11.火竜怪人、ファイヤースパーク

「フレイムディッパー!!」


「キュアーブラスト!!!」



 炎を纏った回し蹴りと光を纏った飛び蹴りが交差し、衝撃波が走る。



 互いの技の勢いに赤いパーカー姿の俺と桃色の格好をした少女はそれぞれ吹っ飛び、大きく距離を取った。




 ここは悪の秘密組織「ブラックロンド団」アジトの一室、会議用大広間である。


 古いビルのボロ部屋ではあるが大人数の会合に対応しているため広さはかなりのものだった。




 その大広間でブラックロンド団の幹部にして参謀、この俺「ファイヤースパーク」と宿敵「プラチナ・プライマル」の三人は対峙している。




「はあああぁ!」


 吹っ飛ばされた俺が体勢を整えようとしたところに眼鏡をかけた青色の少女が突進してくる。



 勢いそのままに渾身の右ストレートで俺を殴り倒そうしたが、すんでのところで転がりながら避けることができた。


 転がりながら右手に意識を集中させ、紅の焔を纏わせる。



「フレイムブラスト!」


 紅の焔を右手の上で火球に変え、青色の少女めがけて投げつけた。



「イエロープラネット!!」


 青色の少女はまだ避けるだけの体勢が整っておらず直撃……と思われたが、横から背の低い黄色い少女に割って入られ手刀で火球の軌道を変えられると、俺の作り出した火球は床に叩きつけられ誰も巻き込まれることなくその場で爆発する。



