第23話 私たちの秘密の庭

夏花の球根を植えていたら

兄がご機嫌伺いにやってきた。

好きな花も木も、

お気に入りのスコップもジョウロも

土に肥料に小さなフェンスだって

必要なものはみんな揃っている。

けれどわかっているはずなのに、

何度も何度もやってくる。

首を傾げていた私ははたと思い出す。


ああ、兄は忘れていなかったのだ。

小さな私たちが

庭の片隅で思い描いたあの庭を。

二人で読んだ「秘密の花園」には、

息を吹き返し

再び揺れ始めるブランコがあった。

再生する庭はまさに魔法の庭で

自由で伸びやかで、

全てが叶う私たちの憧れだった。

私は兄を振り返り、

傲慢で口うるさい主人公のように言った。


白いブランコなんて結構よ。

もっと私らしいものが欲しいわ。


ようやく兄が破顔した。


ああ、そうだね。

さすがに僕ももう、

夢見るような少女のブランコには乗れない。


真面目な顔で、実に残念そうに言う兄に

私は声を上げて笑った。


ああ、私たちの魔法の庭には、

私たちらしい何かがきっと必要だ。

あの日よりも

もっとずっと自由で楽しいものが。


ふと、町のショーウィンドウに

出ていた椅子を想った。

私が口を開こうとしたその時、

兄が一枚の紙を

目の前にぴらりと広げてみせる。

駅前で配っていたチラシだった。

思い描いていたものがそこにはあった。


白い籐椅子は大きな大きな卵型。

クッションにブランケットに

本だって持ち込んで

木漏れ日の中、ゆらゆらと二人で揺れよう。

二人して繭のようにすっぽり包まれて

私たちの秘密の庭の、私たちらしい秘密を

もっともっと生み出そう。

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