10.正義と希望の使者、プラチナ・ピンク

「ブ……ブラックロンド団、ファイ……ファ…ファイヤースパーク!! ええと、その……わ、わた……わたしと! デートしなさい!!!」


「はあぁ!? バカじゃねえの!!??」


 雲一つない晴天の土曜日、昼下がりの日差しが燦々と降り注ぐ運動公園のど真ん中で、俺は思わず絶叫した。





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「で、要約すると、その何とかって言うアニメ番組と喫茶店のコラボがあって、そこに行きたい。加えて、男女一緒にデート……いや、来店した場合にだけ貰えるノベルティがあるわけだ。お前はそれが欲しいと」


 公園のベンチの両端にそれぞれ座りながら、俺はどことなく桃色の雰囲気が漂う少女に対してぶっきらぼうにそう言った。



 俺の名はファイヤースパーク。ブラックロンド団の参謀である。



 ブラックロンド団は悪の秘密組織であり、このロクでもない世界を征服し人類にバラ色の未来を約束するために、日夜征服活動に勤しんでいる。


 なお世界どころかこの地方都市ひとつすら征服できていないのは内緒である。



「しょうがないじゃない……。身内にはお父さんしか男の人いないのについてきてくれないって言うし、クラスの男子と一緒に行けるわけがないし……」



 そして俺と目をあまり合わさずに会話しているこの少女は正義の魔法少女、プラチナ・プライマルが一人、プラチナ・ピンク。


 確か「ももこ」と呼ばれていた少女。



 我等がブラックロンド団の宿敵だ。


 魔法少女と謳っておきながら肉弾戦が得意な不可解な奴らである。



 クラスの男子と一緒に行けない理由は分からないが、思春期の少女ならではの理由が色々とあるのだろう。



「そ、それに、ブルーとイエローには力を貸してくれたんでしょ? わたしにも貸してくれたっていいじゃない……!」


「な……あれは力を貸した訳じゃねえ……! たまたまだ、たまたま!!」


 ブルーについては成り行き上仕方なくだし、イエローについてもブロックロンド団の為だ、うん。



「と、とにかく明日の朝九時! 駅西口のモニュメント前で待ってるからね……!!」


 言うだけ言って桃色の少女……プラチナ・ピンクは駆け出して行った。



 ……



 いや、行かないといけないの? 俺。


 まじで??





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 やや曇の多い日曜日の朝九時過ぎ、俺は律義に駅西口のよく分からないモニュメント前にいた。


 ここは普段から人々の待ち合わせに使われる場所だが、人でごった返すのは夕方から夜にかけての時間であり、朝のこの時間は比較的閑散としている。



 ファイヤースパークでも「樋渡 歩ひわたし あゆむ」でもないオフィスカジュアルな格好をし変装用のウィッグを付けてぼさっと突っ立っていると、その年頃にしては精いっぱいのお洒落をしたどことなく桃色の雰囲気の少女が俺に駆け寄ってきた。


「あの……ごめん。もっと前についてたんだけど、普通の恰好してたから分からなくて……」



「ああ……言われてみれば分かりにくかったな」



 昨日の俺はちょっとした運動程度の外出であったため、パーカーを着ていないほぼファイヤースパークの状態で地元の公園を散歩をしていた。


 それが仇となってプラチナ・ピンクに見つかってしまったわけだが、今日は一応都会に出るしちゃんとした大人の男性と言った格好をしているわけである。



 再び裏目に出てしまったようだが仕方がない。



「その……ファイヤースパーク……さん。来てくれて、ありがと……」


「今日の俺はあゆむお兄さんだ、あゆむお兄さんと呼べ。それと、あくまで保護者としてついて行くだけだからな。保護者としての俺の言うことはちゃんと聞けよ」


「はぁい。分かりました、あゆむお兄さん」


 そう言って二人、改札口の方に歩き出した。



 しかし、よくよく考えれば親戚でも何でもないただの知り合い……どころか事実上敵対している中学生の少女を連れ歩いている俺は、何と言うか警察官から職質をされたら言い逃れができない。


 最悪の場合未成年略取・誘拐罪に問われてもおかしくない状況にある。



 いや、そもそも俺は悪の犯罪組織の一員であるし今までやってきたことからして今更些細な問題か……しかも今連れてる少女は俺よりも格段に強いし……などと言うことを考えながら、それほどの会話もなくプラチナ・ピンクと二人で電車に揺られて行った。





