第30話 蛍舞い踊る夜の内緒話

夕暮れの庭に光の軌跡が生まれる。

夏草の輝きを感じさせる蛍たちが

今年もまた私たちの庭に帰ってきてくれた。

薄紫うすむらさきの宵の口、

夢見るような色合わせ。


嬉々として追いかけて

そっと手の平に包み込み、

二人してガラスジャーに集めた日。

大きな輝きを前に、

得意気だったことを思い出す。


また集めようか?

兄の言葉にかぶりを振る。

本を読みたいわけではないの。

踊る光を眺めるだけで十分。

そんな風に言ったけれど、

それは半分ホントで半分嘘。


窮屈な場所に押し込められた彼らが

まるで羽をもがれたかのように

感じていた年月としつきに重なるのだ。

誰かのわがままで奪われてしまう自由なんて。


ぼんやりと光を追っていた私に兄が言った。

愛があるから囲い込みたい時もあるんだよ。

だから約束が必要だ。

ちゃんと希望を聞いて、想いを伝えあって、

そうすれば縛りは甘い喜びになる。


兄が輝きを手の平に乗せ

私にそっと差し出した。

そばにいたいってお願いしてごらん。

この庭で一緒に過ごそうって。

きっと素敵な夜になる。


用意したガラスジャーには

瑞々しい植物があふれていた。

放たれた蛍たちが

まるで内緒話をするかのように

飛び交い、寄り添ってはまたたいた。


綺麗ね。

ああ、綺麗だね。


奥底に横たわっていた寂しさが

次々と光に生まれ変わり、

その輝きで心の奥の奥までが

すべて優しく照らし出されていった。



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