 爆発を合図に俺とプラチナ・プライマルは再度距離を取り、それぞれ体勢を整えた。




 ……さて、我等がアジトに攻め込まれている通り、ブラックロンド団最大の危機である。



 アジト自体の見た目は街中にあるごく普通のビルであり、さしたる特徴は何もない。


 俺達自身の出入りも地下通路やその他の方法で適当に煙に巻きながら行っていたので、そうそう迂闊なことはしていなかったと思いたい。



 どこで尻尾を掴まれたのか、それともある程度補足されていたのか……先日たぬきのぬいぐるみが言っていた「近々卒業挨拶にうかがお思いますわ」と言う言葉が頭をよぎる。



 プラチナ・プライマルの三人はビルの正面玄関から突入しており、既にブラックロンド団配下の怪人三名を倒してきている。


 今このアジトで実質戦力になるのはこの俺、ファイヤースパークしかいない。



 プロフェッサー・シュート、そして総統マスターブラックは頑強さこそあれ、プラチナ・プライマルと戦えるだけの強さはない。


 俺が突破されたらブラックロンド団は終わりである。



「ピンク、イエロー、迷いは捨てなさい! 相手は悪の組織の幹部なのよ!」


「分かってるよブルー! こいつらを倒したら、街は平和になるんだ!」


「だいじょーぶ! 手加減はしないよー!」



 少女達三人が突撃の構えをする。


 どちらかと言うと後がないのは俺の方だ。



 増援は見込めないし体力勝負に持ち込まれれば数の上で不利である。


 ちょっとでも隙を見せて大技であるプライマルスター・シャイニングを使われれば、俺どころかアジト諸共吹っ飛ばされるだろう。


 プライマルスター・シャイニングを使われる隙を作ってはならず、短期決戦で一気呵成いっきかせいに決めなければならない。



 俺は精神を集中し、全身に炎を発生させた。



「いいかプラチナ・プライマル、よく聞け! この技は滅多に使ったことが無いし制御できるか分からないからな……!! 心してかかってこいよ……!!!」



 俺は更に力を入れ、全身に気のようなものを充満させる。


 溢れ出る炎は俺の周囲で紅蓮の奔流となりながら爆発し始めた。



「ファフニール・ダイブ!!」



 叫ぶと同時に俺は炎の塊となりながら少女達に向かって突進する。


 その身もろとも炎となり、確実に相手を捉える俺の切り札だ。



 これを使った後は力の使い過ぎによりしばらく動けなくなる自爆技だが、こいつで決めればいいだけの話である。



 対してプラチナ・プライマルの三人も両手を前に掲げ溢れんばかりの光を纏いながら、俺と炎を受け止めた。


 実力は拮抗、いや、僅かばかり俺の突進力の方が強いか、少女達は苦しい顔をしながらジリジリと後ろに後退して行っている。



 もう一息と思った時、プラチナ・ピンクが声を上げた。


「ブルー、イエロー、行くよ! 今こそ、私達の真の力を見せるときよ!!」



「光が我等を包むとき、大いなる闇を退ける!」


 プラチナ・イエローの声に少女達が放つ光の奔流が大きくなる。



「全ての祈りは輝きとなり、始原の力を解き放つ!」


 プラチナ・ブルーがそう言うと光の奔流は一つの塊となり、少女達を包み込んだ。



「放て! あまねく世界の光よ! 我等の正義を力にかえて、全ての悪を滅ぼさん!」


 プラチナ・ピンクの詠唱に答え、光の塊は矢となり俺へと方向を変える。



「覚悟しなさいブラックロンド団ファイヤースパーク! これが私達の新技よ!!」



「「「プライマルスター・トゥインクル!!!」」」




 いや……この場面で新技は無しだろ……。


 プライマルスター・シャイニングと違いがよく分からない光の奔流に炎はかき消され、俺は吹き飛ばされた。




 プライマルスター・トゥインクルはプライマルスター・シャイニングよりも範囲は狭い。


 その証拠に戦闘場所である大部屋自体はボロボロにされているものの無事であり、アジトのビルも崩れた様子はない。



 しかし威力を一点集中させているのか直撃を受けた俺はただでは済まず、ファフニール・ダイブの反動もあり逃げ出すどころか指の一本も動かせないような状況である。



 床に倒れこみ立ち上がれないズタボロの状況の俺を見て、プラチナ・プライマルの三人が駆け寄ってきた。



「見事だプラチナ・プライマル……。もはやこれまでだ、とどめを刺せ……」


 若干意識が朦朧とし、中学生時代に憧れていた悪役そのままと言った感じの台詞を思わず口走る。



「ええと、大丈夫……? 死んじゃわない??」


 桃色の少女が心配そうに俺を覗き込んだ。



「生命力はまだ充分あるみたい……。そのうち起き上がれるようになると思うわ」


 青色の少女がデコレーションされたコンパクトのようなものを俺に向けながら言う。



「そっかー、よかったー」


 黄色い少女が安堵の表情を浮かべながらそう言った。



「あのねファイヤースパークさん、わたし達、悪事は許さないけど、ファイヤースパークさんのことは嫌いではなかったよ」


 桃色の少女が動けない俺に声をかける。



「そうね、罪を憎んで人を憎まず……と言ったところかしら? ブラックロンド団自体は終わらせて貰うけど、あなた達は罪を償って、人々の役に立って欲しいところだしその力は充分あると思うわ」


 青色の少女からは若干上から目線で、そんな言葉をお声がけ頂いた。



「全部終わったらちゃんと改心して、みんなのために働くんだよっ」


 黄色い少女もそう言うとぴこぴこ手を振り、三人はその場を離れていく。




 その辺りで俺の意識は途絶え、次に目覚めたのはアジトが瓦礫に変わっていた後だった。





*****************************





 全てが終わったその日の夕暮れ、俺はかつてアジトだったビルの瓦礫の上で独り、座っていた。



 目が覚めると既にビルは崩壊しており、俺は瓦礫の上で気を失っている状態だった。


 周囲は警察や消防、そして野次馬が取り囲んでいるものの、まだ瓦礫の山の中までは入ってきてはいないようだ。



 放心していると、どこからともなく珍妙な関西弁が聞こえてくる。


「なんや……あんさん生きとったんか……。マスターブラックもプロフェッサー・シュートも生死不明のまま行方が分からんくなっとるし、わてからの指令ガン無視やないか……。やっぱりプラチナ・プライマルはあきまへんわ」


 声のする方を見ると、派手なリボンを付けた薄ピンク色のたぬきのぬいぐるみが呆れたような表情でこちらを見ている。



「つまり、ブラックロンド団全員の抹殺を指示されておきながら、あいつらは俺達のことを見逃したって事か?」


 俺は目を合わせずにたぬきのぬいぐるみに話しかけた。



「ま、そう言うことでんな。少女達の憎悪と憎んだ相手を殺すっちゅうのはわて等に必要なエネルギーをぎょうさん発生させるんや。プラチナ・プライマルは確かに歴代最強やったけど、魔法少女としては失格やったな」


 たぬきのぬいぐるみは失望を隠さないと言った口調でそう言った。



「確か前、卒業挨拶と言ってたな。プラチナ・プライマルの三人はどうなるんだ?」


「ああ、プラチナ・プライマルは今日付けで解散や。もう力をわてに返してもろうたから、以降はふつーの生活を送ってくれたらええ。大体卒業までにぶっ壊れとるんやけどな、プラチナ・プライマルは強すぎたで、珍しく元通りの生活送れるやろ。わてに感謝やな」



「そうか……」


 何が感謝か。そう思ったが口には出さないでおく。



「で、元凶であるお前はまた、どこかの少女を魔法少女に仕立て上げ、お前の望み通りに戦わせるわけだ」


「わてとてエネルギー必要さかい、仕方ありませんわ」



 俺はそれを聞き一呼吸置いた後、たぬきのぬいぐるみに問いかけた。



「最後に一つ質問だ……。お前を殺せる方法はあるか?」



「おおこわっ。ちぃとばっかし口を動かしすぎましたわ……。あんさん生き残らせたのはやっぱり失敗でしたなあ……ほんま、プラチナ・プライマル、あきませんわ」


 そう言うとたぬきのぬいぐるみはぴょこぴょこと瓦礫の山を飛び降り、そして消えていった。





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 ブラックロンド団は壊滅し、この街は何事もなかったかのように日常が動いている。


