第18話 吹き溜まりの夢は喜びを知る

春のマーケットでラズベリーの苗を購入した兄は

いつになく嬉々として世話を続けた。

その想いに応えるかのように

成長著しい若木は思った以上の花を咲かせる。

なんとも慎ましやかな花が

輝く宝石のような実になるなんて

にわかには信じがたい。


やがて生まれた真っ赤な輝きをそっと摘み集める。

兄の希望のパイ作りにはまだまだ遠い。

けれど綺麗な綺麗な喜びの時。

小さなボウルにちょこんと盛ってテーブルへ。


ためらうことなく、兄は砂糖をふりかけた。

その量の多さに息を飲む。


覚えてるかい?

やってみたかったんだ。

吹き溜まりの中のラズベリー。


それは小さな頃一緒に読んだ物語。

森の中の家、兄弟姉妹たちのおやつの時間。


でもこれは、と言葉を濁す私に兄も苦笑する。


そうだね、食べられたものじゃない。


もちろん私とて兄に食べさせる気はなくて

さっとそれを小鍋に入れた、自分の分も一緒に。

瑞々しいラズベリーソースの出来上がり。


憧れは憧れのままにしておくべきだっただろうか。

なんだか不憫に思えてちらりと見やれば、

二人で焼いたスコーンにたらりと

真っ赤なソースをかけた兄が微笑んだ。


かつての憧れが今の僕に追いついてくれるなんて

なかなかに愉快で嬉しいものだね。

あの頃知らなかったことが動き出す。


満足げな顔にほっとして、

私もほのかな甘さを口に運ぶ。


赤い実はこの先もきっと、

新しい喜びを与えてくれるだろう。

夢が変化して行く瞬間はいつだって刺激的で

それが変わらず兄と一緒であることが

たまらなく愛おしくて甘酸っぱかった。

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