兄がそっと私を覗き込む。

一角獣のお好きな女性に

ぜひともご意見を伺いたいものだね。

頬を膨らませ、私は肘で兄を小突いた。

窓際まで歩き、そして振り返る。


中庭の風景を部屋の中に取り込んで。

揺れる百花。野草たちの競演。

一角獣は特に春の花が好きなの。


いいね、胸が踊るね。

兄が嬉しそうに微笑んだ。

素敵な部屋ができることは間違いないだろう。


大好きな人が大好きなもののために働きかける。

なんて幸せな響き。

生まれ出るだろう未知なる美しさを想い、

私の胸も大いに高鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る