[後編] 絶対卑屈の高嶺の華

「そうか、逃げられてしまったか……」


 国吉くによし燭台切しょくだいきりは、大通りで待機していた聖十郎せいじゅうろうに報告し、今後のことについて話し合う。


「盗撮犯の自宅を見張り続けていれば、いずれ戻ってくるんじゃないか?」


「だと良いんですが、犯人が禍憑まがつきに直接、乗り移られでもしたら家には帰ってこなくなるかもしれません」


「見つけるに越したことはない。か」


 燭台切しょくだいきりに可能性の話をされ、探す方針に決まったが、行方をどう辿るかが問題となる。


「あの、おかしら。わたしに考えがあるんですが」


  ※


「ムリ……絶対に無理」


 燭台切しょくだいきりが出した案を拒絶する国吉くによし聖十郎せいじゅうろうは、戸惑ったような声で問いかける。


「そんなに嫌なのか……」


「無理よ。だって人選じんせんの本選って人前に出て自分を誇示するんでしょ? 絶対にムリ!! どうせ笑い者になるのがオチよ」


 どうにもこうにも、後ろ向きな想像力しか働かないせいで彼女はかたくなに首を縦に振ろうとしない。


「だいいち、あたしが出場する事で逃げた盗撮魔がノコノコとやって来るとは限らないじゃない」


「その点は、心配ないかと」


 大会に参加したくないために必死に否定する国吉くによし燭台切しょくだいきりはサラッと言った。


「単純でチョロかったですし、何より国吉くによしに一方的な恋愛感情を抱いてるみたいですから」


「な、なんでわかるのよ?」


 国吉くによしが疑問を投げかけると、燭台切しょくだいきりは、回収してきた写真とフィルムを詰めた風呂敷の中から一冊の筆記帳を取り出して答える。


「この本に国吉くによしへの思いについて書いてありました」


「へ~。面白そう。見せて見せて~」


 鳴狐なきぎつねが興味を示すと燭台切しょくだいきりがノートを渡す。


「勝手に見て良いのか……」


「『義に過ぎれば固くなる』ですよ。おかしら


 犯罪者の物とはいえ、思いを綴った品をあずかり知らぬところで見られていると思うと、いたたまれない気持ちも無くはないが、これも盗撮犯を追うための貴重な手がかりということだ。


 バレた時は堪忍して貰おう。と聖十郎せいじゅうろうは黙認することにした。


「え~っと……『ああ、久仁くに よしちゃん。なんてキレイなんだ。まるで宝石のような輝きに美しい肌。まさに夢の中に出てくる天女ような女性だ。見ているだけで呼吸が上手くできなく……』」


