5番地:スリーピィヘッド運河

 イノシシが落命の地、クロスダスク街道に、亜人街の冒険者たちが集結する。

 魔獣の解体・撤去作業は、想定以上の巨体で難航を予感させた。

 加えて東関門の修繕と、瓦礫の撤去。仕事は山積している。

 陸路は同街道、水路はスリーピィヘッド運河に、空路まで、道を遊ばせておくなどもっての外。

 イトウ・ミサキとフォート・ゴーレム、両者共闘による英雄譚の後始末は、大規模クエストと化していた。

 湯水の如く人員を投入してもなお人手不足。金を前払いしてでも人手が欲しい。冒険家業には嬉しい悲鳴、それも大合唱である。

 そんな、金を払ってでも連れて行きたい、頼もしい助っ人の第一陣が到着する。

 棺桶を担ぐ様は、一見して葬列のようだった。

 皆一様に分厚いコウモリ羽の外套を被った集団。長手袋に袖を詰め、ローブあるいはスカートの裾を地面に引き摺る。裏地を天球儀に模した豪奢な日傘に、更にカーテン並みの厚手のヴェールをしつらえた物を差し、徹底的に日を嫌う陰気な行進だ。

 昼間に珍しい、ヴァンパイアの一行である。

 複数の馬車から次々と姿を現す彼らは、その行進の頼もしさの割に、交わす会話は声を潜めなければならない内容らしい。

「こんな真昼の……」

「それもカンカン照りでしてよ……」

「よくも我らを斯様な白日の下に……」

「これしきで音を上げるな……。この程度の日照量を戯れと思えぬようでは、貴族の資格など到底……」

「渇いた口でよく言う……」

「お止めなさい……。聞くに堪えなくてよ……」

「ご不満もむべなることですわ……。聞けば魔物ですのよね……?」

「卑しい血の気遣いだ、たかが知れている……」

「夜の貴族の貴きたるを解さない恥知らずどもよ……」

 だからこいつらの引率なんて御免なんだ。そう言いたげに陰鬱な色を浮かべた冒険者が、彼らの先導役だ。集団へ振り返り、両手を広げて背にした件の死体を披露するかのように口を切る。

「さあさ、皆さん! こちらの血は全て皆さんのものです! どうぞ一滴残さずいってください! ささ!」

 返事はなく、臭いを嗅ぐ鼻息がまばら。気まずい雰囲気で固まる場。集団の空気がじめっと冷える。

「野ブタ……」

「よりにもよって野ブタとは……」

「焦げ臭いし……」

「嫌ですわ……。獣臭いですわ……」

「この臭気、臓器が破けてまいか……」

「我ら夜の貴族に野ブタの血を啜れと……?」

「屈辱である……。不服を申し立てる……」

 何だよ、誰も説明してないのかよ、面倒臭え。ブーブー鳴くお偉いブタの群へそう言いたげに、冒険者はウンザリな溜め息を漏らした。

「囀るな」

 と同時に、ヴァンパイアたちが神輿よろしく担ぐ、棺桶の蓋が乱暴に蹴り抜かれた。

「我が眷命よ」

 皆の注目を集め、棺桶から真っ直ぐ伸びる青白いおみ足が、やおら近場のヴァンパイアの頭に乗る。不服そうな態度から一転、恭しくかしずくヴァンパイアたち。

「真祖……」

「真祖様……」

 太陽に晒した素肌は焼かれ、白煙を上げながらも、棺桶の主――真祖と呼ばれた女、ミラカ・カルンスタインは悠然とヴァンパイアたちを土台にして地に降り立つ。眷命たちが差し出す漆黒の召し物をまとい、冒険者の前に立つ。

「我が眷命が失礼を。カルンスタインの血族の醜態は、長たるこのミラカが不徳の致すところ。必要とあらば我が瀉血をもって詫びよう」

 眷命たちがどよめく。

「おお……真祖よ、お立場がございまする……」

「頭を下げ……あまつさえ御身の瀉血など、ヒューマンには過ぎた行いにございます……」

 よくわからないが、瀉血とはヴァンパイアにとって重い謝罪らしい。それはそれでミラカほどの立場の者がやると状況がややこしくなると言いたげに、冒険者は努めて平気な態度で応じる。

