第19話 与えられる重みは甘美なるもの

そわそわと落ち着かなかった。

暗くなっていく窓の外を何度も見てしまう。

意味もなくカップを上げたり下げたり。

肝心のお茶が

すっかり冷めてしまったことに気づいて苦笑。


どうしても外せない仕事のために

兄が家を留守にして数日。

二人で暮らすようになってから初めてのこと。

独りには慣れていたはずなのに

なんとも無様ぶざまな私が残された。


夜の静けさにいたたまれず、

明け方の冷気にひどく落胆して、

光降る午後も曇らんばかりにため息をこぼす。

指折り数えて待ちわびた日。

兄がドアを開けた時、私は笑えていただろうか。

 

どうしたの、疲れた顔をしているよ。

心配だったかい?


からかうような声色に、

こんな想いを抱えていたのは自分だけだったのかと

羞恥心が沸き起こる。

返事ができず、曖昧に微笑めば

兄の眼差しが憂いを帯びた。


僕は心配だったよ。

お前がいなくなったりしないだろうかって。

丘も家も夢だったらどうしようって。


いつにない弱気な様子に息を飲む。

そんな私の前に、兄は小さな輝きを取り出した。


だから買ったんだ。

お前をつないでおこうと思ってね。


思いも掛けなかった発想に言葉を失う。

冗談だと笑う兄に大きく肩をすくめて見せた。

けれど胸の内は恐ろしく歓喜していた。


お願い、つないでしまって。

どこにも行けないように、

ずっと離れられないように。


音になることのない想いが渦巻く。

足首に伸ばされる兄の指を私はじっと見つめた。


お前の空色のサンダルにもきっと良く似合う。


輝く戒めを、兄は足首にそっと巻きつけた。

黄金の連なり、その先には青い石が揺れている。


ああ、綺麗だね。

どうか、ずっとつけていて。


何事にも動じない男の懇願が私を甘く包み込む。

そそくさと寝室に向かい、

私はお気に入りのサンダルを履いた。

緩む頬を止められない。


戻った私はぎゅうと兄の腕を抱きしめた。

黄金の重みが伝える心にただただ酔いしれる。


同じ気持ちはね、わかるんだ。

何も言わずとも、ちゃんと伝わるんだよ。

うちの天の邪鬼さんのことは

誰よりも知っているから。


兄がそっと私の髪を撫でた。

見上げた先には贈られたものよりも

もっとずっと深くて美しい青があって

私をどこまでも満たして離さなかった。

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