 もはや暴れる怪人はおらず、高笑いを浮かべる黒マントの男も白衣の男もいない。


 ペンタクスは相変わらずの人気者であるが、もともとブラックロンド団の怪人であったことを知る人は少ない。



「成る程……。では、マスターブラック殿もシュート殿も、未だ行方が知れぬのでござるか……」


「ああ。あいつ等のしぶとさは折り紙付きだから、あんなところでくたばってはいないと思うがな」



 平日昼過ぎの気怠い時間、俺は最近できたばかりの定食屋でアジフライ定食を食べている。



 店主は元ブラックロンド団の怪人ジェネラル・レオ。


 プラチナ・プライマルに一撃でやられた後は引退し、定食屋を始めた。



 からかい半分で開店初日に行ってみたが、中々うまかったので以降通い続けている。



「それでファイヤースパーク殿、お主はどうするのでござる? この街に留まるのでござるか?」


「いや、やることができた。少し旅に出なきゃならない」



 そう、俺にはやることができた。



 魔法少女を作り出している元凶のたぬきのぬいぐるみ……あいつを探し出し、ぶっ潰さなければならない。


 今まで気にしたこともなかったが、どうやらこの日本では魔法少女が定期的に出現し怪物と戦っていたらしい。


 怪物と魔法少女あるところに元凶あり……、その元凶を潰すのは恐らく俺の使命なのだろう。



「そうでござるか……。吾輩も陰ながら応援しているでござるが、またこの街に立ち寄ったときはうちの店に来るでござるよ」


「ああ、定期的に寄って報告させてもらうよ。だから、店を潰すんじゃないぞ?」


「かっはっは、心配には及ばぬよ。お主が次に帰ってくる頃には二号店、三号店を出して大繁盛させてみせるでござる」




 ジェネラル・レオが経営する定食屋を出ると既に日が傾き始め、周囲はオレンジ色に染まりつつあった。


 商店街のただ中であり人影もちらほらあるが、赤いパーカー姿の俺を気に留めるでもなくただ日常を消化している。


 まるでブラックロンド団のことなど忘れたかのように、この街はごく普通の世界を取り戻した。





*****************************





「さて……どこに行くかな……」



 駅に着いた俺だが、正直当てはなかった。次にどこで魔法少女達が現れるか分からない。



 ひとまずどこへとも行きやすいように、東京辺りに拠点を構えるべきか。


 駅西口の謎のモニュメント前で考えを巡らせていると、突如響く甲高い声。



「見つけたわよ! ブラックロンド団ファイヤースパーク!」


「どこに行こうと、私達の追跡から逃れることはできないわ」


「もー! すっごい探したんだからねー!!」



 地元中学校の制服に身を包んだ、どことなく桃色、青、黄色の雰囲気を纏わせる少女達三人組。


 かつての仇敵、プラチナ・プライマルだ。



「なんだ? 俺はもう悪いことはするつもりはないし、お前達も力はたぬきに返したんじゃないのか?」



 そう、少女達はもう例のコスチュームに身を包んでおらず、ただの中学生である。


 ファイヤースパークの力を保持したままの俺を止める力などないはずだ。



「あなた、タヌ丸……私達のマスコットだった桜色のたぬきのことだけど、探してるんでしょ? あいつなら次に現れるのは、多分大阪辺りよ」


「アタシ達魔法少女に適した磁場って言うの? それが次に現れるのは関西なんだってー!」


 プラチナ・ブルーとプラチナ・イエローがそれぞれ言った。



「……!? それは……本当の事だな?」


 俺は思わず聞き返す。



「わたし達も、正直タヌ丸の事は疑っていたところなの。そこにきてあの日のファイヤースパークさんとタヌ丸の会話を遠くから聞いて確定したわ。全ての元凶はタヌ丸だって」


 プラチナ・ピンクが続けて言う。



「だから、わたし達もあなたに協力する。これ以上不幸な後輩が出ないように、タヌ丸の凶行を止めて欲しいの」


 三人の少女達を順に見る。確かに彼女達の目に嘘はなさそうだ。



「関西だな……? 分かった、行ってみよう」



「アタシ達も一緒に行きたいんだけどごめんなさい、学校とかで忙しくて……」


「いや、場所さえ教えてくれれば充分だ。奴の行動は俺が止める」



「あとこれ! 持ってって!」


 そう言うとプラチナ・ピンクはデコレーションされたコンパクトのようなものを俺に渡してきた。


「わたし達の力は返しちゃったけど、これだけは持ってたの。コンパクト同士で通信が取れるから、何かあった時に連絡を頂戴。さっきも言った通り、わたし達もタヌ丸を止めるために、力になりたい!」



「分かった。例のたぬきを見つけたら必ず連絡しよう。お前達も学校の勉強はちゃんとして、真っ当な人生を歩めよ」



「言われなくたって、分かっているわよ。頭を使うのは得意ですからね」


「だいじょーぶ! おとーさん、おかーさん、妹達のためにも、ちゃんとがんばるよー!」


「ちゃんと勉強して、いつか必ずファイヤースパークさんの力になる! 絶対だからね!!」




 そして俺は関西の方へと向かうため、駅のホームへと降りていく。


 三人の少女達は俺の姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けてくれていた。

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平凡なサラリーマンだった俺だが悪の秘密組織に改造され、魔法少女達と戦うことになった ななみや @remote7isle

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