「皆さんおっしゃる通りです。瀉血? だなんて、自分にゃ勿体ないし、第一、気にしとりませんから。さ、早くお召し上がってください」

「同意する。我が先んじれば、眷命も後に続こう。肥えたプライドが邪魔をして尻込みする馬鹿どものケツを叩くために、な?」

 ミラカの瞳が紅く煌めく。

 ヴァンパイアの長らしからぬ物言いで、そっくりそのまま同じことを言いたげにしていた矢先に先に言われ、冒険者は思わず口走った。

「……思考を読まれましたか?」

「案ずるな。ヒューマンが本音より建前を重んずることは承知しておる」

 悠然と冒険者の横を通りすぎるミラカ。

 ヒューマンからすれば驚くべき読心術を、まるでつまらない遊びとばかりにやって見せたミラカの興味は、とっくにイノシシの血に向いていた。

 かの者の巨体は、野生の生存競争に揉まれて幾星霜を経た代物か。畜産ではあり得ない、むせ返るほど濃密な生命の赤い滴りが匂い立つ。

「嗚呼、一番牙は格別だろうなぁ? 気品の欠片もない野性味も、俗世の情緒と思えば一興であろうなぁ?」

 凶悪に表情を崩したミラカの牙が冴える。吸血鬼の本能をそそる香りに喜びが湧く。

 それは、彼女の眷命であっても例外ではない。

「お待ちを……」

 水を差されて感じた癪を隠さないミラカ。だが、手のかかる子供らがやっと大人しくなった手前、牙も納めざるを得ない。

 ヴァンパイアたちは、いつの間にかミラカの前を塞ぐようにひざまずいていた。

「毒味も済ましておりませぬ故……御身が牙を立てるのは今しばらく……」

 かしずくのもそこそこに、ヴァンパイアたちは小走りでイノシシの骸に向かう。

 ある者は血溜まりに立ち、ある者は毛皮に牙を立て、ある者は肉に手を当て、またある者は袖口から血の触手を伸ばし、各々の好みのやり方で血を吸い始める。

 そうして、ようやくヴァンパイアたちの食事……もといイノシシの血抜きは、ミラカが眷命たちの毒味から始まった。

 結局、手下が先になるならごねるなよ。そう言いたげな冒険者へミラカは振り返った。

「本当にその通りだ。だが、とても面倒な種族だからこそ、我らヴァンパイアたるのだよ。うんざりするくらいにな」

 一番牙で吸う血はご馳走だ。それを逃した口惜しさがミラカの口調に乗っている。

「で、毒は?」

 不平不満はどこへやら、夢中になって血を吸う眷命たち。

「……、で!? ど、く、は!?」

「真祖よ……今しばらく……チュルチュウ」

「はぷぁ……もっと奥の血まで調べなければ……じゅるる」

 甘露でスパイシー、栄養が詰まって粘りを帯びた血をすする湿った音。漏れる息継ぎに、汚れた口を拭い、舐め取る所作ですら絶品で、味の想像を掻き立てる。ミラカは我慢の限界だった。

「おい、貴様ら!?」

 歯止めの利かない食欲は、さしもの真祖も恐れてか「我の分まで吸うなよ!?」と、長らしくない慌てようで、遅まきに食事に加わるのだった。

 ヴァンパイア、わっかんねえなあ……。そう言いたげに、冒険者は頭を掻いて、夜の貴族の食事を見届ける。

 今でこそ隣人として友誼を交わす種族だが、手放しで信を置けない。彼らヴァンパイアは、今でも力ある魔族なのだ。


◆◆◆


 魔物の素材の運搬方法には、大きく四つある。

 一つ。巨大な骨など非食用素材は、メルトポ市街を通る水路に繋がるスリーピィヘッド運河を利用する。

 船に積載ないしヒッポカンポスに牽引させる方法は、水生亜人たちの独壇場だ。

 もっとも、常に濡れた水中生活を送る彼らに浸水被害の観念は薄い。濡らしてはいけない物も、必ず濡れて届く。

 また、水路に住む者が厄介だ。水質の変化にも敏感で汚れる物を嫌い、食材は人の物と知らず掠めとることも多いため、運べるものは限られていた。

 しかし、巨大な積み荷をものともせず、悠然と水路を往来する船舶や魔獣の共存する風景は、陸路や空路の活気やせわしなさとは違った良さがある。一言で表すなら、画になるのだ。