鳴狐なきぎつね~。ちょっと音読はやめようか~」


 人通りがある場所で聞くには恥ずかしい内容に彼は朗読を止めさせる。


「とりあえず、この人が国吉くによしにぞっこんなのは、良くわかったよ~」


「かわいそうに……おそらく禍憑まがつきのせいで美的観を狂わされてしまったのね……」


 中身を知って満足した鳴狐なきぎつねが感想を述べ、国吉くによしは、それを捻じ曲げてでも悪い方向に受け止めた。


「う~ん。だとしたら国吉くによし人選じんせんの予選突破してることに説明がつかないんだけどな~」


「き、きっと何かの手違いよ。でなきゃ、あたしなんかが選ばれるハズがないもの」


 不合理な点を鳴狐なきぎつねに指摘され、国吉くによしは慌てて持論を取り繕う。


「はぁ……国吉くによしは、あくまで自分が美人じゃないって前提なんだね……」


 残念そうに溜息を吐く鳴狐なきぎつね国吉くによしは後ろ向きな自信を持って答える。


「当り前よ。なんなら、あたしの代わりにスッポンでも出場させた方がマシなまであるわ」


「それでも、できれば出て欲しいんですがね」


 彼女の低い自己評価よりも禍憑まがつき退治のが重要なことは確かだ。


 だからこそ燭台切しょくだいきりは眉根を寄せてまでハッキリと協力を求めた。


 だが……。


「むりむりむり……そもそも、出場辞退したし」


 傷つくことを恐れ殻に閉じこもり、出たくない理由を正当化させようと言い訳ばかり重ねる。


「いい加減してくださいッ国吉くによし! これだって立派な任務。割り切って引き受けたらどうですか!」


 そこで業を煮やした燭台切しょくだいきりが一喝した。


「だいたい、あなたは卑屈すぎるんです。十分、キレイなんですから、もっと自信をもちなさい!」


「や、あたしがキレイだなんて……」


「本心ですから、もう疑うのもやめて下さいッ!!」


 叱咤激励。毀誉きよ褒貶ほうへん


 彼女のたんのない評価だ。


「ほんとう……に?」


 怯えたネコのように確かめてくる国吉くによし燭台切しょくだいきりは腹を立てながら答える。


「まだ、信じないんですか」


 真っ直ぐ向き合われて、こんな風に褒められるとは思ってなかった彼女は、どう言葉にすれば良いかもわからないまま視線を逸らす。


 すると。


「あ……ありが、とう……」


 無意識に思ったことが彼女の口から出た。


「正直、まだ自信はないけど……でも、燭台切しょくだいきりの言う通り任務だと思ってやってみることにするわ」 


 後半になるにつれて声量が小さくなっていったが彼女なりに決意を表明し、ついに承諾を得ると燭台切しょくだいきりは表情を柔らくして、いつもの通りの温和な声色に戻った。


「では、後は出場辞退取り消しと人選じんせんに出ることを大々的に喧伝するだけですね」


「え″ッ⁉」


 宣伝されることまで想定していなかった国吉くによしが低い声を漏らすが燭台切しょくだいきりは気にせず説明を続ける。


「当然でしょ。相手はもう国吉くによしが舞台に上がると思っていないかもしれないのだから、噂を流して釣るしかないじゃないですか?」


 もちろん、それに並行して盗撮犯捜査も行っていくと彼女は付け足し、最後に国吉くによしに確認をとった。


「なにか問題でも?」


「…………いいえ」


 威圧感ある微笑みに粟田口あわたぐち国吉くによしは委縮しながら反論することなく受け入れた。


 燭台切しょくだいきり光忠みつただ――。


 普段は、のんびりとした雰囲気で口調も丁寧だが、怒らせると怖い……。


  ※


 東京府人選じんせん当日。


 日本橋区に店を構える勧工場かんこうばは多くの人だかりで盛り上がっていた。


 店舗前には、木製の舞台と出入口だけを布で隠した出場者待合室が設置されており、今か今か待ちわびる観客たち。


 その期待感と重圧に耐えかねた粟田口あわたぐち国吉くによしは人ごみから離れ京橋付近の河川で不動明王を彫っていた。


「憤怒のお顔をされている不動明王さま。迷いを打ち砕いてください……障害を取り除きください……願いを成就せしめたまえ……ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」


 普段以上に念入りに不動尊を彫刻する彼女の背中を見つけると聖十郎せいじゅうろうは呼びかける。


「こんなところに居たのか国吉くによし


「ひゃいッ!!」


 集中していた彼女は奇声を上げて驚くと木材がパカッと割れて作りかけのお不動さまが真っ二つになった。


「アチャラナァァァターッ!!」


 無残な姿に慣れ果てた木彫りの明王を前に国吉くによしは地面に手をつけて叫んだ。


「だ、大丈夫か……」


「……心配よ」


 そう言いながら国吉くによしは彫刻ノミを再び握って彫り直し始めた。


「……覚悟を決めてきたのに不安で不安で仕方がないわ」


「何がそんなに気がかりなんだ?」


 聖十郎せいじゅうろう国吉くによしを少しでも落ち着かせようと思って訊ねる。


「いろいろよ……例えば、こんな風に目立つことしてたら、あたし達のことがバレちゃうんじゃないか。とか」


 国吉くによしの言う〝バレる〟とは、彼女たちの正体が女性の姿を模した刀剣――巫剣みつるぎであるという事実に関する話だと聖十郎せいじゅうろうは察して言った。


「この程度のことじゃ明るみにでないだろ」


 巫剣みつるぎの存在が今日こんにちまで秘匿され続けているのは、彼女たちが戦争の道具として利用されないように自らの意志で御華おはな見衆みしゅうという禍憑まがつき討伐を専門とした朝廷直属の秘密組織に属しているからに他ならない。


