第24話 知らない時間の愛し方

満月がてっぺんに昇ってきた。

兄がぼんやりと窓辺に腰掛けて庭を見ていた。


もう肌寒いから窓を閉めればと

開いたドアから顔を出した私は

嗅ぎなれない甘い香りに口をつぐんだ。

けれど足音に気づいた兄が振り返る。


葉巻なんだと兄が笑った。

形の良い唇がどこか曲がって見えた。

何かを押し殺した切なさがにじむ。


寄宿舎時代の友人の置き土産さ。

たまにはいいかもと思って。

でも嫌いなら箱に入れて飾っておくよ。


私はかぶりを振った。

遠い日の兄を今の兄に結びつけ

私は聞かない、何も聞かない、何一つ。

流れた時間は取り戻せない。

互いにいろんなものを背負いこんだのだ。


それでもここにあるのが愛ならば

全てを受け入れ受け止めるべき。

だけど私はそんなに強くない、賢くない。


嫉妬してしまうのだ。

わけもなく、あれにもこれにも。

私の知らない兄に胸がざわめいて仕方ない。


けれどその葉巻の甘さは嫌ではなかった。

窓辺で静かにそれを咥える兄も。


ねえ、聞かせて。

そのお友達は悪いお友達?

それとも素敵な素敵な思い出?


兄が笑った。

さっきまでの切なさが嘘のように、

雲が切れた紫紺の空に輝く満月みたいに、

世界を、私を照らす華やかさで。


何かが動き始めた。

絡みつくような何かが溶け出して

やがて優しい風になる。

開け放した窓から花の匂いを引き連れて

それは私たちの前にようやくたどり着いた。


丘の上の私たちの家には

いびつにちぎれて行き場を失った

哀れな時間のカケラはもう見当たらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る