第20話 南の夢はどこまでも甘く

早春にマーケットで買った

山盛りのスペインオレンジ。

酸っぱいそれはマーマーレードに仕立てる。

今朝のテーブルで、

ひと匙口に含んだ兄が目を細めた。


うちでも作ろうか。

好きなだけオレンジ、

真っ赤なのもいいんじゃないか?


いつもながらに気の早い話だと苦笑しつつ考える。

長く雪降るこの地では、

太陽の申し子は育たないだろう。

けれど兄は笑顔を見せた。


温室を作ればいいさ。

レモンだって、ジャスミンだって、

フクシアだって、

お前の好きなものをみんな育てられる。

薔薇だって、一年中咲くかもしれないよ。


あまりに魅力的な提案に気分が急浮上する。

あれもこれもと想像が止まらない。


そして僕は、

甲斐甲斐しく世話をするお前を見ながら日光浴だ。

知ってたかい? 僕にも光合成が必要なんだ。

なんたって、それがお前に一番近い場所だからね。

いつだって、花たちと競う気は満々なのさ。


真面目な顔で力説する兄に笑いをこらえる。

自家製の無農薬肥料もいかがですか?と

胸をそらせば

すかさず手首を掴まれて兄の上へ引き倒された。


なんとも嬉しそうな笑い声を聞きながら、

私はアンティークショップで見かけた

素敵なシェーズ・ロングを思い出す。

貴婦人のサロンにあるような優雅なそれは

兄が作ってくれる温室に、

きっと良く似合うだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る