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 電車に揺られてどれくらい経っただろうか、なんとか午前中のうちに目的の駅に到着した。


 この地方の主要都市にあり新幹線や特急が何本も止まるので、かなりの規模の駅である。



「この街に来るのも久しぶりだな……」


「あゆむお兄さん、一度ここに来たことあるの?」



思わず出た独り言にプラチナ・ピンクが疑問を投げかける。



「そんな昔じゃないが、東京で会社員をしていた時に出張で何度かな」


「なんか、化け物みたいと思ってたけど、普通の人間だったんだね。あ、ごめんなさい、化け物と言うか……ええと……」


「いや、今の俺は腕力も炎が出せるところも化け物みたいなもんだ。普通の生活を送ろうにも、もう無理だろうな」



 この間は飯を作ろうとしてステンレスのフライパンを割ったし、力加減を間違えてドアを粉砕するのは日常茶飯事だ。トイレでちょっと気張るだけなのに尻から炎が出るのも厄介である。



 外食はもうできないだろうと思っていたところに今日喫茶店に行くと言うことで若干の不安はあった。


 まあ何とかなるだろう、多分。





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 目当ての喫茶店はそこそこ並んでいたが、割とすんなり席に座ることができた。


 アニメはあまり知らないのだが、そこかしこに顔のいい二次元キャラの絵が飾られている。


 メニューも作品にちなんだ特別なものらしい。



「こちらカップル限定『乙川博武おとかわ ひろむトートバッグ』と、『甲野小夜美こうの さよみポーチ』になります」


 限定ノベルティと頼んだ食事がそれぞれ二人の前に置かれた。


 俺の前に置かれたトートバッグをそっとプラチナ・ピンクの方に寄せる。


「あ、あの、ありがとう……!」



「別に構わないしこれが目的だったんだろ? しかし、ポーチは分かるがなんでトートバッグなんだ?」


「この博武ひろむってキャラがね、えっと、サブ主人公なんだけど、トートバッグがトレードマークなの。それで、トートバッグから事件解決のアイテム出したりとか、トートバッグ使って小夜美さよみを助けたりとか……!」



 なるほど、さっぱりわからない。



 ただ、好きなものがあるのはいいことだと思う。


 それは生きる活力にも心の平穏にもなるし、特に正義のために戦っている彼女達であれば尚更だ。


 何となく、プラチナ・ピンクが作品のことを一生懸命話しているのを聞いていてそう思った。



 申し訳ないが肝心の作品の内容については正直あんまり覚えていない。





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 目的であった喫茶店で食事を済ませた後デパートで軽く買い物をし、日が暮れる前に俺達は帰りの電車に乗り込んだ。


「今日は……一緒に来てくれて助かりました」


 日が傾き始め西日が差し込み、人もまばらな電車の中でプラチナ・ピンクはそう言った。



「いいさ、どうせ今日一日部屋で寝てる予定だったしな。それに」


「それに……?」



「強盗団もヤクザも現れなくてよかったな」


「あはは。ブルーの時もイエローの時も大変だったみたいだね、二人の事もありがとう」



 その笑顔は本当にただの少女だった。


 こいつが凶悪なプラチナ・プライマルであることが信じられないが、つい先日もボコられプライマルスター・シャイニングで吹っ飛ばされた事実は変わりがない。


 なんとも恐ろしい事である。



「ねえ、あゆむお兄さんは、なんでブラックロンド団なんかで悪いことをしているの?」


「なんでだろうな」



 本当になんでだろうな。それは俺にも分からない。


「別に世界征服なんざ興味はないし、例えば建物なんかを所有している人や作った人の事も考えると、街の破壊は心が痛むな……」



 何となく俺自身、自分の意見を持たず流されているだけなのかもしれない。


 あるいはブラック企業に勤めていたあの頃に戻りたくないと言う保身からなのだろうか。



 どちらにしろ、マスターブラックのような信念、クソ白衣のような自分に正直な生き方など、俺にはないと言い切れる。



「ひょっとしたら、マスターブラックやプロフェッサー・シュートに対して、真っ当に人間社会に貢献して欲しいと言う気持ちもあるのかもしれないな。あいつ等はひねくれ者だが、能力は本当に高いからな」