 二つ、扱いやすく切り分けた肉や皮は、陸路の荷馬車へ。三つ、端材は空路を受け持つハーピィらが小包で街へ送る。

 その内、傷みやすい内臓や、魔力を宿した希少な結石類の運搬は特に厳重に行うのが肝要。

 そして四つ目。運搬する素材自ら街まで移動してもらう。

 船も馬車も要らない。肉だろうと骨だろうと、素材をゴーレムにしてしまえば、あとは独りでに歩いてくれるのだ。

 ただ、痛んだり汚れたりで衛生面が、グロテスクな見た目が最悪だったりの問題で、素材を箱詰めする手間は必須である。

 この方法は、特に消化器管内容物の処理に好まれた。

 ギルドが発注したクエストを、所属するパーティが各々の得意分野でこなしていく。馬車や機材の一つまで個性的な者たちの集まる巨大魔獣解体の現場は、目にも豊かな活気と喧騒に溢れている。特に地上は渋滞していた。

 それは、東関門フォート・ゴーレムの修復現場でも同じだ。

 砦の役目を担うゴーレムである。石積み構造であれば着工まで早いのだが、複雑な操作機構の修理には下調べから資材の用意まで、どうしたって時間がかかる。

 髭を生やした巌のチビ助たち――ドワーフが中心となる、ギデオン工房の建築家とゴーレム技師――ラビたちの共同戦線。

 崩落の危険と隣り合わせの現場では、気の緩みが命取りとなる。

 建築家が支柱で砦の崩壊を防ぎ、ひとまずの安全を確保する傍ら、ラビが建材の隙間にエメスの核と呼ばれる輝石を詰めて、建物の一部をゴーレム化する。

 生まれたてのゴーレムへの命令は「工事が終わるまで崩れないように持ち場を支えること」

 一瞬、ギョッとした感じで生みの親へ目で訴えるゴーレムたちだったが、大きなお友達フォート・ゴーレムの存亡がかかっていると知るや、使命感を帯びて支えに徹する。

 こうして手間を重ねた上で損傷の調査を進め、必要な資材を見積もっていくのだ。

 そんな騒がしさを、少し遠くに感じる日陰の仮設テントで、僕と御者、兵士。机を挟んで事情聴取を受けている。

 その横で、イノシシの端肉を一心不乱に貪るセントール。

 御者がフードを脱いで、胸に手を当て、兵士に礼をした。

「すいやせん。相棒にゃ栄養つけて脱皮させるのが、療養にゃ一番でして」

「礼には及びません、ノットさん。拝露の治癒は相性が悪いんでしたっけ?」

「あー、まあ、正確にゃ、相棒とあっしの関係にゃ相性が悪いと言いますか……」

「ゴルディオ族のさがですか」

「ハハハ、んな性、クソ食らえって話でさぁ」

 居住まいを正し、両手を組んで兵士が問う。

「あなた方が、あの魔獣を誘導した嫌疑があります」

「えっ」

 僕だけがうろたえて、バカみたいだ。

 兵士が反応をよく観察している。何を思って僕を見ているのだろう。僕の態度は、どのように目に映っただろうか。魔獣に追われていた時とは違うが、胸がドキドキする。

 その視線を、御者――ゴルディオ族のノットが体で遮る。

「ぶっちゃけやしたね。大した度胸だ」

「ゴルディオ族の生活文化を考えれば、どうしても避けて通れない話ですから」

「そりゃあ、一体全体、どういう了見か聞かせてくれやせんか?」

「端的に言えば、あの魔獣の意志を操っていたのではないかと」

「そりゃ見当違いってもんでさ、軍人さん」

 鼻で笑って、御者のノットは続ける。

「確かに。セントール族と、一族の言い伝えだと四足有翼の古龍なんてのもありやすが、そいつらの意志を操るのがあっしらゴルディオでさ。たまに虫憑きの変わり者もいやすが、イノシシに憑いた奴なんて聞いたこともありやせん。第一、あっしはもう相棒がいやすんで。操るって話もねえ……水辺に寄せることしかできやせんし、恥ずかしながら、へへ、あっしは未経験なもんで」

