第27話 夢を閉じ込めた輝き


兄が午後から出かけたので

私は一人庭でシャボン玉を吹いた。


胸にかけたペンダントトップがボトルで

蓋を開ければそこにワンドがついている。

小さな小さなシャボン玉セット。


遠い昔、古道具屋で見つけて兄にねだった。

値段など見もしなかったし考えもしなかった。

けれど兄は買ってくれた。


どこへ行くにも持って行った。

風渡る湖にも花咲く荒野にも、

星降る森にもせせらぎ響く小川にも。

屋根裏部屋にもキッチンにも、

もちろんこの庭にだって。


そして一人の窓辺でも吹いた。

風に吹かれて月光を見上げて

時に雨を感じながら。


ボトルは小さい。

液はすぐになくなってしまう。

けれどそれでよかった。

いつまでも素敵な夢が続くと

味気ない日常に戻れなくなるから。


小さな虹に想いを馳せ、

玉が消えてしまう前にそっとボトルを閉じる。

そうすれば

大切な夢はどこにもいったりしないから。


今、私は迷うことなく吹き続けた。

虹色の無数の輝きの中に身を置いて

自分も風に浮かび上がらんばかりに。


明日はお前が入れるくらいの

大きな大きな玉を作ってあげるよ。


いつの間にか兄が帰ってきていた。

手にはミルクジャーみたいなボトルセット。


もっともっと作ればいい。

消えたらまた作ればいい。

これから先、ずっと作り続けよう。


最後のひと吹きからは

驚くほどたくさんの玉が生まれた。

泡のように立ち上った輝きが

兄にぶつかっては弾けて消えた。


綺麗なのに凶暴だ。

誰かさんに似ているな。


そう言って眉をしかめる兄に

私は声を立てて笑った。


嬉しそうに輝く虹が

夕暮れの空に次々と吸い込まれていった。

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