「あたしだって本当は解ってるわよ、そのくらい……でも、こうしてないと落ち着かないの」


 職人顔負けの腕前で不動尊を彫り上げながら彼女は答えた。


「もっと自信を持って生きた方が良いことも理解してるわ……でも、あたしはこういう性分で……変わりたくても変われなくて……それでも必死に頑張って……」


 木槌とノミの動きが彼女の弱音に合わせて段々、鈍くなっていくと彼は自分の考えてることを言葉にした。


「俺は、別に無理して自信家になんかならなくても良いと思うぞ」


 国吉くによしは振り向いて、一般論とは異なる意見を口にする聖十郎せいじゅうろうに問いかける。


「どうして……?」


「どうして。って、普段の君は、その性格を生かして禍憑まがつき退治を見事にこなしているじゃないか」


 粟田口あわたぐち国吉くによしは卑屈だが決して弱いわけではない。


 むしろ、二重三重と罠を張り徹底した対策を施すうえに剣のウデもあって一切油断しない非常に優秀な実力者だ。


 しかし……。


「過大評価よ。げんに小物の禍憑まがつきを取り逃がしたからこうなってるんじゃない」


 本人は認めることはないので聖十郎せいじゅうろうは話を続ける。


「だとすると燭台切しょくだいきりも大したことないって理屈になるな」


「そ、それは……きっと、あたしが何かしら足を引っ張っちゃったに違いないわ」


 燭台切しょくだいきりの評価が下がるかもしれないと危惧した彼女は大慌てで自分の責任にしようとしていると。


「なぁ、国吉くによし


 突然、彼に名前を呼ばれた。


「なに?」


 今度は何を言われるのだろう。と警戒して弱々しい声で返事をする彼女に聖十郎せいじゅうろうは言う。


「出来ないことや不得手なことは誰にでもあるんだ。全部、完璧にこなせなくったて良いんだぞ」


 とてつもなく当たり前な話だ。


 だが。


「…………本当に良いの?」


 どれだけ理想を口にしようとも、いざ汚点を目の当たりにすれば唾を吐くのが世の中だ。


「不出来でも受け入れてくれる? 期待に応えられなくても怒らない? 欠陥だらけでも愛してくれる?」


 どこまでも都合の良い話ばかり求めすぎていて自分でも吐き気をがする。


 ――だけど。


「これが、あたしの本音よ。気色が悪いでしょ……」


 どこまで自分が許容されるのか試したくなってしまう……。


「いや」


 あるじは短く。あたしの本心の醜さを否定した。


「誰にだってある気持ちだと俺は思うぞ」


 それでも。


「なんでも疑って面倒くさい女だって思わないの?」


「慣れたよ」


「いつも暗すぎて相手してて嫌にならないの?」


「全然」


「玉虫色の髪じゃなきゃ良かったのにって思ったことはない?」


「鮮やかだよ」


 噓偽りを感じさせないハッキリとした態度に彼女は頬を赤らめ下を向いて呟く。


「……ずるい」


 そんなこと言われたら。お不動さま彫れなくても頑張るしかないじゃない。


国吉くによし?」


「いいわ、ここまで来たら後は野となれ山となれよ。禍憑まがつきさえ倒せれば良いのだから、あたしがいくら笑いものにされようが知ったこっちゃないわ」


 伏せた顔を上げ腹をくくって彼女は歩き出す。


 向かうは東京府人選じんせん


  ※


『みなさ~ん。投票よろしく~』


 壇上に立つ美女が会場を盛り上げる最中さなか。三人は盗撮犯を捜し続けた。


「見つからないね~」


 カメラを手にした人も禍憑まがつきの気配を感じる人も発見できず鳴狐なきぎつねは困った顔をしながら、ふと湧いた疑問を口にする。


「もしかして、写真機を持ってきてないのかも?」


「散々、隠し撮りしていたので、その可能性は低いと思います」


 ましてや晴れ舞台。普段以上に近くで撮影する機会を見過ごすとは考えにくい。


勧工場かんこうばの二階、三階にも観客は居るみたいですし」


 燭台切しょくだいきりは店の窓からステージを見下ろす観衆たちに目を向けて言った。


「わたしは上の階を見回ってきますので、おかしらたちはこのまま下をお願いします」


「わかった」


 一行は二手に分かれると捜索を再開する。


 そうして国吉くによしの出番が刻一刻と近づいてくる中。


 鳴狐なきぎつねが、あの独特な不快感を捉えた。


主殿あるじどの。あれッ!」


 彼女が指差して伝えると盗撮魔と視線が合う。


「あッ⁉」


 次の瞬間。逃げ出した男を見て聖十郎せいじゅうろうは言った。


「どうやら、あちらは一方的にめいじ館の顔ぶれに見覚えがあるようだ」


 すぐさま二人は犯人を追いかける。


 ……が。


「すみませ~ん。ちょっと道を開けてくださ~い」


 人が多くて、うまく前に進めない。


(……ッ⁉ このままでは見失ってしまう)