 下世話な話をするように、ノットは言う。

「……ふむ。では、クロスダスク街道を通らず、古の森を抜けようと思ったのは?」

「ハハハ! お兄さん、人が悪いや。あの森のティタンもトロルも気の良い奴らばかりじゃねえですか。道がわかりにくいだけで、慣れりゃあそこ以上の近道はありやせんよ。むしろ今日の森の方がおかしいや。ティタンもトロルも、影も形もありゃしねえんだから」

「原因を探るなら森の中、ですか……」

「火を鎮めたら、是非ともお願いしてえところでさ」

「……ライン君」

 質問の矛先がこちらに向き、僕の体が固まった。

「見た所、僕と同じヒューマンだね?」

 僕はぎこちなく頷いた。

「君は何故、メルトポへ?」

「魔術とかの勉強に来ました」

「一人でかい?」

「両親は他界してて、伝手もありませんから。手に職を付けようかと」

「それは……出過ぎたことを聞いてしまったね。すまなかった」

「いえ」

「仕事柄、人の気分を害することが多くて困る。メルトポを守るため、なんて大義に驕るつもりはないけど、できるだけ協力してくれたら嬉しいよ」

「はい、勿論です。これからお世話になる街の兵士さんが、これだけしっかりされているのを知れたので。少し安心しました」

 ほう、と、兵士はともかくノットまで感心したように、顎へ手を当てた。

「君は人をよく見るね。こりゃ、こっちの方が下手を打てないな」

「買い被りすぎです。僕、まだ一一歳ですよ」

「じゅういっ……? しっかりしてるなあ。将来が楽しみだ」

 その将来が来るかもわからないのに。人の気も知らないで。勝手に明るい未来を想像される身にもなって欲しい。

 きっと、僕が顔を伏せて、悔しさに拳を握っているのも、照れ隠しか何かだと思っているのだろう。

「さて、ライン君。君の荷物をあらためさせてくれないか?」

 やっぱり来た。

 ミディンロー家から持ち出した、解呪の記録書。僕の命綱に等しい書物だ。そこにはしっかり本名も記されている。

 僕の足跡は、気安く残せない。

「それは、検閲とは別にですか?」

「いや、街に入る前の検閲と同じ扱いだよ。少し詳しく調べさせてもらうけどね。城郭で改めて検閲は受けてもらうけど、手短に済ませるよう配慮する」

「ここで検閲を受けるのに、またあるんですか?」

「今からする分は魔獣騒動の調査を兼ねているのはわかるね。僕たちの仕事に必要だってことも」

「はい」

「問題はその後だ。ここから城郭までの途中で、いけない物が紛れ込まないとも限らない。だから検閲はどの道避けられないんだ。東関門の権限で城郭に口利きするのが限界って訳さ」

「わかりました。ただ……ちょっと見られたくない本があって……」

「見られたくない?」

 少し訝しむ素振りをして、瞬時に合点がいったとばかりに兵士は下品に笑んだ。

「なるほど、男だね君も」

 絶対変な勘違いをしている。が、都合は良い。

「僕も男だ。その辺の情けはある。表紙は見ても大丈夫かい?」

「はい。何の変哲もない装丁ですから」

「わかった。本の中身は見ないようにしよう。ただし、重量測定から傷の位置に数まで、隅々まで調べるよ。不自然な魔力や薬物なんかを検知したら、その時は漢の約束はなしだ」