「そっか。ブラックロンド団のみんなも一緒に、平和に暮らせたらいいのにね」



 あの二人の性格的にそれは非常に望みが薄いと言わざるを得ないし、俺達が今までやって来たことは社会的に到底許される事ではないことは分かっている。


 だが、仮に改心して社会貢献しながら生きられるならそれはいい事なのだろう。



 そんな他愛もない会話をしながら日が暮れる前に地元駅にたどり着き、俺は帰路につくプラチナ・ピンクを駅で見送った。





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 今にも雨の降りだしそうな曇天の月曜日の夕刻、俺は運動公園のベンチに座りながら奇妙なたぬきのぬいぐるみの話を聞いている。



「いやー、あんさん。ほんまにあきませんわ、我等がプラチナ・プライマルに肩入れして貰っちゃあ。あんさん等とプラチナ・プライマルとは仇敵も仇敵、相いれない敵同士でないと困りまっせ?」


 妙なリボンがデコレートされ薄甘いピンク色のたぬきのぬいぐるみは手足と口をぴこぴこ動かしながら、珍妙な関西弁もどきでさらに続ける。


「魔法少女はん等が怒りをぶつけ憎悪を燃やしてこそ、この世界は輝きスマイルで溢れるようになるんや。あんさんのせいでそれを鈍らせちゃあ、あかんで?」



 今俺と会話しているたぬきのぬいぐるみ、プラチナ・プライマルが連れているマスコットであり彼女達を魔法少女に仕立て上げた張本人だと自分で語っている。


そしてこいつの話を要約するに、少女達が正義の力を使えるようにする代わりに、少女達の煮えたぎる負の感情や憎悪、欲望をエネルギーにして何かをしているらしい。



「知らんな。俺達ブラックロンド団は俺達の正義のために動いているだけだ。今は対立こそしているが俺達の正義のためにプラチナ・プライマルの力が必要なら協力して貰うし、奴等に便宜を図るのもやぶさかではない」



「はぁー……、わからん兄さんやなぁ……。別にあんさん等の世界征服はわては止めませんて。むしろ世界征服のために今後も恙なく活動して欲しい所存や。ただ、わてらの大事なプラチナ・プライマルと仲良うせんでいてくれたら、それでええんや」


 たぬきのぬいぐるみは変わらず甲高い声で俺に語り続ける。



 俺はたぬきのぬいぐるみの方すら見ずに、独り言のように会話した。


「大体あれだけの力、持て余すだけだろう? 銃は効かない、殴ればビルを破壊する、大技のプライマルスター・シャイニングは全てを吹き飛ばす。この世界に誰があいつらに対抗できるんだ?」



「ほいだら、わてらがぎょうさん怪物を用意するだけや。そうやって今までやってきとった。この街にあんさん等がおったから、わてもそないな面倒なことをせずあんさん等に任せとった所存や」



「要するに……俺達ブラックロンド団のような奴等がいなければ、魔法少女達の知らないところでマッチポンプをするってことだよな……」


 嘆息交じりに俺はたぬきに続ける。


「加えて今の話を聞くに、プラチナ・プライマルだけじゃなく別のところでも似たようなことやってたのか……? いくら魔法少女が強いからと言って、怪我をしないとも精神がやられないとも限らないんだぞ……?」


 そして、冷静に話しているつもりだが、若干の怒気が含まれている自覚もある。



「まあ、中には壊れてもうた子もおった……と言うか、大体壊れてしもうたと言うか……。言うてそんなのは些細な問題や。わてが今日言いたいんは、あんさんに忠告しに来た、それだけや」



 たぬきのぬいぐるみはベンチの上からひょいと降りると、俺の目の前に出てぼそりと呟いた。



「まあ、プラチナ・プライマルは過去にないくらい強すぎやな……。そろそろ潮時かもしれんで、近々卒業挨拶にうかがお思いますわ。よしなにな」


 たぬきのぬいぐるみは数歩進んだ後、空気に溶け込むように風と共に消えた。



 なにやら化かされた気分になりながら、俺はこの後しばらく、ベンチに座ったまま動くことができなかった。

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