第28話 星の図案は明日の朝のお楽しみ

図書館前で古本市が開かれていた。

冷やかしで覗いたつもりが想像以上の内容に

ついには座り込んで吟味する。


アンティークレースの写真集。

王立コレクションの刺繍図案集。

時間も忘れてのめり込み、

最後には募金箱に紙幣を詰め込んで

あれもこれも胸に抱いて立ち上がる。


駅前で、同じように歩いてきた

手芸スクールの知り合いに出会い

顔を見合わせて笑ってしまう。

興奮を分かち合いたくて、

その足で一緒にパブへと向かう。


本をカウンターに重ね、手芸談義に花が咲く。

そんな風に熱く語り合うのは久しぶりで、

早い午後のワインがなんとも心地よい。


あら、素敵な方ね。

その声に顔を上げれば兄がいた。

ちょうどいい時間。

私は機嫌よく、別れの挨拶を交わした。


片手に本、片手に私。

兄はどんどん歩いて行く。


ねえ、怒ってるの?

どうして?

だって急いでる。


足を止めた兄が私を覗き込んだ。

この可愛いのを一秒でも早く連れ帰るためさ。

なんなら抱いて帰ろうか?


兄の手を振り切り、

私は笑いながら坂道を駆け上った。

ワインの酔いが世界をぐるぐると回した。

空が、ヒースが、ぐるぐると回った。

ついには脇の草原に、笑いながら寝転がる。

暮れゆく空が大きくて美しい。


そうしてまだまだ笑っていると、

隣に寝転がった兄に抱き寄せられた。

私は笑いながら伸び上がり、兄の頬に口付ける。

するともっともっと嬉しくなって、

その綺麗な唇にも口付けた。


兄が大きなため息をつく。

こういう時だけ素直だなんて

本当に困った子だね。

だけど私は笑いながら、また兄に口付けた。


一番星が輝き始め、

藍色の空一面に光の模様が描かれる。

素敵な図案が浮かんだけれど、

明日の朝まで覚えていられるだろうか。

けれどそれさえも可笑しくてたまらない。


兄に向き直り、そっと唇を寄せれば、

兄はもう笑いだしていた。

そして長くて素敵な口付けをくれた。


だけど私は頬を膨らます。

私がするのに、そう言ってまた口付けた。

口付けて口付けて、口付けた。


何もかもが可笑しくて楽しくて嬉しくて、

それは綺麗な綺麗な宵の口だった。



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