「わかりました。ご配慮くださりありがとうございます」

「よし。ではこちらへ。早速、検閲に立ち会ってもらうよ」

「わかりました」

「ノットさんは、トゥロさんと待っててください」

「承知しやした」

 セントールのトゥロは手振りで応え、肉を貪りながら僕らを見送った。

 検閲の方はというと、当然荷物から何かが出る訳などない。

 もしやと思って僕自身のことも調べてもらったが、こちらも何も出なかった。

 こんなことで呪いの正体がわかれば、これまでの苦労はない。そんな当たり前のことを思い知っただけだが、やはり淡い期待でも裏切られると少し堪える。

 しかし、僕の疑いは晴れたということで、東関門の兵士から検閲済証に一筆入れてもらえたのは大きな収穫だ。

 更に気を利かせて、街へ向かう素材運搬用の馬車に相乗りできるよう手配までしてくれた。

 捕まった時にはとんだ足止めを食らったと思ったが、足止めどころか話を早く進めてくれた。

「兵士さんには感謝しきれないな」

 東関門の去り際、御者のノットとトゥロの二人に挨拶に出向く。

 ノットは僕と同じく荷物の検閲。トゥロは相変わらず、傍で肉を食べ、細骨をかじっている。

「御者さんたち」

「おお、若旦那。済んだんですかい?」

「ええ。兵士さんがメルトポまでの足を手配してくれたので、お別れの挨拶に」

「それはそれは。わざわざ、ありがとうごぜえやす」

「……ごめんなさい。散々なことに巻き込んでしまって」

「いやいや旦那、頭を下げちゃいけねえ。旦那のせいじゃねえんですから」

「でも」

「でももデーモンもありやせんって。どっこい生きてる。仲間に語り草ができて、あっしは満足でさあ」

 カカカと快活に笑うノット。思えば、彼のこういう性格に助けられた旅路だった。

 自分一人でどうにもできない時、人を頼ること。彼に教わったことは忘れない。

「旦那、お達者で」

「ノットさんも、お元気で」

 さて、トゥロにも別れの挨拶を。と思った折、トゥロはノットの傍に寄って、彼の裾を引いている。

「ん、何でえ、相棒」

 トゥロの鎌がノットの喉を指し、招くような仕草をしている。そして、鎌は僕の方へ。

「ああ、なるほど。良いぜ相棒」

 ノットが言うや否や、己の胸を手刀で貫く。

 僕も周りの兵士も、思わず息を呑んだ。

「……? アア、気ニしナイで」

 そんな急に変な声の片言になられたら無理だ。

 この場のヒューマンの総意を無視して、ノットは自身の胸から中身を抉り出す。

 それは、幾つか筒のついた袋。昔、図鑑で見たバグパイプに近いものだ。

 ノットは体の裂け目近くの鋼糸をうねうねとひしめかせ、出した袋を腕の鋼糸で圧迫する。すると、聞き馴染んだノットの声が袋からする。

「驚かせちまってすいやせん。あっしらゴルディオの一族は、この糸みてえなのが正体で、こっちの人型はがらんどうなんでさ。で、ここに取り出したりますは、声帯のない亜人種の必需品、アラクネ謹製、ゴルディオ特注の喉笛って訳でさ」

 説明に頭が追いつかない中、ノットは喉笛をトゥロに渡し、覚束ない手つきで笛を奏でる。

 それは、僕への選別の言葉。ノットの声なのに、似ても似つかないほど聞き苦しいが、確かにトゥロの気持ちが乗っていた。

「まタ アウ コマる あル ヨブ いツでも ゴヒイキ」

 たどたどしい言葉遣い――もとい笛遣いに、真心を感じるのは何故だろうか。

「トゥロさんも、ありがとうございました」

 ふと、僕はミサキからもらったサンドイッチに気が向いた。手の中でずっしりと存在感のある、正直持て余している代物。この騒動で、すっかり失せた食欲には過ぎた食事だ。

 そうだ。と、僕はやや下を向いて声をかける。トゥロの耳は脚の付け根近くにあるのだ。

「トゥロさん、良かったらこれもどうぞ」

 サンドイッチを差し出す。トゥロは遠慮している様子で、喉笛もプヒョープヨーと言葉になっていない。

 情けない喉笛を、ノットが横から奪う。

「よろしいんで?」

「はい。貰い物なんですけど、今は食欲が……。体を治すのに役立ててもらえたら、それが嬉しいです」

「だってよ、相棒」

 ノットに促され、僕に差し出され、トゥロは恐る恐る鎌先の鉤爪にサンドイッチの包みを引っかけ、受け取る。空いている方の鎌を僕の方に伸ばして、腹の方で優しく僕の頭を撫でてくれた。

「ライン・スキューって人はいるかい? 馬車を出したいんだが」

「呼ばれたんで、もう行きます。お二人とも、さようなら」

「あいよ、旦那。またのご利用、お待ちしてやすぜ」

 迎えの人の後を追い、メルトポ行きの荷馬車に乗る。

 御者の二人は、姿が見えなくなるまで手を振って僕を見送ってくれていた。

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JK師匠の選ぶ!亜人街百景 ―呪いで死ぬまでに行きたい異世界の名所― ゴッカー @nantoka_gokker

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