 そんな状況下で彼らに思わぬ好機が訪れた……。


  ※


(クソッ! ツイてねぇ)


 人だかりを抜けて走り去る男は振り向きながら演台に立つ国吉くによしの姿を見て思った。


(あと少しで撮影できたものを……)


 口惜しみながら前を向きなおすと、彼の行く手を阻むように一人の女性が建物の陰から現れた。


「なッ?! なんで⁉ つい、さっきまで後ろに……ッ⁉」


 なにが起きたか解らない男は立ち止まって叫ぶ。


「なんなんだよ、お前ッ!!」


「え? あたし?」


 彼女を気味悪がる男に鳴狐なきぎつねは人差し指を口元にあててマイペースに答える。


「なんだろ~哲学的な質問だね~。ん~……あたしは国吉くによしの妹で油揚げが嫌いで~……」


 突然、自分のことばかり話し始める彼女。


 普通なら、ここで「変な女」だと流して終わるとこだが、男はある言葉に反応した。


(……え? いもうと??)


「あっ」


 盗撮魔が困惑していることに気づいた鳴狐なきぎつねは自らの本体である打刀うちがたなを手から出現させ。


「隙あり」


 目にも止まらぬ早業でカメラを真っ二つにして、取り憑いていた禍憑まがつきを切り祓う。


 すると、犯人は糸が切れた人形のように倒れて言った。


「に、似てない……」


  ※


「終わったよ~。主殿あるじどの


 鳴狐なきぎつねは人ごみから、まだ抜け出せていなかった聖十郎せいじゅうろうに合流すると報告を始めた。


「取り憑いてるもの祓ったんだけど写真機の持ち主が一度、気絶しちゃった」


 おそらく反動だろう。


 直接、憑かれていなくても禍憑まがつきは人の意識に干渉することができ、その影響下から解放されて意識を失うというのは珍しくない話だ。


 事実、直ぐに目を覚まし正気に戻ったと彼女は慌てて説明していた。


「あと、壊した写真機は後日、弁償するってことで納得して貰ったから、よろしくね主殿あるじどの


「了解した」


 聖十郎せいじゅうろうは、上々な結果に満足して勧工場かんこうばへ足を向け燭台切しょくだいきりを呼びに行こうとすると。


「あ、待って。あたしが報せてくるよ」


 鳴狐なきぎつねに引き留められた。


「いや、これくらい別に……」


「いいの、いいの~主殿あるじどの国吉くによしのこと見ててあげて」


 言われて演壇の上に視線を送ると、ちょうど司会者が国吉くによしに話しかけているところだった。


『さて、観客の注目を集めたところで、一言どうぞ』


『ぁ……ゃ……』


 カーボンマイクを差し出されるも彼女は何を言えば良いかもわからず言葉に詰まらせる。


『あたしは……』


 本当は出るつもりなんてなかった。


 ただの成り行きで、仕方が無く参加しただけでしかない。


 でも……。


 そんな自分のことを見てくれているあるじがいることに彼女は気づいた。


『……あたしは、ある人の期待に応えようって思って、この場所に立ってるの……性格が悪くて……根暗でめんどくさくても受け入れてくれて……あたしのことをキレイって言ってくれてた人のために』


 だから、どれだけ自分にとって悲惨な結果になろうとも覚悟している。と続けて伝えようとしたその時。


『おおーっと!! では、愛する人のためにも負けられませんね~!』


「ぇ……?」


 彼女に勝つ意思なんて無いのに司会進行役が勝手に勘違いして話を進めていき。


『彼女と彼氏の愛を応援したい方は、ぜひ投票してあげてくださいッ!』


「オオオォー-ッ!!」


「えッ⁉」


 色恋の話題に会場は一気に盛り上がり。


「頑張ってねー!」

「応援してるよー!」

「カワイイッ!!」

「投票して上げるからねー!」


 声援を送られ。


「えぇぇーーッ!!」


 国吉くによしが顔を真っ赤にして上げた当惑の声も歓声に吞まれて消えた。


 …………そして。


 勢いのまま、粟田口あわたぐち国吉くによしは優勝した。




「なんでッ!!?」


  ※


「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン ノウマク サラバタタギャテイビャク……」


 人選じんせんで、一位を獲って以降国吉くによしはずっと同じ呪文をひたすら繰り返しながら聖十郎せいじゅうろうたちと共に帰路を歩いていた。


「えっと……さっきから、ずっと国吉くによし界咒かいしゅを唱えてるんですが大丈夫なんでしょうか?」


 心配する燭台切しょくだいきり鳴狐なきぎつねは慣れた様子で答える。


「うん。気が済むまでやらせておいて」


「外が暗いせいか目が死んでるように見えるんですが……」


 不安を拭いきれない燭台切しょくだいきりが再度、質問すると鳴狐なきぎつねは街灯に照らされた夜道を進みながら姉の瞳を覗く。


「ん~……いつも通りだよ」


「いつも通りなんですかッ⁉」


 これで平常運転なのだから本当に驚かされる。


「ご苦労なされてるんですね……」


「でも、国吉くによしと一緒なら退屈しないよ」


 心中お察しする燭台切しょくだいきりに対して鳴狐なきぎつねは多少、困った顔をしながらも本気で嫌がってない声で笑う。


「さ~て。ただいま~」


 話している間に四人は閉店時間を過ぎためいじ館の茶房へと上がり、お茶を淹れ始めていると。


「あ、こっちも帰ってきた」


 国吉くによしが元に戻っていることに鳴狐なきぎつねが気づいた。


「ただいま……それと、ごめんないさい……」


 妹に返事するやいなや国吉くによし聖十郎せいじゅうろうの方を向いて謝罪した。


「どうして謝るんだ?」


 急すぎて理解できない展開に彼が訊ねると彼女は目を逸らしながら説明し始める。


「だってアレのせいで、あたしなんかと、こ、こ、恋仲と勘違いされちゃって、あなたにすごく迷惑かけちゃったでしょ」


「実害はなかったが」


 サラッと言いながら聖十郎せいじゅうろうは何故か悪寒を感じた。


(夜風に当たりすぎたかな?)


「あたしが言えた義理じゃないけど、もう少し警戒したほうが良いと思うわよ」


「……?。ああ、わかった」


 いつものゆうなので聖十郎せいじゅうろうは深く気に留めずに流していく。


「警戒で思い出したのだけれど。鳴狐なきぎつね


「な~に~国吉くによし


 呼ばれた本人はゆっくりとした口調で返事をし耳を傾けた。


「あなた、あたしが舞台に上がった途端。瞬間移動したでしょ⁉」


「うん。したよ~」


 悪びれることなく鳴狐なきぎつねは肯定する。


「不用意じゃない! そんな不思議な能力チカラ、人に見られたらバケモノ扱いされてたかもしれないじゃないッ!!」


「平気だよ。あの時、み~んな顔を上げて国吉くによしに夢中だったから、ちょっとかがんだら誰の視界にも映らなかったし」


「その油断が危ないって言ってるのよッ」


 国吉くによしは妹の不用心な態度を叱りつけると鳴狐なきぎつねは口を尖らせる。


「あたし、国吉くによしのためにも頑張ったんだけどな~」


「あたしのことより自分を大切にしなさいよッ」


「あー! そういうこと言うんだ」


 自己愛の足りない相手から言われて鳴狐なきぎつねは酷く苛立った声色で怒りだし言い争いが激化していった。


「姉妹ゲンカになっちゃいましたね……」


 争いから遠ざかる聖十郎せいじゅうろう燭台切しょくだいきりが苦笑いで語りかける。


「正直、仲が良い」


「お互いに自分を大切にしてないことを責め合ってますからね」


 外から見れば微笑ましい光景だ。


「ウチにもカメラってあったよな?」


「持ってきましょうか? おかしら?」


 聖十郎せいじゅうろうは何気なく聞くと燭台切しょくだいきりが気を遣って取ってこようとしてくれた。


「ああ。頼む……」


 人は巫剣みつるぎと同じ長さの時は生きられない。


 だから、青年はこの日常を残したいと願った……。


 いつかは終わりを告げてしまうだろう、かしまくて優しい日々をモノトーンの中に収めて。やがて振り返り笑い合える未来のために……。


 彼はレンズの向こうの世界を焼き付けた――。

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天華百剣 ‐燦‐ 上代 @RuellyKamihiro

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